第13話『さよなら』

 プリンを食べ終わったときにはもう午後4時近く。芽衣ちゃんと理恵さんは家に帰ることに。霧嶋先生も家に帰るため、2人を駅まで送るとのこと。


「みんな。今日は芽衣と遊んでくれてありがとう」

「いえいえ、こちらこそ。芽衣ちゃんのおかげで楽しい休日になりました。芽衣ちゃん、今日は一緒に遊んでくれてありがとう。気を付けてお家に帰るんだよ」

「……うん」


 芽衣ちゃんは悲しそうな表情で返事をする。きっと、俺達と別れるのが嫌なのだろう。ここで俺達と一緒に過ごしているときの芽衣ちゃんはとても楽しそうだったから。


「メイメイ、またね!」

「また一緒に遊ぼうね」


 保育園児の芽衣ちゃんはまだしも、高校生の風花と花柳先輩まで寂しそうな表情になるとは。芽衣ちゃんは2人にも懐いていたもんなぁ。別れるのは辛いよな。


「芽衣ちゃん、俺も楽しかったよ。また、芽衣ちゃんと一緒に遊べると嬉しいな」

「みんなありがとね。ここに預けて正解だったわ。また、伯分寺やその近辺で用事があるときにはよろしくね。……芽衣。美優ちゃん達に挨拶しようか」

「……うん」


 芽衣ちゃんは涙の浮かんだ眼で俺達のことを見て、


「きょうはたのしかったよ! ありがとう! さよなら! またね!」


 大きな声でそう言うと、芽衣ちゃんは笑顔になって俺達に手を振ってくれる。そんな芽衣ちゃんの姿を見て、今日のことが芽衣ちゃんにとっていい思い出になったのだと確信した。

 芽衣ちゃんと理恵さん、霧嶋先生はあけぼの荘を後にする。その際、芽衣ちゃんは理恵さんと先生の手を掴んで。

 俺達は門の近くで3人の姿が見えなくなるまで手を振り続けた。

 芽衣ちゃん、またいつか会おう。そのときはどのくらい大きくなっているかな。子供の成長は早いからなぁ。彼女の成長も楽しみだけど、今日と全然変わらない姿でまた会いたいとも思うのであった。




 夜。

 夕ご飯を食べ終わった俺は、美優先輩と自分の分の紅茶を作り、テレビの前にあるソファーでくつろぐ。

 スマホを確認すると、LIMEで理恵さんからお礼のメッセージと、家族3人で撮った写真を送ってきてくれた。そのメッセージによると、家に帰る途中、芽衣ちゃんは涙を流すことがあったけど、美優先輩に送ってもらった写真を見て笑顔になったそうだ。あと、俺という彼氏がいる先輩が羨ましいと言っているそうで。


「ははっ」

「夜ご飯の後片付け終わったよ。どうしたの? 何か面白いことあった?」

「理恵さんからメッセージが来まして。芽衣ちゃん、俺という彼氏がいるから美優先輩のことが羨ましいと言っているそうです」

「ふふっ、そうだったんだ。由弦君に彼氏だけじゃなくて、パパ2号になってほしいって言っていたよね」

「そうでしたね。後片付け、お疲れ様です。砂糖入りのアイスティーを作っておきました」

「ありがとう」


 ソファーに腰を下ろし、アイスティーを一口飲む美優先輩。ゴクッと飲んで爽やかな笑みを浮かべる姿がとても美しい。


「美味しい。夜になっても冷たいのが良く思えるよ。後片付けをして、体がちょっと熱くなっているからかな」


 美優先輩は俺に寄り掛かってくる。そのことで先輩から確かな温もりが感じられて。甘い匂いもふんわり香る。あぁ、ドキドキしてきた。


「何か、由弦君から伝わってくる温もりが段々強くなってきてる。もしかして、ドキドキしているかな?」

「正解です。寄り掛かってくる美優先輩が可愛いですし、先輩からも温もりやいい匂いが伝わってきますから。あと、今日は芽衣ちゃんの面倒を見て、久しぶりに2人きりでゆっくりしているというのもありますね」


