第9話『母達の作るお昼ご飯』
今日が金曜日で日程が午前中だけだからか、うちのクラスは朝からずっと明るい雰囲気で。それもあって、学校での時間があっという間に過ぎていく。
「では、これで終礼を終わります。また来週の月曜日に会いましょう」
霧嶋先生のその一言で、今週の学校生活はこれにて終了。それもあり、開放感に浸っているクラスメイトが何人もいる。中には、三者面談が嫌なのか、浮かない表情のクラスメイトもいるけど。
「あと3時間もしないうちに面談か……」
三者面談が嫌だと思っていそうなクラスメイトが目の前にいた。その名は姫宮風花。風花は午後3時から面談を受ける予定だ。こちらに振り返る風花の顔は……窓から見える空のようにどんよりとしている。
昨日、俺は三者面談の内容を風花に伝えた。そのとき、一部教科の中間試験が平均点以下だった風花は「覚悟できるよ」と言っていた。もし、覚悟ができていたとしても、いざ面談が近づくと嫌な気持ちになってしまうのだろう。
よし、ここは少しでも風花を励ませそうな言葉を言うか。
「風花。中間では赤点を一つも取らなかったんだから、霧嶋先生とお母さんからはそこまで注意されないんじゃないか?」
「……その可能性はありそうだね」
よし、風花の顔に笑みが戻ってきたぞ。
「風花ちゃん。今日の三者面談、頑張ってね!」
「頑張れよ、姫宮」
さっきまで、風花の元気がなかったからだろうか。加藤と橋本さんは俺達のところにやってきて、風花に激励の言葉をかけた。そのことで、風花の笑顔にいつもの明るさが戻る。
「うんっ! 奏ちゃん、加藤君、ありがとう! 2人とも部活頑張ってね」
「頑張れよ」
「ありがとう。また月曜日ね」
「またな」
加藤と橋本さんは俺達に手を振って教室を後にする。その際、2人は手を繋いで。本当に仲のいいカップルだ。
「三者面談を激励してくれる友達がいるのはいいことね、姫宮さん」
昨日の俺のときのように、霧嶋先生は風花のところにやってくる。
「桐生君ほどではないけど、あなたにも色々とお世話になっているから、保護者の方にしっかり挨拶しないと」
「プライベートのときに会ったり、一緒に旅行したりしましたもんね。……今日の三者面談、お手柔らかにお願いしますっ!」
風花は真剣な表情でそう言うと、両手で霧嶋先生の右手を握る。面談を少しでも平和にしたいのだろう。あと、事前にこういうことを言えるのは、学校だけでなくプライベートでも関わりがある霧嶋先生だからだろうな。
霧嶋先生は風花のことを見ながら微笑む。
「覚えておくわ。ただ、話すべきことはしっかりと話すから」
「はいっ」
風花は元気に返事する。
果たして、霧嶋先生はお手柔らかに三者面談に臨むのかどうか。先生は真面目であり、生徒想いな方だ。だから、言うべきことはちゃんと言って、時には風花をフォローすると思っている。
それから程なくして、美優先輩と花柳先輩が教室にやってきた。今日は先輩達と風花と4人で下校する。
登校したときは降っていなかった雨が、今はシトシト降っている。昼間という時間帯もあって、朝よりも空気がジメジメしていて。ほんと、徒歩数分のところにあるあけぼの荘に住んでいて良かったよ。
「お母さん達がお昼ご飯に何を作るのか楽しみだな」
「楽しみですよね、美優先輩! それを励みに今日の授業を頑張りました。お腹空いちゃいました」
「風花ちゃんらしいわね」
女子3人は楽しく笑い合う。微笑ましい光景だ。ずっと見ていられる。
午前中の授業中に、LIMEで母さんから、麻子さんと亜衣さんが家に来たというメッセージと、スリーショット写真が送られてきた。お昼ご飯については帰ってきてからのお楽しみとのこと。俺もお昼ご飯が楽しみだ。
美優先輩達と一緒だから、あっという間にあけぼの荘に到着。美優先輩が鍵を解錠して、101号室の中に入る。
『ただいま~』
俺達4人で言うと、リビングの方から『おかえり~』という複数の女性の声が聞こえてきた。もちろん、どの声にも聞き覚えがある。
突き当たりにあるリビングの扉が開くと、エプロン姿の母さんと麻子さん、亜衣さんが姿を現し、玄関までやってくる。麻子さんと亜衣さんがいるので、俺は軽く頭を下げた。
「みんな、おかえり」
「おかえりなさい。あと、こうして会うのはゴールデンウィーク以来ね」
「みんなおかえり! あっ、そちらの金髪に青色のカチューシャの子は風花ちゃんだね。瑠衣からよく話を聞いているよ。瑠衣の母の亜衣です、初めまして」
