第65話『ハッピーバースデー』

 5月7日、火曜日。

 10日間あった俺史上最長のゴールデンウィークが終わり、今日から再び学校生活が始まる。連休中には元号が平成から令和に変わったので、今日からは令和の学校生活になるのか。

 今日が16歳の誕生日なので、個人的には16歳になってから初めての学校でもある。いつも以上に気が引き締まるな。


「おはよう。由弦君」

「おはようございます、美優先輩。朝食を作ってくれてありがとうございます」

「いえいえ。それに、今日は由弦君の誕生日だもん。由弦君のために何でもしたいくらいだよ」

「ははっ、そうですか。ありがとうございます」

「ふふっ。あと、16歳の誕生日おめでとう、由弦君」


 美優先輩は笑顔でそう言うと、俺をそっと抱きしめてキスしてくる。さっそくプレゼントをもらっている気分だ。今年の誕生日は、今までの中で一番嬉しい誕生日になるのは間違いないだろう。

 俺は美優先輩と一緒に朝食を食べる。今日も先輩の作った和風の朝食がとても美味しい。心愛のプレゼントしてくれた日本茶も美味しいし。


「……幸せだ」

「……心の声が漏れてるよ」


 ふふっ、と幸せそうな笑顔で俺を見つめる美優先輩。


「美優先輩達のおかげで、幸せな誕生日の朝を過ごさせてもらっている気がしまして。16歳はいいスタートを切られそうです。連休明けですけど頑張れそうですね」

「それは良かった。私も由弦君のおかげで元気をもらってるよ。は~い、由弦君。玉子焼きを食べさせてあげるよ。あ~ん」

「あ~ん」


 美優先輩に玉子焼きを食べさせてもらう。今日もとてもふわふわにできていて美味しいな。ほどよく甘くて。


「美味しいです。さすがは美優先輩ですね」

「ふふっ、良かった。……ねえ、由弦君。年齢だけで考えたら、私と同い年なんだよね。だから、試しにタメ口で話してみない?」

「面白そうですけど、敬語で話すのが自然になっていますからね。上手くできるかどうかは分かりませんが、ちょっとやってみましょうか」

「うん! じゃあ、玉子焼きの感想を言うところからね」


 はいっ! と、美優先輩は笑顔で手を叩く。

 いざ、タメ口で言おうとすると、美優先輩が相手でも緊張してしまうな。16歳初の試練のような気もしてきた。一度、深呼吸する。


「……玉子焼き、とても美味しかったよ。さすがは美優だね」

「……タメ口の由弦君かわいい。美優って言われちゃった。私がプレゼントをもらった気分だよ」


 えへへっ、と美優先輩は幸せそうな笑みを浮かべている。呼ばれ方にもよるけど、初めてだとキュンとくることもあるか。


「ねえねえ、由弦君。今の言葉、もう一度行ってくれない? 動画で撮影したいの!」

「わ、分かりまし……分かったよ」

「ありがとう!」


 美優先輩にスマホを向けられる中、俺は玉子焼きの感想をタメ口で言った。こんなにたくさん玉子焼きの感想を、しかもタメ口で言う朝はそうそうないだろう。


「はい、OK! あぁ、由弦君の素敵な一面を収めることができたよ。ありがとう」

「美優せんぱ……美優が喜んでくれて嬉しいよ。……先輩。やっぱり、今の俺は美優先輩のことは美優先輩って呼びたいです。タメ口よりも今のような喋り方の方が自然でいいなって」

「ふふっ、そっか。タメ口の由弦君も可愛くていいなって思ったけど。私も由弦君からは先輩って呼ばれた方が落ち着いていいかな」

「そうですか。でも、今みたいにちょっとだけなら、これからもタメ口で話してみるのもありですね」

「うん!」


 普段の話し方が落ち着くのは事実だけど、タメ口で美優先輩に話すのも新鮮で悪くはなかった。

 タメ口の件もあって、朝食の時間を楽しく過ごすことができた。

 また、朝食の後片付けをしていると、松本先輩と佐竹先輩が家を訪ねてきた。放課後にバイトや部活があるので、誕生日プレゼントを渡しに来てくれたのだ。俺の誕生日については美優先輩が連休前に伝えたそうだ。


「誕生日おめでとう! 桐生君」

「16歳の誕生日おめでとう。合宿先で買ってきたの」

「ありがとうございます」


 2人から受け取ったプレゼントをさっそく見てみると、佐竹先輩は紅茶の茶葉、松本先輩はバウンドケーキだった。2人曰く、紅茶の茶葉はバイト先・ユナユナでも使用しているもので、ケーキは合宿先の地域にある人気の洋菓子店で買ったらしい。紅茶もケーキも好きなので、後日ゆっくり味わわせてもらおう。

 これまでと同様に、今日も風花や花柳先輩と一緒に登校することに。ただ、クラスや友人に買ったお土産があるからか、いつもよりも重いな。


「連休明けは辛いけど、学校で友達と会えると思えばマシか。旅行のお土産も渡すことができるし」

「その気持ち、分かる気がします。瑠衣先輩。あと、由弦は行きよりも帰りの方が重くなるんじゃない? 今日は由弦の誕生日だから」

「もしそうなったら、それは有り難いことだね」


 ゴールデンウィーク前に加藤や橋本さんに俺の誕生日のことは伝わっていたし、2人から多くのクラスメイトに広まる可能性は高い。あと、今日は料理部の活動はないけど、買い出しがあるから、そこで一部の部員から誕生日プレゼントをもらう可能性もあるか。