 芽衣ちゃん達が帰ってから、夕食を作り始める直前まで、風花と花柳先輩は家にいたからな。ちなみに、明日も午前中から遊びに来る予定。家に届く予定の新しいベッドに寝てみたいそうだ。


「そっか。今日は芽衣ちゃんのおかげで、朝から夕方までここは賑やかだったもんね。お昼寝の時間もあったけど、そのときも芽衣ちゃんや霧嶋先生と楽しく話したし。芽衣ちゃん、由弦君達と仲良くなって良かった。従妹として嬉しいよ」

「芽衣ちゃん、本当に可愛くていい子でしたよね」


 あの霧嶋先生が「天使」と称したほどだからな。美優先輩の従妹なのも納得な素直で可愛らしい女の子だった。そんな芽衣ちゃんのおかげで、今日はとても楽しい一日を過ごせた気がする。


「今日がこういう日になるとは、昨日はまだ知らなかったんですよね」

「ちょうど今くらいの時間に、理恵ちゃんから電話がかかってきたからね。盛りだくさんの一日だったからか、理恵ちゃんの連絡が昨日だったのが嘘みたい」

「確かに。あと、明日が日曜日なのも嘘みたいですよ。得した気分ですね」

「ふふっ、それは言えてる。ちなみに、明日は新しいベッドが届くよっ」


 美優先輩は楽しそうに言うと、アイスティーをもう一口飲む。

 ベッドを買ったのは昨日のお昼過ぎなんだよな。美優先輩が言ったように、今日は盛りだくさんの一日だった。なので、ベッドのフレームやマットレスなど購入したのが昨日なのが嘘のようだ。


「う~ん、今日は芽衣ちゃんを預かっていたからなのか、肩が凝っちゃったな。由弦君、肩を揉んでもらってもいい?」

「分かりました。では、食卓に移動しますか? 先輩がここに座ったままでいたいなら、それでもいいですが」

「……由弦君、両脚を広げてくれない? その間に座るからさ」

「それだと普段よりも揉めないかもしれませんが、それでもよければ」

「うんっ!」


 美優先輩の言う通り俺が両脚を広げると、先輩はその間に腰を下ろした。至近距離で見る先輩の後ろ姿はとても綺麗だ。先輩の甘くて優しい匂いがさっきよりも強く感じられる。


「由弦君、肩揉みをお願いします」

「分かりました」


 俺は美優先輩の肩を揉み始める。

 普段とは違う体勢であり、美優先輩との距離も近いのでやりにくさはあるけど、先輩の肩を何とか揉むことができている。自己申告しているだけあって、肩が凝っているな。今日は芽衣ちゃんの面倒を見たし、昨日までは中間試験があったからだろう。


「先輩、どうですか」

「……気持ちいいよ。幸せだなぁ……」


 そう言って、美優先輩は俺の方に振り返って微笑んでくれる。その笑顔にキュンとなり、体が熱を帯びてきた。

 それからも美優先輩の肩を揉み続けていく。たまに「んっ」と先輩の可愛らしい声が漏れる。電源が切られているテレビ画面には、美優先輩の気持ち良さそうな顔が映っていた。ここで肩揉みマッサージをして良かったな。


「今日は芽衣ちゃんを預かっていたから、2人きりの時間があまりなかったからね。あと、芽衣ちゃんが由弦君と仲良くしていたのは嬉しかったけど、羨ましかったの。だから、今回はこういう形で肩揉みしてほしいなって」

