第15話『プールでの恋人は』
6月4日、火曜日。
今日は多少雲があるけど、昨日と同じようによく晴れている。
美優先輩と花柳先輩のクラスでは火曜日に水泳の授業がある。4時間目だそうだ。ちなみに、俺達のクラスは木曜日の3時間目。陽出学院高校のプールは屋内にあるので、よほどのことがない限りは毎週実施されるだろう。
4時間目。俺達のクラスの授業は英語表現Ⅰ。
ただ、美優先輩が屋内プールであのスクール水着を着ていて、可愛い水着姿をクラスメイトの男子達に見られているのかと思うと、授業になかなか集中できない。でも、花柳先輩がきっと守ってくれると思い、気持ちを落ち着かせる。まさか、花柳先輩のおかげで気持ちが落ち着ける日が来るなんてなぁ。世の中分からないものだ。
今、美優先輩はプールで何をやっているんだろう。自由時間で花柳先輩達と遊んでいるのか。それとも、ちゃんと授業が行なわれてクロールなどを泳いでいるのだろうか。昨日の夜に、美優先輩のスクール水着姿を生で見たり、ゴールデンウィークの旅行中にホテルのプールで遊んだりしたから、色々と具体的に妄想してしまう。
――キーンコーンカーンコーン。
色々なことを考えたり、妄想したりしたから4時間目の授業があっという間に終わった。
「これで午前中の授業終わったね、由弦」
「そうだな」
「由弦って、今日のお昼はお弁当だったよね?」
「ああ。美優先輩が作ってくれたお弁当だよ」
「そうなんだ。じゃあ、購買部に行ってサンドイッチとかパンを買ってくるよ。由弦達は先に食べてて」
「分かった、いってらっしゃい」
風花は財布を持って教室を出て行く。
風花はお弁当を持ってくることはほぼないので、昼休みまでに俺達の昼食が何なのかを聞いてくる。今日のように、お弁当のときは購買部や近所のコンビニでお昼ご飯を買い、俺達が食堂で食べるときは一緒に食堂で食べる。
いつもなら、美優先輩と花柳先輩はすぐにここへ来るけど、水泳の授業の後だから今日は遅いかもしれない。先輩方もそう考えており、登校中に先に食べ始めてほしいと言っていた。
俺はバッグからお弁当と水筒を取り出す。
「桐生、今日も一緒に食べようぜ」
「一緒に食べましょ?」
加藤と橋本さんがお弁当と水筒を持って俺のところにやってくる。
「ああ、一緒に食べるか」
「うん。風花ちゃんは購買部かな?」
「そうだよ。……じゃあ、近くの机を動かすか」
俺と加藤で、風花の机と俺の右隣の机を動かす。
俺の右隣の席の女子生徒は、同じ中学出身の仲のいい先輩がおり、その人と一緒にお昼ご飯を食べるのが習慣になっているらしい。なので、昼休みの間は、自分の席を自由に使ってもいいと言ってくれている。また、近くに座っている他の生徒も、机や椅子を使っていいと言ってくれる。有り難い。
机と椅子を動かし終わり、加藤と橋本さんは隣同士に座る。
ちなみに、昼食時の席の位置は俺の右隣に美優先輩、先輩の隣に花柳先輩が座る。俺と向かい合うような形で風花。風花の隣に橋本さん、そして加藤という席順だ。
「先輩方も風花も先に食べていいって言ったから、もう食べ始めよう」
「そうなのか。じゃあ、先に食べ始めるか」
「そうね。じゃあ、いただきます」
『いただきまーす』
俺は加藤と橋本さんと一緒に、お昼ご飯を先に食べ始める。
美優先輩の作ってくれたお弁当……とても美味しそうだ。俺の好きな玉子焼きやミートボールに、昨日の夕食で一緒に作った野菜の煮物と常備野菜のきんぴらごぼうか。栄養のバランスも考えられていて、さすがは美優先輩だと思う。
さっそく、俺は好物の玉子焼きを一つ食べる。
「……うん、美味しい」
「幸せそうに食べるね、桐生君は。美優先輩が作ってくれたの?」
「ああ、そうだ。それに玉子焼きは俺の大好物の一つだからな」
「好物と恋人の力は凄いな。実は俺達、桐生の様子が気になっていたんだよ。4時間目の間、そわそわしていたり、たまに表情が緩んでいたりしたから」
「何があったの? 桐生君」
3時間目までと違って、4時間目は水泳のことで色々と考えていたからな。それが表情や態度に出てしまっていたのか。
「4時間目は、美優先輩と花柳先輩のクラスが水泳の授業でさ。先輩の水着姿はとても可愛いから、クラスメイトの男子に変な目で見られているんじゃないかと思って。そうしたら落ち着かなくてさ。その気持ちを落ち着かせるために、プールで泳いでいたり、花柳先輩達と遊んでいたりする美優先輩を妄想していたんだ」
