第7話『風花の戦い④-女子100m自由形・決勝-』
昼休憩を挟みながら、都大会2日目の日程が進んでいく。
昼休憩の後は決勝種目になり、陽出学院高校の生徒が登場する種目もある。関東大会に行けるかどうかがかかったレースなので、午前中と比べて応援の声は大きくなる。
関東大会進出を決めて喜び、祝福される生徒もいれば、進出を逃して涙を流し、慰められる生徒もいる。どちらも、泳ぐことが大好きで一生懸命泳いだからこそ見せられる姿なのだと思う。
決勝種目を観戦していると、水泳部のところにいる風花が席から立ち上がって、周りにいる生徒達にグータッチしている。そして、俺達のところにやってきた。
「自由形の決勝が近いので、控え室に行きます。関東大会出場を決めたいのはもちろんですが、1分の壁を突破したいです! 1分を切ったことはあまりないですし、全国大会に出場する選手は1分を切る人ばかりですから」
と、風花はとても真剣な様子で俺達に話す。風花から放たれる眼光は強い。ただ、これからまたレースができるのが楽しいのか、口角がかなり上がっている。それを見て、風花は決勝のレースでもしっかりと泳げると確信した。
「風花。都大会最後のレース、頑張って。応援しているよ」
「望む結果を掴めるように頑張ってね! 風花ちゃん」
「風花ちゃんならきっと大丈夫よ!」
「花柳さんの言う通りね。これまでのレースで、あなたは素晴らしい泳ぎができていたわ。今まで通りに泳げれば、きっと大丈夫」
「自分を信じて頑張って! 風花ちゃん!」
「桐生君達の言う通りだ。自分の泳ぎを貫きなさい」
「お父さん達と一緒に応援しているからね! 頑張って!」
「うんっ! ありがとう!」
風花は持ち前の明るい笑みを浮かべてそう言った。
俺達は風花とグータッチする。健一さんは風花の頭を撫でて、由樹さんは風花のことを抱きしめた。
「じゃあ、いってきます!」
元気良くそう言うと、風花は観客席を後にした。そんな風花の後ろ姿には勇ましさを感じられて。頑張れよ、風花。
その後も、決勝種目は予定通りに進んでいく。そして、
『次は女子100m自由形の決勝レースです』
いよいよ、風花の都大会最後のレースの時間がやってきた。
霧嶋先生曰く、これまで風花が出場した種目と同じく、関東大会に進出する条件は、決勝レースの上位8名に入ること。ただし、4位から8位だった場合は、先ほど教えてもらった関東大会進出タイムの1分1秒78を上回ることだ。
ただ、風花は1分を切りたいと言っていた。なので、8位までに入り、タイムが1分を切るという光景を見たいな。
女子100m自由形の決勝戦に出場する選手がプールサイドに現れる。その中にはもちろん水着姿の風花もいて。
風花はこちらに向かって笑顔で手を振りながら、6レーンのスタート台近くにある椅子に座った。あの様子なら大丈夫そうだな。
「風花ちゃんが望む結果を掴めるように、精一杯に応援しようね! 由弦君! 瑠衣ちゃん!」
「ええ、応援しましょう!」
「そうね!」
俺は美優先輩と花柳先輩と3人で頷き合う。以前、風花は泳いでいるときに、俺達の声が聞こえたと言っていた。少しでも風花の力になれるように応援しよう。
審判の笛が鳴り、選手達はそれぞれスタート台の上に立つ。
『Take your marks』
もう何回聞いたか分からないアナウンスで、選手達はスタートの構えを見せる。
さあ、風花。最後のレースを思いっきり泳いでくれ!
――パンッ。
号砲が鳴り響き、女子100m自由形の決勝レースがスタートした。
風花は勢いよくスタート台を飛び出し、プールに入水。10m以上潜水して、風花はクロールを泳ぎ始めた。
いいスタートを切ることができたようで、3レーンから風花の泳ぐ6レーンまでが首位争いを繰り広げている。ただ、決勝戦のレースだけあって、他のレーンの選手も4人との差はあまり開いていない。ここはちゃんと応援しないと!