「そうだったんですか。……可愛いです」


 耳元でそう囁くと、照れくさいのか美優先輩の耳が赤くなっていった。それと同時に先輩の両肩から感じる温もりがどんどん強くなっていって。


「……こんな感じでどうでしょうか。だいぶほぐれたと思いますが」

「……うん! 楽になった! 由弦君は本当に肩揉みが上手だよね。ありがとう」

「そう言ってくれて嬉しいです」


 俺は後ろから美優先輩を抱きしめて、そっとソファーに寄り掛かる。


「ゆ、由弦君?」

「……せっかく、俺の目の前に座っているんです。今日、肩を揉んだ報酬として、少しの間、美優先輩を抱きしめさせてくれませんか?」

「もちろんいいよ。由弦君なら、報酬とか関係なく、今みたいに何も言わずに抱きしめてくれていいんだよ? ……ただ、肩を揉んでくれたんだから、ちゃんとお礼はしないとね。……ささやかですが」


 そう言うと、美優先輩は上半身だけこちらに振り返って、俺にキスしてきた。さっき、砂糖入りの紅茶を飲んだからか、先輩の唇がほんの少し甘い。


「……これで、由弦君の疲れは少し取れたかな?」

「ええ。効果は抜群です」

「良かった。ねえ、由弦君。今夜も……しない? おままごとで由弦君と夫婦役を演じて、家に帰ってきたときや子作りをするときにキスしたし。あのときくらいから、今夜もしたいなって思っていたの」

「そうだったんですか。いいですよ。俺もおままごと中にキスして興奮しましたし。芽衣ちゃんの面倒を見る中で、先輩が素敵だなって思うことが何度もありましたから」


 そう言って、俺は美優先輩の首筋にキスする。すると、先輩は「んっ」と可愛らしい声を漏らして体をビクつかせた。

 本当に美優先輩は隠れ肉食系だなぁと思う。出会ったときはそんなイメージは全然なかったな。

 美優先輩は嬉しそうな笑みを浮かべる。


「ありがとう。昨日はお風呂だったけど、今日はおふとんの中でしない? 寝室におふとんを敷いて寝るのは今日で最後だし。その夜を思い出深いものにしたくて……」

「いいですね。明日は午前中にベッドが届きますから、それに影響しない程度にしましょうか」

「そうだね!」


 そして、俺達はお風呂に入り、その後、寝室に敷いた俺のふとんの中で肌を重ねた。

 美優先輩が言ったように、寝室でふとんを敷いて眠るのはこれが最後なので、特別な時間を過ごせた気がした。


「……今日も凄く気持ち良かったよ」

「俺も気持ち良かったです」

「良かった。昨日よりも激しくなかった?」

「今日は先輩が素敵だと思ったり、ドキドキしたりすることが多かったですから。先輩こそ今日は激しめだった気がしますよ」

「……私も同じ理由でね」


 えへへっ、と嬉しそうな笑みを浮かべると、美優先輩は俺の胸に頭をスリスリしてくる。


「明日、新しいベッドが来るのが楽しみだね」

「そうですね。お店で試しに横になってみましたけど、早くここで寝てみたいです」

「そうだね。でも、たまにはリビングにふとんを敷いて、こうして一緒に寝たいよね」

「ゴールデンウィークに姉妹が遊びに来たときに寝ましたけど、あれはあれで良かったですよね。あのときのように、リビングでふとんを敷いて寝るのもいいかもしれないです」

「そうだねっ!」


 そう言って、明るい笑顔を見せてくれる美優先輩。

 リビングにふとんを敷いて寝るときは「ふとんで寝るのは珍しいから」とか言って、美優先輩は夜の営みに誘ってきそうだ。


「結構遅い時間になったから、そろそろ寝よっか」

「そうですね。おやすみなさい、美優先輩」

「おやすみ、由弦君」


 美優先輩とおやすみのキスをして、ぎゅっと抱きしめ合いながら目を瞑る。先輩と激しく体を動かしあったからか、先輩の匂いを強く感じるけど、それが凄く心地良く思える。

 色々とあった一日も、こうして静かに終わるのであった。

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