第3話『三者面談』
三者面談の時間が近づいてきたので、俺は母さんと一緒にあけぼの荘を出発し、陽出学院高校へ向かう。家を出るとき、美優先輩と花柳先輩に「頑張って」と言われた。学校でも風花に頑張れと言われたし、面談がどんな展開になっても乗り切れそうだ。
下校したときと同じく、雨はシトシトと降り、空気はジメジメ。ただ、暑さは和らいできているので、下校時よりも歩くのが多少楽だった。
事務室で母さんは保護者用の名札を受け取り、首から提げる。
俺達は昇降口で上履きに履き替え、1年3組の教室に向かって歩き出す。教室は4階にあるのでエレベーターを使うかどうか訊いたら、「校舎の中は涼しいから階段で大丈夫」と言われた。なので、階段を使うことに。
放課後になってから2時間以上経つし、今は全校で三者面談期間中。だから、校舎の中はとても静かで。俺と母さんの足音がやけに響いている感じがした。
4階に到着し、俺達は1年3組の前まで向かう。
教室前方の扉の近くに、次の順番の生徒と保護者が待つための椅子が2つ置かれていた。今は2席とも空席。教室の中から話し声が聞こえており、今の時刻は3時20分。おそらく、俺の一つ前の順番の生徒が三者面談を受けているのだろう。
俺と母さんは椅子に腰を下ろす。ちなみに、扉の近い方に俺が座っている。
「中学校までとは違うわね。校舎全体が涼しいからかしら」
「中学までは廊下はおろか、教室にもエアコンが設置されてなかったからな。教室にあったのは扇風機だけだったし。暑いのにどうして付けないんだか……」
「そのことだけど、最近あった心愛のクラスの保護者会で、今月の終わり頃に教室にエアコンが設置されることが決まったって話されたわ」
「そうなのか。それは良かった」
あの暑い環境の中で授業を受けずに済むとは。羨ましい気持ちもあるけど、良かったという思いの方が断然強い。心愛っていう在学生の妹がいるからかな。
快適すぎて眠らないように気をつけろと心愛にメッセージを入れておくか。うちのクラスには授業中に寝る生徒もいるし、俺も涼しいのが気持ち良くて眠たくなったことがあったから。
席に座ってから数分ほど。教室前方の扉から、クラスメイトの男子と母親らしき女性が出てきた。俺と母さんは2人に向かって軽く頭を下げた。
前の親子が教室から出たので、俺の三者面談ももうすぐか。霧嶋先生との三者面談は初めてだし、さすがにちょっと緊張してきた。
隣に座っている母さんを見ると……いい笑顔を見せているなぁ。霧嶋先生にもうすぐ会えるからだろうか。前に、俺が旅行のときの写真を送ったら、『とても綺麗で可愛い担任の先生ね!』ってメッセージが来たから。まさか、面談中に抱きしめる展開にはならないよな。
それから程なくして、扉の開く音が聞こえた。黒いスーツ姿の霧嶋先生が姿を現す。
「次の桐生君は……来ているわね。お母様も。中へどうぞ」
微笑みながら言う霧嶋先生。
さあ、いざ三者面談会場へ。俺と母さんは1年3組の教室の中に入る。
教卓近くの4組の机と椅子が向かい合った形でくっつけられている。霧嶋先生の案内で俺と母さんは窓に向かって隣同士に座る。
霧嶋先生は俺と向かい合う形で椅子に座った。形的には中学と一緒か。
「本日はお時間いただきありがとうございます。私、1年3組の担任の霧嶋一佳と申します」
「桐生由弦の母の香織といいます。由弦がいつもお世話になっております。今日はよろしくお願いいたします」
「いえいえ。こちらこそ……色々とお世話になっていて。よろしくお願いいたします」
母さんと霧嶋先生が軽く頭を下げる。
あと、霧嶋先生は母さんにも色々とお世話になっていると言ったか。きっと、母さんはゴールデンウィークのときに俺と一緒に旅行へ行ったり、雫姉さんや心愛と遊んだりしたことだと思っているんだろうな。部屋の掃除や虫の駆除などについては母さんに話していないから。
「では、三者面談を始めましょう。主に中間試験の結果を中心とした学校生活についてです。まずは桐生君の試験結果をまとめたものを見せますね」
霧嶋先生は隣の椅子に置いてあるベージュのトートバッグから、クリアファイルを取り出す。そして、そのファイルの中から1枚のプリントを取り出して、俺と母さんの前に置いた。
プリントを見てみると、先月行われた1学期の中間試験の全教科の得点と平均点。そして、クラス順位と学年順位が記載されていた。そのプリントを見て、母さんは嬉しそうな様子で「あらぁ」と声を漏らす。
「全ての教科が90点以上。100点満点の科目も複数あり、申し分ない成績です。よく頑張っていますね。桐生君は特待生として入学していますが、この高水準の成績をキープすれば、来年度も特待生の一人に選ばれるでしょう」
「凄いわね、由弦。あなたから事前に結果は聞いていたけど、こうして点数をまとめたプリントを見ると、凄いなって改めて思うわ。この調子で頑張りなさい、由弦」
「勉強について言いたいことは私も同じです。これからも頑張ってください、桐生君」
「はい。分かりました」
中間試験の成績はとても良かったし、いいスタートを切れたと思う。現時点でもついていけていない教科はない。ただ、これから難しい内容になっていく教科もあるだろうし、気を抜かずにしっかり勉強していきたい。
「普段の生活態度もいいですし、料理部の方もよく頑張っていますね。私は顧問ではないのですが、たまに料理部の様子を覗きに行くので。あと、顧問の先生……大宮とも仲が良く、互いに顧問をしている部活の話もしますから」