「初めまして。姫宮風花です。隣の102号室に住んでいます。瑠衣先輩のお母さんだけあって可愛いですね!」
「ありがとう!」
風花と亜衣さんは楽しそうに笑い合い、握手を交わす。
そうか、2人にとってはこれが初対面なんだ。ゴールデンウィークの旅行から帰ってきたときに花柳先輩の家に荷物やお土産を運んだけど、あのとき風花はいなかった。昨日も、風花が101号室にやってくる30分ほど前に、亜衣さんは花柳先輩と一緒に帰った。だから、2人が会うことはなくて。
「ねえ、お母さん。お母様と亜衣さんと作るお昼ご飯ってどんなメニュー?」
「ナポリタンと野菜たっぷりのコンソメスープよ」
「そうなんだ!」
「ナポリタンは香織さんレシピで、スープは私レシピ。7人分作るから、どっちの料理も下ごしらえを亜衣さんに手伝ってもらったの」
「材料をたくさん切って楽しかった~」
「スープの方はもうできていて、後は私がナポリタンを作るだけよ。だから、みんなは手を洗って、リビングで待っててね」
『はーい』
母さんの指示に俺達は声を揃えて返事した。実家ならまだしも、ここはあけぼの荘の101号室なので何だか不思議な感覚だ。
「そういえば、母さん」
「どうしたの? 由弦」
「……麻子さんにはハグしたの?」
「もちろんよ! 美優ちゃんの母親だけあって、抱き心地がとっても良かった!」
「……それは良かったね」
やっぱり、麻子さんにもハグをしたのか。抱きしめたときのことを思い返しているのか、母さんは幸せな笑みを浮かべている。
麻子さんは「ふふっ」と上品に笑い、母さんのことを見ていた。どうやら、母さんに抱きしめられたことには好意的なようだ。良かった。
俺は洗面所で手を洗い、寝室に行って私服へと着替える。
着替え終わってリビングへ出ようとした瞬間、美優先輩と鉢合わせした。先輩は寝室にあるローテーブルとクッションを取りに来たとのこと。
101号室にある椅子の数の関係上、リビングの食卓では同時に6人までしか食事ができない。なので、桐生親子と白鳥親子の4人が食卓で食べ、風花と花柳親子の3人はローテーブルを使って食べることに決めたのだそう。
俺がローテーブル、美優先輩が3枚のクッションをリビングへ持っていく。台所から香る食欲をそそる匂いを感じながらセッティングした。
台所を見ると、エプロン姿の母さんと麻子さんと亜衣さんの姿が。この101号室で母親3人がいるとは。凄くレアな光景だ。それとも、今後も三者面談の日程次第ではこれが恒例になるのかな。
「はーい、ナポリタンも完成ですよ」
「私の作ったスープも温まったわ」
「お母さん達が運ぶからみんなは座ってね~」
母さん達がそう言うので、高校生4人は食卓の椅子やクッションに座る。ちなみに、俺は美優先輩と隣同士で食卓の椅子に。
それから程なくして、母さんがナポリタン、麻子さんが野菜スープ、亜衣さんが飲み物の麦茶を持ってきてくれた。昼食を作ってくれるだけでなく、こうして運んできてくれるのは有り難い限りである。
母さんの作ったナポリタンはウインナーにピーマン、玉ねぎにマッシュルームが具として入っている。見た目と匂いだけでも懐かしい気分になる。
麻子さんの作った野菜のコンソメスープは……キャベツと人参、玉ねぎが入っており、パセリが少々かけられている。美優先輩も野菜のコンソメスープを作ったことがあるが、それと似ている。先輩のスープは麻子さんベースなのかな。
昼食と飲み物を運んだ母さん達も椅子やクッションに座る。俺の正面の席に母さん、美優先輩の正面の席に麻子さんが座る。
「みんな座りましたね。みなさん手を合わせて……いただきます!」
『いただきます!』
母さんの号令で、7人での昼食を食べ始める。
まずは母さんの作ったナポリタンを食べることに。ウインナーなどの具を絡ませながら、フォークでパスタを巻いていく。
周りをチラッと見ると、美優先輩と麻子さんもフォークでナポリタンを巻いているところ。だからか、母さんはフォークやスプーンを持たず、微笑みながら俺達のことを見ている。
俺はフォークで巻いたナポリタンを口の中に入れる。
ケチャップ味がベースだけど、噛んでいく度に濃厚な味わいが広がっていって。具材も俺にとってはおなじみのものだから、美味しいだけでなく懐かしい気持ちが生まれる。そうさせるのが「おふくろの味」なのかもしれない。