「由弦への誕生日プレゼントはちゃんと用意してあるから。美優先輩から聞いていると思うけど、今日の夜は由弦の誕生日パーティーだから、そのときに渡すよ」

「あたしも同じときに渡すわ」

「私も渡すからね、由弦君」

「ありがとうございます。今年の誕生日も楽しい一日になりそうです」


 みんなのおかげで、今年も五月病にはならずに済みそうだな。

 連休も明けて、今日も晴れているからかブレザーのジャケットを着ていると暑いな。5月になり、ジャケットの着用は自由になったから、これから晴れている日にはジャケットを着なくても良さそうだ。

 今日も階段で俺と風花の教室がある4階まで一緒に上がり、美優先輩や花柳先輩とはそこで別れた。


「風花。俺達が買った温泉饅頭、どのタイミングで渡そうか」

「朝礼の直前くらいに机の上に1個ずつ置けばいいんじゃないかなぁ。そうすれば、ほぼ確実に渡せそうだし、まだ来ていない生徒も様子を見たり、周りの生徒に訊いたりして私達からのお土産だって分かるだろうし」

「それでいいか。今日欠席した生徒には、明日以降に俺達が直接手渡しすればいいな」

「それでいいと思う」


 あと、霧嶋先生もクラスにお土産を買っていたな。被らないように饅頭以外にすると言っていた。そのことで、饅頭が俺達のお土産であることを気付いてくれそうだな。

 風花とお土産の話をしながら、1年3組の教室に入っていくと、風花が俺の前に回り込んで、


「由弦!」

「桐生!」

「桐生君!」

『お誕生日おめでとう!』


 風花、加藤、橋本さんが俺の名前を呼ぶと、教室にいるほぼ全ての生徒と霧嶋先生から、俺の誕生日を祝うメッセージを言われ、拍手を贈られた。そのことにビックリして、時間が止まったかのように思えたけど、嬉しさが段々こみ上げてきた。

 教室の黒板を見ると、俺の誕生日のメッセージが書かれていた。


「みんな、どうもありがとう。嬉しいなぁ」


 みんなが拍手していることもあって、俺もそれにつられて拍手をしてしまう。


「学校の教室でこうやって誕生日を祝われたのは初めてだな。風花が考えてくれたの?」

「ううん。奏ちゃんと加藤君が発案者なの」

「連休中に風花ちゃんにこのことを伝えたの。今日、桐生君がいつ来るのかをこっそりと教えてもらっていたの。はい、私からチョコレートをプレゼントするわ。駅前のショッピングセンターの中にある専門店で売られている評判のチョコだよ」

「ありがとう、橋本さん」

「誕生日おめでとう、桐生。これから暑くなっていくし、俺からはスポーツタオルをプレゼントするぞ」

「加藤、ありがとう」


 橋本さんと加藤から誕生日プレゼントを受け取る。知り合って、友達になってまだ1ヶ月くらいなのに、こうして誕生日を用意してくれるとは。嬉しい気持ちもあるけど、有り難い気持ちも同じくらいに抱く。


「ありがとう。連休中に旅行に行ってきて、風花と一緒にクラスのみんなに温泉饅頭を買ってきたから、この後、1つずつ渡していくよ」

「私も一緒に旅行に行ってきたの。私からは抹茶のゴーフレットをお土産で買ってきたから1枚ずつ渡すわ。ただ、2人からのお饅頭もそうだけど、授業中には食べないこと。昼休みや授業間や10分休み、放課後に食べるように」

『はーい!』


 さすがに担任教師が言うからか、みんないい返事をしているな。あと、霧嶋先生は今日もスーツをきっちり着こなしており、見事に教師モードになっている。

 俺と風花は温泉饅頭、霧嶋先生は抹茶のゴーフレットを1年3組の生徒に渡していく。

 お土産を渡し終わった後、俺は友人を中心に誕生日プレゼントをもらった。駄菓子や漫画、インスタントコーヒーなど素直に嬉しいと思えるプレゼントがほとんどだったけど、


「白鳥先輩とのこれからの生活のための教本だ」


 と言われて、友人の1人から紙袋を渡された。

 紙袋の中に入っていたのは……せ、成人向けの本か。紙袋に入れながら上手に中身を見てみると、そういった写真や漫画がてんこ盛り。思わず友人のことを見ると、彼は俺にウインクして、右手でサムズアップしてきた。そのことに加藤はクスッと爽やかに笑う。これは『生活』ではなく『性活』の教本だな。プレゼントではあるので受け取っておこう。ただ、美優先輩が見つけたら……俺よりも熱中して読みそうな気がする。


「たくさんプレゼントをもらえて良かったね!」

「あ、ああ。そうだな、風花」


 風花に見つからないように、生活の教本の入った紙袋をバッグの中に素早く入れた。

 何だか連休明け初日から、みんなに元気をもらった気分だ。この時期に誕生日なのは運がいいのかもしれない。そんなことを考えながら、今週の……そして、令和の学校生活がスタートするのであった。

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