このこと、先輩方や風花が教室に来たら2人が話しそうだな。
「ははっ、なるほどなぁ。桐生の気持ちも分かるよ。俺も……特に中1のときは、水泳の授業で奏の水着姿を男子達に見られるのが嫌でさ。当時も奏は男子から人気があったし」
「授業の後、潤が不機嫌そうだったのを覚えてる。毎年、初回の水泳の授業の後はそんな感じだよね。水着姿の潤をかっこいいって言う女子は何人もいたけど、私は心の中で『これが私の彼氏ですよ!』って自慢してた。私自身も水着姿の潤を楽しんでいたし」
「そういえば、奏は水泳の授業の後は、ほぼ毎回上機嫌だよなぁ」
「ふふっ、今年の水泳の授業も楽しみだよ!」
「……仲がいいなぁ」
惚気話なのにほっこりできる。
そうか、同じクラスだから、水泳の授業に恋人の水着姿を見られるのか。そのことが羨ましい。まあ、俺は昨日の夜に、家で美優先輩に水着姿を披露してもらったけどね。ベッドで横たわる水着姿の恋人もいいものだよ。
「みんな、お待たせ」
美優先輩が聞こえたので扉の方を見ると、ランチバッグを持った美優先輩と花柳先輩、レジ袋を持った風花が教室の中に入ってきた。階段のところで、先輩方と風花が会ったのかな。
4時間目に水泳の授業があったからか、先輩方の髪は少し湿っている。あと、花柳先輩の髪型が普段のツーサイドアップからストレートヘアになっている。いつもと雰囲気が違って、何か可愛いな。
「先輩方、お疲れ様です。俺達3人で先にお昼ご飯を食べています」
「うん! みんなも午前中の授業お疲れ様」
美優先輩と花柳先輩、風花はいつもの席に座る。
美優先輩が座った瞬間、塩素の匂いがほんのりと感じられた。
いつも通りの6人で昼食を食べ始める。隣に恋人がいるからか、さっきよりもお弁当が美味しく感じる。
「あっ、そうだ。美優先輩」
「どうしたの? 奏ちゃん」
「さっき、3人で食べているときに桐生君から聞いたんですけど、4時間目は先輩方のクラスで水泳の授業があったから、桐生君は気持ちが落ち着かなかったんですって。美優先輩の水着姿を男子に見られているんじゃないかと思ったそうで。あとは、先輩方の水着姿を想像していたみたいです」
「4時間目のとき、桐生はそわそわしていたり、たまに表情が柔らかくなっていたりしていましたよ」
4時間目のことを2人に話されてしまうと覚悟していたけれど、実際に話されると結構恥ずかしいな。
美優先輩の反応が気になるので、恐る恐る先輩の方に視線を向けると、先輩はいつも通りの優しい笑顔を浮かべていた。その後ろでニヤニヤして俺を見ている花柳先輩にちょっとムカついたが。
「そうだったんだ。ふふっ、由弦君ったらかわいいね」
美優先輩は左手で俺の頭をポンポンと優しく叩いてくる。嫌に思われていないようで一安心だ。
「あたしは前の席だから全然気付かなかったなぁ。でも、恋人が男子の前で水着姿になっていると思うと、気持ちが落ち着かなくなるのも分かるかな。美優先輩の水着姿を妄想しちゃうのは由弦らしい」
爽やかな笑みを浮かべながら風花はそう言うと、買ってきたレタスハムサンドイッチを一口頬張る。
あと、風花の中にある俺に対する『変態』のイメージが、以前よりも薄れてきていると思っていたんだけど、どうやらそうではないらしい。
「やっぱり、桐生君は落ち着けなかったのね。そんな桐生君のために、あたし……スマートフォンで授業の風景を撮影してきたの!」
ドヤ顔でそう言い、スカートのポケットからスマートフォンを取り出す花柳先輩。俺のためなのは本当だろうけど、絶対に自分も楽しむために撮影したと思う。
あと、風花と橋本さんは「動画があって良かったね」と言いたげな表情をしている。そんな2人の横で、加藤は「ははっ」と笑いながらお弁当を食べている。
「花柳先輩。その……撮影してくれたのは嬉しいですけど、大丈夫だったんですか? 水泳の授業の様子を撮影しちゃって」
「初回だったからか、今日の授業は自由時間だったの。だから、注意はされなかったね。あと、あたしが知る限りでは、美優にスマホを向けている男子はいなかったよ」
「それなら良かったです。その動画を観てみたいんですけど……いいですか?」
「美優がいいって言えば、あたしはかまわないわ」
「……観てもいいよ。恥ずかしい場面もあるけど」
「ありがとうございます」