「そうなんですか。由弦からも料理部の話は聞きますよ。由弦は料理好きですし、美優ちゃんや瑠衣ちゃんなどが一緒なので本当に楽しいそうで」
「私も部活の様子を見たことがあるので、それがよく伝わってきます。楽しむ桐生君はとても素敵だと思っています。……あ、あくまでも教師としてですよ!」
頬を赤くし、少し恥ずかしそうにして言う霧嶋先生。そんな先生に対して、母さんは「ふふっ」と柔らかく笑う。
「子供達が話すように、霧嶋先生は可愛らしい方ですね」
「ほえっ? か、可愛いですか。そうですか。あと、子供達ということは……桐生君も私のことを可愛いって……?」
「はい、言いました。料理部に遊びに来てくれたり、プライベートで会ったりしたときを中心に、先生が可愛いと思うことが何度もありますから。もし、話されるのが嫌だったなら謝ります」
「ううん、いいのよ。気にしないで。むしろ……嬉しいから」
霧嶋先生の顔はほころび、それまで頬だけにあった赤みが顔全体へと広がっていく。そんな今の先生もとても可愛くて。まさか、三者面談中にこういう先生の姿を見られるとは思わなかったな。
母さんは依然として柔らかな笑みを見せており、「本当に可愛い先生」と呟く。そんな母さんの呟きに俺は小さく頷いた。
こほん! と、霧嶋先生はわざとらしくも可愛らしい咳払いをする。
「と、とにかく! 部活も楽しんで取り組んでいるのはいいことです。勉強と併せて頑張りなさい、桐生君」
「はい」
俺がそう返事をすると、霧嶋先生は俺の目を見てしっかり頷く。今もまだ顔が赤いけど、表情は授業で見せる真面目なものになっていた。
霧嶋先生は腕時計を見る。
「こちらから話したいことは以上になりますが……次の生徒の面談開始時刻までには、まだま時間はありますね。何か私に訊きたいことがあったり、3人で話し合ったりしたいことはありますか?」
「俺は……特にないですね。母さんは?」
「由弦の学校生活について、質問や話し合いをしたい内容は特にありません。ただ、霧嶋先生にお礼を言いたくて」
「お礼……ですか?」
霧嶋先生は目を見開く。おそらく、母さんからお礼を言いたいと言われるとは思わなかったのだろう。俺も予想外だけど。
「ええ。ゴールデンウィークにあけぼの荘へ泊まりに来た雫と心愛と楽しい時間を過ごしてくれたり、旅行へ連れて行ってくれたりしていただきありがとうございます」
「ああ、ゴールデンウィークのときのことですか。いえいえ」
なるほど、ゴールデンウィークのことか。思い返せば、10日におよぶ連休の中で、霧嶋先生とは一緒に過ごすことが多かったからな。特に茨城へ旅行に行った2日間は。
母さんのお礼の理由が分かったからなのか。それとも、ゴールデンウィークの日々を思い出しているのか。霧嶋先生の顔には優しげな笑みが浮かぶ。
「桐生君達のおかげで、10日間という長い連休を楽しく過ごせました。雫さんと心愛さん、白鳥さんの姉妹達と一緒にいたときと、茨城の方へ旅行に行ったときは特に楽しくて。こちらがお礼を言いたいくらいです」
「そう言ってもらえて、親として嬉しく思います。あと、大宮先生に由弦が部活でお世話になっていることと、連休のことで感謝していると伝えてもらえますでしょうか? 直接言えたら嬉しいのですが、きっと大宮先生も面談などでお忙しいでしょうし」
「分かりました。私から大宮に伝えておきます」
「ありがとうございます。私が話したいことは以上です」
「分かりました。では、桐生君の三者面談はこれで終わりましょう」
おっ、これで三者面談は終わりか。途中、霧嶋先生が取り乱したり、母さんがゴールデンウィークのことで先生にお礼を言ったりと予想外のこともあったけど、無事に終わって良かった。母さんが先生を抱きしめることもなかったし。
母さんと霧嶋先生が椅子から立ち上がるので、2人に倣って俺も立ち上がる。
「霧嶋先生、本日はありがとうございました。これからも息子のことをよろしくお願いします」
「はい。こちらこそよろしくお願いします。桐生君、また明日」
「はい。また明日」
「では、失礼します」
母さんと一緒に霧嶋先生に頭を下げ、1年3組の教室を後にした。
扉の近くに置いてある席には、次の順番の女子生徒と母親らしき女性が座っている。2人に会釈し、俺達は昇降口に向かって歩き始める。
「霧嶋先生から見ても由弦はしっかりと学校生活を送っているって分かったし、先生にお礼も言えて満足だわ。実際に見た先生もかなり可愛いし」
「ははっ。霧嶋先生が可愛いって話と、先生にお礼を言うことの方がメインだったように思えるよ」
「由弦が勉強や部活を頑張っていたから、そういう内容になったんじゃない? 次回の三者面談でも、その他の話題がメインになるように頑張りなさいね」
いつもの柔らかな笑顔でそう言うと、母さんは俺の背中をポンポンと優しく叩いた。まったく、次もその他の話題がメインになるようにって。ただ、これが母さんなりの褒め言葉であり、激励の言葉でもあるのだろう。
「ああ、頑張るよ」
そう言った瞬間、美優先輩や風花、花柳先輩達の顔が思い浮かんで。彼女達が側にいるから、きっと大丈夫だろう。もちろん、俺自身が勉強と部活をしっかりと取り組むのが何よりも重要だけど。
校舎の外に出ると、依然として暑さを感じる。ただ、雨が止んでいて。だからか、学校に来たときと比べて、少しだけ爽やかに感じられたのであった。
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