第59話『ごあいさつ』

 午前10時半過ぎ。

 カーナビの計算通り、ホテルを出発してからおよそ1時間で、ちくば市にある美優先輩の地元を走っている。見慣れた景色だからなのか、美優先輩は何度も懐かしいと呟いている。

 美優先輩の地元の雰囲気は伯分寺と似ている。先輩曰く、30分ほど電車に乗れば東京23区に行けるベッドタウンなのだそうだ。


「この街で美優が育ったのね! とても素敵な街に思えてくるわ!」

「大げさな反応ね、花柳さん。ただ、伯分寺に似た雰囲気だから、住みやすそうなところね」


 伯分寺での生活も慣れてきたし、霧嶋先生の言う通り、ちくば市も住みやすそうな感じだ。

 美優先輩の案内で、ご実家のすぐ近くにあるコインパーキングに駐車。

 俺達はお土産などを持って、美優先輩の家に向かって歩く。住宅街なのもあり、あけぼの荘の周りと雰囲気はさほど変わらない。

 コインパーキングから徒歩3分ほど。美優先輩の歩みが止まる。そこには白い外観の一軒家が建っていた。


「ここが私の実家です」

「うわあっ……!」


 感激しているのか、花柳先輩はそんな声を漏らし、スマホやデジカメで美優先輩のご実家の外観を撮影する。

 美優先輩がゆっくりと玄関を開けて、


「ただいま~」


 と言った。すると、中から美優先輩の御両親と朱莉ちゃん、葵ちゃんが姿を現す。御両親と直接会うのはこれが初めてなのでかなり緊張する。朱莉ちゃんと葵ちゃんだけでも以前に会ったことがあって良かったかも。


「おかえり、お姉ちゃん!」

「おかえりなさい、姉さん。由弦さん達もいらっしゃいませ」

「みんなただいま。温泉饅頭と抹茶のゴーフレットを由弦君と買ってきたよ」

「ありがとう! お姉ちゃん! 由弦さん!」

「ここで話すのは何だから、美優も桐生君達も上がってください」


 美優先輩のお母様がそう言うため、俺達は美優先輩の家にお邪魔する。

 白鳥家のみなさんの案内により、美優先輩と俺はリビングにある食卓に御両親と向かい合うように座る。ちなみに、俺の正面にいるのは先輩のお父様だ。俺のサポートをするつもりなのか、朱莉ちゃんが右斜め前にある椅子に座っている。

 風花達はソファーに座ってこちらを見ている。


「はーい、美優に桐生君、日本茶をどうぞ」

「ありがとう、お母さん」

「風花ちゃん達もお茶をどうぞ」

「ありがとう、葵ちゃん」


 葵ちゃんはソファーに座る風花達の前に日本茶を置いていく。お礼なのか、風花が葵ちゃんの頭を撫でている。

 再びお父様の方を見ると……凄く立派な雰囲気のあるお父様だな。白髪混じりでメガネをかけているからだろうか。

 俺と目が合うとお父様は微笑む。


「桐生君。こうして顔を合わせて話すのは初めてだから、改めて自己紹介しよう。美優の父の健二けんじといいます。よろしく」

「母の麻子まこです」

「桐生由弦といいます。美優さんとは、先月の下旬から恋人としてお付き合いしています」

「好青年ね。あと、美優。ソファーに座っている方々が高校で出会ったお友達や先生よね。瑠衣ちゃんと大宮先生は、去年の三者面談で伯分寺に行ったときに会ったけど」

「うん、そうだよ」


 ソファーの方を向くと、風花達は立ち上がって俺達の方を見ている。


「お久しぶりです、お父様、お母様。花柳瑠衣です。今年も美優とはクラスメイトになることができて、とても光栄であり、幸せなことだと思っておりますわ」

「瑠衣先輩、普段とキャラが違いますね。初めまして、陽出学院1年の姫宮風花といいます。あけぼの荘では美優先輩と由弦の隣に住んでいます。お隣さんですから、プライベートでもお世話になっています。よろしくお願いします」

「初めまして、桐生君と姫宮さんを受け持っている霧嶋一佳と申します。美優さんと花柳さんには去年、現代文と古典を教えていました。よろしくお願いいたします」

「お久しぶりです、大宮です。三者面談以来ですから、半年ぶりくらいでしょうか。今年も美優ちゃんと瑠衣ちゃんのクラス担任となりました。勉強も部活も、美優ちゃんはよく頑張っています。桐生君という彼氏さんができたからか、2年生になってからはより頑張っているように思えます」

「そうですか。みなさん、よろしくお願いしますね」


 ふふっ、と麻子さんは上品に笑うと俺のことを見てくる。美優先輩を大人っぽくした雰囲気だから、見つめられるとちょっとドキドキするな。

 ただ、みんなが後ろにいると思うと、何だか安心する。今朝、美優先輩が言ったとおり、側にいてくれることが最大のサポートだなと実感する。


「こうして実際に会うと、由弦さんって素敵な男の子ね。とてもかっこいいし、しっかりしていそうで。美優、素敵な出会いがあって良かったわね」

「……うん。由弦君と出会えて、色々と事情があったけど一緒に住むこともできてとても幸せだよ」


 美優先輩は顔を赤くしながらも嬉しそうな笑みを浮かべている。俺と目が合うと「えへへっ」と笑った。すっごく可愛い。


「……母さん。万が一、美優が嫌がっていたり、恐がっていたりしていたら桐生君と引き離そうと思っていたのだが、ここまで幸せな笑顔を見てしまうと何もできないな」

「ふふっ、そうね」

「……ただ、美優をここまで幸せな顔にする桐生君に嫉妬するくらいだ。中学を卒業するまでの間、美優はお父さんにこんなに幸せな笑みを見せたことはない! 桐生君、どんな魔法を使ったのかな? 詳しく教えてもらえないだろうか」


