第11話『朗読』

 美優先輩曰く、お手洗いに行った後、俺と花柳先輩以外の声が聞こえ、声の主が誰なのか気になってリビングを覗いたのだという。

 お粥を食べてから3時間ほど経っている。なので、美優先輩に何か食べるかと訊いてみた。

 だけど、美優先輩はお腹が空いていないらしい。なので、寝室へ連れて行った。その際に熱を測ると……37.8℃。


「まだ熱はありますけど、朝より下がってきていますね」

「そっか。朝に比べたら、体がちょっと楽になってきたよ」

「そう感じるということは、処方された薬が効いている証拠ですね」

「うん。……あぁ、一佳先生も来てくれたのに……このまま寝るのはもったいない気分だよぉ」


 寂しげな表情になり、いつもよりも甘い声でそう言う美優先輩。お見舞いに来てくれる人がいるから、なかなか寝る気になれない気持ちも分かる。妹の心愛がそのタイプだ。


「じゃあ、この前、美優が読んで感動した短編のBL小説を桐生君に朗読してもらう?」

「俺はやってもいいですよ」

「読んでほしい!」


 ぱあっ、と明るい笑みを浮かべる美優先輩。


「午前中に朗読が話題に上がったし、私も聞いてみたいわ。ちなみに、花柳さん。2人が読んだ作品で何なのかしら?」

朝生美沙あさおみささんっていう女性作家が、数日前に投稿サイトで公開した『薔薇色モーメント』っていう短編作品です。一佳先生はご存じですか?」

「その作品なら木曜日に読んだわ。木曜日の文芸部の活動の後に、女子部員に教えてもらったの。とても感動したわ。お酒をちょっとずつ呑みながら読んだからか、読み終わったときには涙が流れていたわ」


 まさか、霧嶋先生も読んだことのある作品だったとは。先生にとっても、その『薔薇色モーメント』というBL小説が良かったのだろう。ちなみに、その作品名はもちろん、朝生美沙という作家も今まで知らなかった。

 花柳先輩からLIMEで『薔薇色モーメント』のURLを送ってもらい、さっそく読んでみる。

 登場人物は男子高校生の佐藤君と鈴木君の2人のみ。佐藤君の地の文で物語が進む。

 佐藤君は鈴木君に好意を抱いているが、親の転勤が突然決まり、別の高校へ転校することが決まってしまう。告白するかしないか悩みながら、何もできずに最後の登校日が来る。その放課後に鈴木君が自分の家に誘い、彼に好きだと告白される。そのことで2人は結ばれ、それから……佐藤君のリードでまあ、色々なことをするわけだ。

 ラストに佐藤君は遠い高校に転校してしまうけど、告白のおかげで、気持ちは強く繋がっている……という締めくくりだ。


「……なるほど。感動する人がいるのも納得できる内容ですね。ただ、これを1人で読むんですか? 1人だと、演じ分けをしなければいけませんし、かなりの演技力が必要になるかと」

「じゃあ、一佳先生に佐藤君か鈴木君のどちらかを読んでもらおうよ。先生も読んだことあるし、現代文の先生だから朗読はお手のものでは?」

「いいわよ。では、私が佐藤君でいいかしら。地の文も彼目線だから。鈴木君であれば、桐生君も量的に大丈夫でしょう」

「助かります。では、俺が鈴木君のセリフを読みますね」

「お願いするわ。これは朗読なのだから、鈴木君になったつもりで、感情込めて読むように心がけなさいね。……私も一緒だし、リードしてあげるから安心しなさい」


 霧嶋先生、いつもよりも低くてカッコいい声になっているぞ。先生は俺の肩に手を乗せ、凜々しい表情で俺のことを見つめてくる。さっそく佐藤君になりきっているのだろうか。


「由弦君と一佳先生の朗読、楽しみだなぁ」

「楽しみね、美優」


 美優先輩、とても楽しみにしてくれている。美優先輩の側で、先輩の勉強机に椅子に座りながらニヤニヤしている花柳先輩が気になるけど、美優先輩のためにも一生懸命になって朗読しよう。


「じゃあ、これから朗読を始めるわね」


 それから、俺は霧嶋先生と一緒に『薔薇色モーメント』の朗読をした。

 普段より低い声だけど、さすがは現代文教師だけあり、とても聞き取りやすい。特に佐藤君のセリフでは心を揺さぶられる声で喋っている。感情をかなり込めているのか、表情まで変えて。そんな上手い人が一緒だと安心でき、俺も鈴木君のセリフを感情込めて喋ることができている気がした。