「風花、頑張れ!」
「いいスタートだよ、風花ちゃん!」
「まずはそのペースで!」
俺が大きな声で応援すると、美優先輩と花柳先輩はそれに続く。
「風花、いいスタートだぞ!」
「焦らないでいいわよ、風花!」
「姫宮さん、いい感じよ!」
「頑張って、風花ちゃーん!」
風花の御両親と霧嶋先生、大宮先生の応援の声も今までよりも力強いものになっている。
水泳部のみんなが座っているところからも、風花に対する応援の声がはっきり聞こえてくる。この応援が風花に届いているといいな。
4レーンと5レーンの選手が少し前に出始めたが、風花も必死に食らいついている。今は3レーンの選手と3位争いを繰り広げている。
都大会での風花のクロールを見るのはこれで4回目だけど、本当にかっこいいな。
4レーンの選手がさらに前に出て、先頭でターン。その後に5レーンの選手が2位でターンする。
そして、風花は5レーンの選手の直後に、3レーンの選手とほとんど同じタイミングで3位でターンをする。2位の5レーンの選手とは体半分ほど、1位の4レーンの選手とは体1つ以上の差がついた状態で泳いでいる。
レースも後半になり、会場はさらに盛り上がっていく。
「風花! 頑張れー!」
「風花ちゃーん! 自分を信じて泳げば大丈夫だよ!」
「美優の言う通りよ! 頑張ってー!」
俺達高校生3人の応援の声も自然と大きくなる。3位争いをしているからなのもある。3位までであれば、タイムに関係なく関東大会へ進出できるから。
「風花! 焦らずに自分の泳ぎをするんだ!」
「風花なら絶対に大丈夫よ! 頑張って!」
「姫宮さん! 姫宮さん!! 姫宮さーん!!」
「頑張ってえっ! 風花ちゃーん!」
後ろの列に座っている大人達の声援も一段と大きなものになる。特に霧嶋先生。チラッと後ろの方を見てみると、霧嶋先生は興奮した様子で立ち上がっていた。
再びプールの方を見ると、風花のスピードが少しずつ上がってきた。そのことで、3レーンの選手を抜いて単独3位になる。こういう展開になると、風花がよりかっこよく見えるぜ。
「風花ちゃん3位になったよ!」
「ペースが上がっているし、2位もあり得るんじゃない?」
「あり得そうですよね!」
残り25mを切ったけど、このいいペースのままでゴールに向かってほしい!
風花がペースを上げたことで、これまで3位争いをしていた3レーンの選手との差がどんどん開いていき、2位で泳ぐ5レーンの選手との差も少しずつ縮んでいく。
「ラスト頑張って、風花ちゃーん!」
「風花ちゃん頑張ってええっ!」
「風花頑張れー!」
ゴールに近づくにつれて、風花を応援する声がどんどん大きくなる。
そして、ターンの直前から1位をキープし続けていた4レーンの選手が、1位でゴールする。
2位は……途中まで4レーンの選手と首位争いをしていた5レーンの選手。終盤に追い上げた風花はその直後に3位でゴールした!
『やったー!』
3位までであれば、タイムに関係なく関東大会への進出が決定する。なので、風花が3位でゴールした瞬間、俺達や水泳部のみんなから歓喜の声を上がった!
「風花ちゃん、3位になったよ!」
「立派な3位だわ!」
「2位の選手にも迫っていましたからね! 3位ですから、これで関東大会進出決定ですよ!」
3人でそう言い合うと、美優先輩が俺と花柳先輩のことを抱き寄せてきた。たくさん応援したからだろうか。美優先輩の体はとても温かい。
また、先輩方の目には涙が浮かんでいる。風花の泳ぎにも感動したけど、今の先輩方の姿にも心打たれるものがあるな。
「風花、よくやったなぁ。自由形でも関東大会に進出できるとは……」
「出場した3種目全てで関東大会だものね。風花はよくやったわ。あと、好きなだけ涙を流していいわよ、あなた」
「……枯れるまで止まらない気がしてきたよ、母さん……」
「姫宮さん、本当に凄いわ。今までで一番いいスポーツ観戦だったかもしれません……」
「忘れられない都大会になったわね、一佳ちゃん」
健一さんは由樹さんに頭を撫でられながら涙を流し、霧嶋先生は大宮先生を抱きしめながら号泣していた。
大宮先生の言う通り、俺もこの2日間の都大会は忘れられないものになりそうだ。風花の活躍はもちろんのこと、霧嶋先生と健一さんの涙もろさも。
プールの方を見ると、プールサイドから水泳帽とゴーグルを外した風花がこちらに向かって手を振っている様子が見える。そんな風花に、俺達は「おめでとう!」と言いながら大きく手を振った。
それから程なくして、電光掲示板に女子100m自由形決勝の結果が表示される。1位から順番に見ていくと、
『3位:姫宮風花 (陽出学院) 59.67』
と表示された。関東大会進出だけでなく、1分を切る目標もこれで達成できたか。風花、本当におめでとう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます