第41話『露天風呂でお話を。』

 午後5時半。

 屋内プールでたっぷりと遊んだ後は、今日の疲れを取ったり、プールで冷えた体を温めたりするために温泉に入ることに。

 一旦、部屋に戻って水着を干したり、ホテルの浴衣に着替えたりした。浴衣姿の美優先輩がとても可愛いので、もちろんスマホとデジカメで写真撮影。


「さあ、由弦君。写真はそのくらいにして、そろそろ行こう」

「さっきは遅れてしまいましたからね。行きましょうか」


 替えの下着やホテルのフェイスタオルなど必要なものを持って、美優先輩と俺は部屋を出る。

 901号室の方から、エレベーターホールに向かって歩いてくる浴衣姿の霧嶋先生と大宮先生の姿が見えた。大宮先生は俺達に手を振ってくる。

 エレベーターホールに行くと、そこには既に浴衣姿の風花と花柳先輩がいた。


「おっ、美優に桐生君」

「今度は遅れずに来ましたね。あと、2人とも浴衣姿似合ってますね!」

「ありがとう、風花」

「ありがとう。風花ちゃんと瑠衣ちゃんも浴衣姿可愛いね」

「美優もとても可愛いわ!」


 これまでにも可愛いと言い合っている光景は何度も見たことがあるけど、浴衣を着ているから特別な感じがしていいな。


「美優ちゃんに桐生君、今回はすぐに来たね。さっそく大浴場に行きましょうか」


 俺達はエレベーターに1階まで降り、大浴場の方へ向かう。浴衣姿でホテルの中を歩くとまさに旅行中って感じだ。

 大浴場の入口前に到着する。もちろん男女別で、男性の方の入口は青い暖簾、女性の方の入口は赤い暖簾がかけられている。


「由弦君。残念だけどここでお別れだね」

「そうですね。さっきまでプールで遊びましたし、ゆっくり入って疲れを取ってください」

「うん! もし、露天風呂で話ができるようだったらお話ししようね」

「そういう造りだといいですよね。分かりました」


 話ができれば、少しは混浴気分を味わえそうだ。


「では、入り終わったらここで待ち合わせをする形にしましょう」

「それがいいですね、一佳先生。由弦、女湯に美優先輩がいるからって覗くなんてことはしないでよ」

「そこは安心してくれ。では、またあとで」


 美優先輩達に手を振って、俺は向かって左側にある男湯の暖簾をくぐる。

 脱衣所には子供が小学生くらいの父子や、ご老人などちらほらいる。ただ、俺のように高校生1人っていう人はいないな。

 服を脱いで、フェイスタオルを持って大浴場の中に入る。さっきまでプールに入っていたからか、ここの温かさが心地いいな。脱衣所よりも人が少し多いくらいで、ゆっくりするには問題なさそうだ。

 俺はさっそく洗い場で髪と体を洗い始める。ホテルによってはお湯の温度調節が大変だけど、ここはやりやすいな。


「気持ちいいな」


 体が冷えているから、シャワーの温かいお湯が気持ちいい。

 美優先輩達の方は5人並んで髪や体を洗っているのかな。ワイワイと楽しくやっていそうだな。風花や花柳先輩は、体を洗うという口実で美優先輩や先生方の体を触れていそうだ。その様子をすぐに想像できてしまうのが何とも言えない。

 髪と体を洗い終え、俺は屋内にある一番大きな湯船に浸かる。


「あぁ……気持ちいい」


 お湯の温かさが身に沁みる。本当に気持ちいいな。プールでたくさんクロールの練習をして、ウォータースライダーなどでたくさん遊んだからこそ、こんなにも気持ちいいのかもしれない。