「……以上」


 霧嶋先生がそう言うと、美優先輩と花柳先輩は拍手してくれる。美優先輩の分なのか、花柳先輩はパチパチと大きく拍手している。


「良かったです! さすがは一佳先生。特に佐藤君のセリフを読むときが凄かったです。先生が凄すぎたけど、桐生君も上手だったよ」

「ありがとうございます。美優先輩はどうでしたか?」

「凄く良かったよ! 物語を知っているからか、木曜日に読んだとき以上に感動してきた……」

「そう言ってくれて良かったです」


 先輩方から下手だと言われたり、花柳先輩に嘲笑されたりするようなことにならずに済んでほっとした。

 美優先輩は両目に涙を浮かべている。凄く感動したんだな。そんな美優先輩の涙を花柳先輩がハンカチで拭った。


「霧嶋先生の熱の入った朗読のおかげで、俺も鈴木君の言葉を言えた気がします」

「ありがとう。私は……この物語に感動したいち読者だし、現代文教師でもあるからつい熱が入ってしまったわ。桐生君、素敵ないい朗読だった。感情が伝わってきて、告白シーンではドキドキしてしまったわ」

「ありがとうございます」


 先輩方に褒められるのはもちろん嬉しいけど、現代文を教える霧嶋先生からお褒めの言葉をいただけると自信に繋がる。まあ、とても感情を込めて読んだし、BL作品には全然触れてこなかったからか、疲労感があるけど。


「あと……恋人のいる桐生君に言うのはいけないのかもしれないのだけれど、風邪を引いている白鳥さんにこうして朗読してあげると、桐生君と……ふ、夫婦になった気分になるわね。そ、そう思うのは、私が保育園に通う頃に風邪を引いたとき、両親が絵本を読んでくれたからよ! た、他意はないのだからね! 勘違いしないように!」


 そう言い、霧嶋先生は風邪を引いている美優先輩よりも顔を赤くし、照れくさそうにしている。こういう顔はなかなか見ないので、とてもかわいいと思える。

 読んだのは絵本じゃなくて、ネットに公開されているBL小説だけど、男の俺と一緒に朗読することで小さい頃のことを思い出したのだろう。それに、首から上だけ掛け布団から出ている美優先輩が幼い子供のように思えたのかも。


「分かりました、霧嶋先生。あと、もし、夫婦だったら先生のことを『一佳さん』とかって呼んでいたんでしょうかね」

「そ、そういう感じの呼び方になるでしょうね。一佳さんか……」


 自分の名前を呟くと、霧嶋先生は両手を頬に当て、口元が緩んでいる。こういう顔は全然見たことがない。


「顔が真っ赤にしてニヤニヤしてる一佳先生かわいい~」


 意地悪そうな笑みでそう言う花柳先輩。ただ、そのことでさらに照れくさくなったのか、霧嶋先生は俺と目が合うと露骨に視線を逸らすようになった。


「もう。由弦君の奥さんになるのは私ですよぉ……」

「そうですね。俺の妻になるのは美優先輩です」

「変なことを話してしまったわね、ごめんなさい。もちろん、桐生君を奪ったりすることはないわ」

「お願いしますよぉ。ただ……もし一佳先生に子供ができたら……きっと可愛いお母さんになりそうですね。一佳お母さん……なんて」


 ふふっ、と美優先輩はとても柔らかな笑みを浮かべて、霧嶋先生のことを見る。そんな先輩に心を鷲掴みされたのか、先生はうっとりとした表情になり、


「とても可愛いわ白鳥さん! 二葉と同じくらいにかわいい。本当にあなたはいい子ね」


 美優先輩のすぐ側まで近づいて、先輩の頭を撫でる。先輩もほんわかとした表情になっているし、とても素晴らしい光景だ。花柳先輩がスマホで2人を撮影しているので、あとで送ってもらえるようにお願いしよう。

 霧嶋先生の言う通り、今の美優先輩はとても可愛かった。将来は俺の妻になってほしいけど、同時に娘にもなってほしくなってしまう。先輩が元気になったら、2人きりのときにでも一度「由弦お父さん」って呼んでもらおうかな。可愛いに違いない。


「何だか眠くなってきちゃいました」

「眠たいのはいいことよ。ゆっくり寝なさい、白鳥さん」

「……はい」

「眠るまで……い、一佳お母さんが側にいてあげるわ」

「ふふっ、気に入ったんですね。一佳お母さん」


 再び「一佳お母さん」呼びされたからか、霧嶋先生の口元が緩んでいる。本当に気に入ったんだなぁ。


「では、子守歌を歌ってあげましょう。二葉も、風邪を引いたときに歌ってあげたらスヤスヤと眠れたそうだから」


 それから、霧嶋先生は美優先輩に子守歌を歌う。その歌声はとても優しく、歌っているときの先生の顔にはとても優しい笑みが浮かべていた。風邪を引いていても、二葉さんがスヤスヤ眠れたというのも納得だ。……BL小説を朗読して疲れているから、俺も眠たくなってきた。

 子守歌を歌ってから数分ほどで、美優先輩は気持ち良さそうな様子で寝息を立てるのであった。

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