 そう言うと、健二さんはゆっくりと椅子から立ち上がり、俺の両肩を掴みながら真剣な様子で俺のことを見つめてくる。突然のことなので驚いた。何だか、俺達の関係を受け入れてくれたみたいだけど、結構恐いな。


「もう、お父さんったら。いきなりそんなことをしたら由弦さんに失礼ですよ」

「朱莉の言う通りだよ。ほら、由弦君も驚いているし」

「……そうだな。桐生君、すまなかった」

「いえいえ」


 健二さんは両肩を離し、目の前にある日本茶を一口飲む。

 俺も日本茶を飲んで気持ちを落ち着かせよう。……あぁ、凄く美味しい。


「それで、実際はどうなのだ?」

「……互いに作った食事を美味しく食べたり、隣同士でソファーに座ってコーヒーや紅茶を飲んだり、勉強したり、一緒のベッドで寝たり。恋人になってからは一緒にお風呂に入ったり、キスしたり。普段の生活の中で健二さんの言う『魔法』はたくさんあると思います。もちろん、ドキドキすることもありますけど、美優先輩と一緒だからか凄く幸せです。この旅行でもそう思うことは多々ありました。これからも、美優先輩とそういった時間をずっと過ごせるように、年下ではありますが、しっかりしていかなければいかないと思っています」


 色々と言ってはまずいことまで言ってしまった気はするが、言葉にしてしまったものはしょうがない。


「由弦君……」


 気付けば、美優先輩は俺のシャツの裾を掴み、うっとりとした表情で見つめていた。あと、いつの間に椅子をくっつけていたのか。


「……なるほど。それは……恋人だからこそできることだな。美優の今の様子を見たら、桐生君の今言ったことで美優も幸せになっているのだと分かる」

「うん、とっても幸せだよ、お父さん!」

「……そうか。美優が桐生君と幸せに暮らしているのは嬉しいが、何だか離れていくようで寂しいなぁ」


 健二さんはしみじみとした様子でそう言うと、日本茶をまた一口飲む。俺も娘ができたらこういう風になるのかな。


「寂しいって言ってくれて嬉しいよ。でも、私は今までも、これからもお父さんとお母さんの娘だからね。これからもたまにはこうして会おうね、お父さん」

「……そうだな。いい子に育ったな、美優は。さすがは母さんから産まれた子だ。桐生君、美優のことをこれからも末永くよろしくお願いします! でも、美優のことを捨てたりしたら俺は許さないからな! 場合によっては殺す」


 健二さんは涙を流しながら絶叫し、両手で俺の右手をぎゅっと掴んできた。その力がとても強く殺すと言われたからか、付き合ってもらうことを改めて許してもらったと同時に、脅迫された気持ちにもなる。


「こらっ!」

「ダメですよ!」

「……いたっ!」


 美優先輩と朱莉ちゃんは、右手で健二さんの頭をチョップする。


「私の彼氏に殺すとか言うんじゃありません。そんなことを言うとさすがに嫌いになるよ」

「由弦さんに失礼ですよ! お父さん!」

「さすがに、教え子が殺されるのは悲しいですね。気持ちは理解できなくはないですが、殺すのは違法ですので止めていただきたいです」

「……娘達や霧嶋先生の言う通りですね。すまない、桐生君」

「き、気にしないでください。美優先輩のことを大切にされていることは分かりましたし、俺も気を付けます」


 それにしても、今の怒った美優先輩はかなり恐かった。普段、穏やかな人は怒ると恐いってよく言うけれど、それは本当のようだ。


「ごめんね、由弦さん。お父さんは家族のことになると、たまに周りが見えなくなることがあって。あとで私からも注意しておくわ。それにしても、こんなに素敵な人が将来的にお婿さんになると思うと、お母さん嬉しくなっちゃう」


 麻子さんは俺の側まで近づくと、嬉しそうな様子で俺の腕をぎゅっと抱きしめてきた。


「あぁ、立派な腕。いい匂いもするし。ふふっ、気持ちが若返った感じがする」

「そ、そうですか……」

「……ちなみに、美優よりも大きいと思うわ」


 何てことを耳打ちしてくるんだ。ただ、その大きなものによる感触がいいからドキドキしてしまう。さすがは美優先輩のお母様というべきか。2つのたわわなものや、寄り添ったときに喜ぶ姿は麻子さんから受け継いだのだろう。


「由弦君……」

「桐生君……」


 美優先輩と健二さんは不機嫌そうな様子で俺のことを見てくる。先輩に至っては頬まで膨らませて。嫉妬する部分は健二さんから受け継いだのだろう。


「お母さんっ! 美優お姉ちゃんの彼氏さんの腕を抱きしめちゃダメだよっ!」

「不倫、そして略奪になってしまいますよ! お母さん!」

「あたしもそれは良くないかと思います! 由弦も少しは拒みなさいよ」

「と、突然のことで驚いちゃって」

「あらあら、みんなに注意されちゃったわ。大丈夫よ。由弦さんのことは美優から取らないし、私はお父さんの奥さんだから」


 麻子さんは俺の腕をそっと離し、健二さんの頬にキスすると自分の座っている椅子に戻った。そのことに美優先輩と健二さんはほっと胸を撫で下ろす。


「由弦さん。これからも、美優のことをよろしくお願いしますね」

「こちらこそよろしくお願いします」


 一時はどうなるかと思ったけど、ちゃんと挨拶もできて、改めて美優先輩と恋人として付き合うことを許していただけて良かったと思うのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る