俺は花柳先輩からスマートフォンを受け取り、水泳の授業中の美優先輩が映っている動画を観ることに。風花と橋本さんが見たそうにしていたので、先輩のスマートフォンを机の上に置いた。
プールに入っている水着姿の美優先輩が映っている場面からスタート。
動画が始まってすぐに美優先輩は驚いた様子に。
『きゃっ、瑠衣ちゃん。お手洗いに行ったんじゃないの?』
『ううん、スマホを取ってきたの。今日は自由時間だし、動画を撮影して、後で桐生君に見せてあげようよ。彼は一緒に授業を受けられないんだし』
『……そうだね。ええと……今日は初回なので、自由時間になっています。瑠衣ちゃんやお友達と一緒にプールで遊んでいます』
はにかみながら手を振ってくる美優先輩、可愛らしいな。そんな動画を俺が見ているからか、今の美優先輩もはにかんでいる。
『みゆみゆ、どうかしたの?』
『愛しの後輩彼氏君のために、瑠衣ちゃんに動画を撮ってもらってるの?』
美優先輩の友人である女子生徒達が登場し、先輩のことを横から抱きしめている。彼女達は以前、先輩の教室でお昼ご飯を食べたときに話したことがある。花柳先輩同様に1年のときに知り合い、結構仲がいいそうだ。
『瑠衣ちゃん発案でね。由弦君は一緒に授業を受けられないから』
『まあ、あたしが楽しみたいのもあるんだけどね』
『ふふっ、みゆみゆとるいるいはいつも一緒だもんね』
『後輩彼氏君! 水泳の授業では、私達が美優のことを男子から守るから安心してね! 例えば、こういう風に胸を揉ませるなんてことはさせないよ』
『ひゃああっ!』
美優先輩は友人の一人に、後ろから胸を揉まれる。画面越しでも美優先輩の胸の柔らかさが伝わってくるな。さっき、本人が言っていた恥ずかしい場面というのはこのことだったのか。その証拠に今の美優先輩の顔が真っ赤になっているし。
仲のいい女子生徒だからいいけど、男子がこんなことをしたら今すぐにそいつのところに行って、彼氏として一喝し、顔と腹に右ストレートを喰らわせてやる。
『もう、突然揉まないでよ。ビックリしちゃった』
『そこに大きな胸があったからね。去年よりも大きくなってない? 後輩彼氏君のおかげかな?』
『それありそう。好きな人に揉んでもらうと大きくなるって説、あたし聞いたことある。……みゆみゆ、実際のところはどう?』
『まあ……去年よりも大きくなったよ。新しい水着にしたのは胸がキツくなったからだし。それが由弦君のおかげなのかどうかは……わ、分からないな』
胸のことについて問われているからか、美優先輩ははにかみながら小さな声で答えている。
『ていうか、そういうことをここで訊くんじゃありません! しかも、瑠衣ちゃんに撮られているのに!』
そう言って、少し不機嫌そうに美優先輩は友人達にプールの水を掛ける。その直後に友人達から美優先輩は水を掛けられる。
プールの水を掛け合ってからすぐに、美優先輩は楽しげな様子になった。
その後、美優先輩はクロールで25mを泳いだ。フォームがとても綺麗で、余裕で25mを泳ぎ切った。
『あぁ、気持ちいい』
『美優ってそれなりに泳げるよね。……学校のプールに入っている美優はこんな感じです。以上』
最後に花柳先輩のそんな声が入り、動画が終了した。
「ありがとうございます、花柳先輩」
「いえいえ。動画はどうだった?」
「短い時間でしたけど、学校でのプールに入っている美優先輩の様子を見られて良かったです」
「由弦、凄く幸せそうに観ていたよね」
風花がそう言うと、横で加藤と橋本さんがうんうんと頷いている。確かに、水着姿の美優先輩が可愛くて、そんな動画を観られて幸せな気分になっていたけど。俺って顔に出やすいタイプなのかな。
「プールに入っている美優先輩、可愛かったです。友達とも楽しそうに遊んでいましたし」
「そう言ってくれて良かったよ。友達に胸を揉まれたのを撮られたときは恥ずかしかったから……」
「それを含めて可愛かったですよ。何人も友達がいますので、来週以降、火曜日の4時間目は安心して授業を受けられそうです」
ただ、動画を観てしまったので、プールで泳いでいる美優先輩などを今日よりも妄想してしまうかもしれないけど。
それから再びお弁当を食べ始める。いい動画を観させてもらって気分がいいから、今日のお弁当はとっても美味しく思えた。
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