 脚を伸ばして、自由に動かしても周りの人に当たらないほどに大きな湯船。これぞホテルの大浴場って感じだな。


「本当に気持ちいいな……」


 湯船にゆっくりと浸かることが旅の癒しと思えるようになったのは、大人になった証拠だろうか。

 小さい頃は熱いお湯が嫌で、父さんのすぐ側で縁に座っていたっけ。幼稚園くらいまでは母さんや雫姉さん、心愛と一緒に女湯に入っていたな。

 女湯では美優先輩達もこうしてゆっくりと温泉を楽しんでいるだろうか。

 その後も泡風呂や、1人用のジャグジー風呂にも入ってみる。何だかマッサージを受けている気がして気持ちがいいな。


「……そろそろ露天風呂の方に行ってみるか」


 湯船から上がり、俺は露天風呂の方に向かう。

 体が濡れていることもあって、外に出るとなかなか冷えるな。

 露天の岩風呂も結構広くて、今は禿げ上がったお爺さんが1人だけが入っている。

 俺は露天風呂に足を踏み入れ、ゆっくりと浸かっていく。


「あぁ……」


 中の湯船のお湯よりも熱いな。それもあってか、思わず大きな声を出てしまった。ただ、屋外だからかこの熱さがいいと思える。


「気持ちいい……」


 だからこそ、美優先輩と一緒に入ってみたかったな。お風呂でも先輩は気持ち良さそうにしているし、きっとこの温泉に浸かったら柔らかな笑みになるだろう。寄り添いあって、たまに抱きしめたりもしたいな。美優先輩と一緒なら、もっと気持ち良かったんだろうな。

 近くにこの温泉の効能が書いてある。肩こりに腰痛、筋肉痛、疲労、滋養強壮、冷え性、リウマチなどに効果があるらしい。さっきまでプールにいたから、体を癒すためにも長めに浸かろうかな。


「うわあっ、外には立派な檜風呂があるんですね!」

「風情があっていいね。これぞ日本の温泉って感じがする」

「高級感もあっていいよね。檜のいい香りがしてくる」


 竹製の高い柵の向こう側から、風花と美優先輩、花柳先輩の声が聞こえてきた。向こうは檜風呂なのか。お風呂の種類が違うと、時間帯で男女が入れ替わるシステムのホテルが多いし、あとで調べてみよう。

 あと、あの柵の向こうに裸になった美優先輩達がいると思うとドキドキするな。


「あら、外は檜風呂なのね。落ち着いた雰囲気でいいわね」

「ええ。生徒の前で言っていいのか分かりませんが、日頃の仕事の疲れまで取れそうですね。私はウォータースライダーでたくさん滑ってしまった疲れもありますが」

「一佳先生、たくさん叫んでましたもんね。あたしは全然疲れていませんよ。これも10歳近い歳の差のせいですかね?」

「……絶叫系が好きかどうかの差じゃないかしら、花柳さん。さあ、みんなで入りましょう」


 霧嶋先生がそう言った直後、気持ちいいのか5人による「あ~」という声が聞こえてくる。


「ほほほっ! 向こうから女性達の美しい声が聞こえて、ワシは幸せですわ」

「ははっ、そうですか。向こうの檜風呂も気持ちいいんでしょうね」

「ワシは今朝入ったが気持ち良かった。ただ、ワシはおなごの声が聞けるだけで、この岩風呂がより気持ち良く感じたわい」

「分かる気がします。実は今の声の主達、俺と一緒に旅行に来ている人達なんです」

「そうなのですか。いい旅をしてくださいな」

「はい、ありがとうございます」


 お爺さん、幸せな表情を浮かべながら露天風呂に浸かっているな。ただ、頬も赤くなっているし、このままのぼせて昇天なんていう展開にならなければいいけど。

 あと、やっぱり日や時間帯によって、男女で露天風呂が入れ替わるシステムがあるようだ。


「あれ、向こうから由弦の声が聞こえませんでした?」

「うん、私も由弦君かなって思った」

「じゃあ、訊いてみましょうか。静岡出身で東京からお越しの桐生由弦君! そちらの露天風呂にいますかー?」

「デカい声で訊かないでくれよ、風花。こっちに人があまりいないからいいけれど」

「あははっ、ごめんね」


 向こう側から、何人もの可愛らしい笑い声が聞こえてくる。


「由弦君、温泉気持ちいいね。こっちは檜風呂だけど、そっちも檜風呂なの?」

「いいえ、こっちは岩風呂です。気持ちいいですよ」

「そうなんだ。檜風呂も気持ちいいよ。みんなと入れて楽しい。ただ、由弦君と一緒だったら、もっと気持ち良かったんだろうな」


 美優先輩も俺と同じようなことを考えてくれて嬉しいな。


「性別が違いますからね。でも、こうやって話せるだけでも、温泉がより気持ち良く感じられます」

「そうだね。私もより気持ち良くなった」

「……どうしたんですか? 一佳先生と成実先生、顔を見合って笑っていますが」

「何でもないよ、瑠衣ちゃん。ただ、美優ちゃんと桐生君が微笑ましいなって」

「まあ……そんな感じですよね、成実さん。2人らしくていいなと」


 俺達らしいか。どこが俺達らしいのだろうか。

 ただ、今も美優先輩とは普段と同じような感じで話した。もしかしたら、周りから見るとそこが俺達らしいのかもしれない。

 美優先輩達と話したおかげで、体だけじゃなくて心まで温まることができたのであった。

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