「美味しいよ、母さん。久しぶりに食べたから懐かしい」
「良かったわ、そう言ってもらえて」
母さんは俺の目を見てニッコリと笑う。そういえば、実家で母さんの作ったご飯を食べているとき、俺達が美味しいって言うと、今のように母さんは嬉しそうに笑っていたっけ。
「本当に美味しいです、お母様!」
「美味しいわよね、美優」
「お二人の口に合って良かったです」
母さんは笑みを浮かべたままだけど、どこかほっとしているようにも思えた。2人にこのナポリタンを食べてもらうのは初めてだから緊張していたのだろうか。
「ナポリタンもスープも美味しいですよ! これで、午後の三者面談と部活を頑張れそうです!」
「ふふっ。風花ちゃんの言う通り、どちらも美味しいですね。麻子さんの料理の腕の良さは分かっていましたけど、香織さんも凄いんですね。お、お母さんの下ごしらえもあったからかな!」
「ふふっ、ありがとう、瑠衣。ナポリタンもスープも美味しいですね。今後の料理の参考にしたいです」
ローテーブルに座る風花、花柳先輩、亜衣さんからそんな感想が。それを受けて母さんと麻子さんはとても嬉しそうな顔に。
母さんはスプーンを持って、野菜スープの入ったカップに手を添える。俺も野菜スープをいただくか。
俺がスプーンを持つと、麻子さんが俺や母さんの方に視線を向けてくる。俺達親子がどういう感想を言うか気になるのだろう。
具を網羅する形で、スプーンで掬っていく。湯気が結構出ているので、ふーっ、と息を吹きかけ、ゆっくりと口の中に入れた。
コンソメベースだけど、キャベツなどの具材のエキスが出ていて旨みがある。咀嚼していくと、具材の甘味も感じられて。あと、ナポリタンにも合っている。
「野菜スープ、美味しいです。麻子さん」
「美味しいわね、由弦。優しくも深い味わいで」
「……お母さんの味だ。美味しいな。安心する」
俺だけでなく、母さんと美優先輩もコンソメスープについて好意的な感想を口にする。あと、美優先輩の感想から、このスープは白鳥家の味だと分かる。それを知った上でもう一口いただくと……さっきより味わい深い。
「みんなが美味しいと言ってくれて嬉しいです」
麻子さんは言葉通りの嬉しそうな笑顔を見せ、俺達にそう言う。
「……あと、由弦さんに美味しいって言われて、ちょっとキュンってなっちゃった。うちに息子はいないし、親戚以外だと子供世代の男の子に料理を食べてもらうことが全然ないからかしら」
麻子さんはそう言うと、ほんのりと頬を赤くして俺のことを見てくる。ちょっと可愛いんですけど。
「もう、お母さんったら。由弦君に料理を褒められてキュンってなるのは分かるけど、それだけにしてよ。由弦君は私の彼氏なんだから」
苦笑いを浮かべながら、麻子さんに注意する美優先輩。頬を赤くして俺を見てくる麻子さんを見て「もしや、由弦君のことを……」と思ったのかな。
娘に注意されたけど、麻子さんは「ふふっ」と落ち着いて笑う。
「もちろんよ。そこは心配しなくていいわ」
「ふふっ。麻子さんと美優ちゃんは可愛い親子ですね」
母さんのその言葉に、俺は心の中で頷いた。
「そういえば、午前中に香織さんから聞いたけど、美優と由弦さんは2人でラブラブした同棲生活を送れているみたいね。2人とも、中間試験の成績がとても良かったし」
「学生だからね。勉強をするときはちゃんとした上で、由弦君との……い、愛おしい時間を過ごしているよ。ね? 由弦君」
「そうですね。美優先輩」
頬中心に顔を赤くし、ちょっと恥ずかしそうにしている美優先輩がとても可愛い。なので、思わず先輩の頭を撫でてしまう。ただ、それが先輩にとっては良かったようで、先輩の表情が段々と柔らかくなっていく。
「それなら良かったわ。仲良く過ごすのはもちろん大事だけど、2人とも勉強をしっかりしていってね」
「それは私からも言いたいことですね。勉強をちゃんとするようにね」
「分かりました、香織さん、お母さん」
「頑張ります」
俺達は学生なんだから、本分である勉強をちゃんとしないと。もし、成績が悪くなったら、美優先輩との同棲生活が終了してしまうかもしれないし。
それから、たまに美優先輩とナポリタンを食べさせ合いながら、7人での昼食の時間を楽しむのであった。もちろん、ナポリタンと野菜スープは完食。ごちそうさまでした。
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