第27話『あたしに水着を選んでよ』

「お願いがあります。由弦と美優先輩に、トレーニング用の水着を一緒に選んでほしいんです!」


 4月7日、日曜日。

 朝食後、美優先輩と一緒にゆっくりと過ごしていたら風花が遊びにきた。そして、風花がリビングに入った途端、真剣な様子でそう言ってきたのだ。

 トレーニング用の水着を選んでほしいってことは、おそらく水泳部の練習で着る水着を買いたいのだろう。美優先輩は風花と同じ女性だから分かるけど、


「どうして男の俺も誘うんだ?」

「……す、水泳部は女子だけじゃなくて男子もあるから。だから、その……せっかくだし、男子からも可愛いって思われた方がいいかなって。それで、男子代表として由弦の意見を聞こうと思ってね。こ、光栄に思いなさい!」


 風花は仁王立ちして、それなりにある胸を張る。

 陽出学院は共学だから、水泳部は女子だけじゃなくて男子もあるか。それなら、男子からどう見られるのかを気にするのも分かる。


「はいはい。風花に男子代表に選出してもらったことを光栄に思うよ」

「ふふっ。由弦と美優先輩も一緒に水着を買いませんか? 陽出学院には水泳の授業もありますし」

「俺は昨日干していた水着を穿けたからいいよ。少なくとも授業用は。夏にどこかプールや海に遊びに行くことになったら、そのときに買おうかな」

「私も今はいいかな。昨日干した水着は少しキツかったけど、水泳の授業の近くになったら買えばいいかなって」

「なるほど。6月までに胸が大きくなるかもしれないですからね!」

「……そ、そうだね。キツくなるのがお腹じゃなくて胸の方を言ってくれたのは嬉しいけど、由弦君の前で言われると恥ずかしいかな」

「す、すみません」


 あははっ、と風花は苦笑い。

 今の話からして、美優先輩はお腹周りのことを気にしているのかな。一昨日の温水浴で先輩の水着姿を見たけど、特に太っているようには見えなかった。


「じゃあ、今から駅前のショッピングセンターに行こうか。私も去年、そこで水着を買ったから。レジャー用はもちろんだけど、授業用や競泳用の水着も結構あったよ」

「そうなんですか! では、さっそく行ってみましょう!」


 風花の水着を買いに行くために、俺達はショッピングセンターに向かって出発する。今日もいい天気でお出かけ日和だ。


「ねえ、由弦。あたしは水泳部に入るって決めたけど、由弦はどこかの部活に入るか決めたの?」

「特には決めてないな。ただ、入るなら文化系の部活か同好会にしようかなって思ってる」

「そうなんだ。由弦って運動が得意そうだから、運動部でもやっていけそうな気がするけど」

「そんな感じするね! あと、お風呂に入ったとき、由弦君って結構筋肉があるなって思ったし」


 そのときのことを思い出しているのか、美優先輩は頬をほんのりと赤くしている。


「筋トレはしていましたので。体育もそれなりにできますけど、水泳はあまり得意じゃないんです。小学生のときは全然泳げなくて。浮くのがせいぜい」

「えっ、そうなの!」

「中学生になって、ようやくクロールを泳げるようになったんだ。ただ、平泳ぎは前に進まないし、背泳ぎはまっすぐ泳げずに同じところをクルクル回るし、バタフライに挑戦したときなんて、溺れているように見えたみたいで周りの奴らに助けられたくらいで」

「へえ、意外な一面もあるんだね。……ふふっ」

「ごめんね、由弦君……」


 そう言うと、美優先輩と風花は声に出して笑っている。風花はともかく美優先輩にまで笑われてしまうなんて。

 そういえば、去年の夏休み中、受験勉強のリフレッシュのために、雫姉さんや心愛と一緒に海で泳ぎに行ったけど、そのときも笑われたっけ。


「由弦にも苦手なことがあるんだね」

「もちろんあるさ、人間なんだし。でも、そんなに笑われると切ない気持ちになるよ」

「ごめんね、由弦君。でも、そういった由弦君の話を聞くと可愛いなって思うよ。由弦君って何でもそつなくこなすイメージがあるから」

「そんなイメージを持ってくれていたんですね。美優先輩は水泳はどうですか?」

「運動自体が苦手な中で唯一まともにできるのが水泳かな。小学生の頃からクロールや平泳ぎは泳げるし、中学には背泳ぎやバタフライも泳げるようになったよ。ただ、全然早くないけれど」

「そうなんですか。遅くても、普通にまっすぐ泳げるのが羨ましいです」


 高校生の間に、平泳ぎと背泳ぎ、バタフライを真っ直ぐ泳げるようにしようかな。


「風花は何か得意な泳ぎはあるの?」

「一番はクロールかな。どれも泳げるけど、自由形を中心に大会出場を目指したいなって思う」

「そっか。頑張ってね」

「応援してるよ、風花ちゃん」

「ありがとうございます。あと、泳ぎ方を教えてほしかったら、いつでも言ってきていいからね、由弦」

「……ありがとう」


 そうは言ったけれど、今のドヤ顔を見せられてしまったら頼む気にはそんなになれないかな。ただ、近いうちに彼女の泳いでいる姿を見たいなと思う。

 水泳の話で盛り上がったからか、あっという間に駅前のショッピングセンターに到着した。まだ数えるほどしか来ていないので、ここに来ると凄いところだなと思う。

 美優先輩の案内で俺達は水着売り場に向かう。


「うわあっ、たくさん種類がありますね! さすがは東京です!」

「ふふっ、気に入るのが見つかるといいね」


 風花は目を光らせて店内を見渡している。

 レジャー用の水着はもちろんのこと、スクール水着、トレーニング用水着、競泳水着の種類も豊富だ。俺もここまで品揃えのいい水着売り場は初めてだ。風花の言う通り、さすがは東京だな。


「風花ちゃん。その……体のサイズはちゃんと測った?」

「はい。昨日、ちゃんと測りました」

「それなら大丈夫だね。じゃあ、さっそく良さそうな水着を探してみようか」

「はい!」


 美優先輩もいるし、すぐにいくつかの候補を挙げることはできそうだな。

 美優先輩や風花の側にいて、水着を見るのも何だか変な感じだし。だからといって、2人から少し離れたところにいたら、周りから変質者のように思われるかもしれない。どうするべきか。

 周りを見てもメンズの水着がないな。どうやら、ここはレディース専門の水着売り場のようだ。店員の女性や、若い女性のお客さんが頬を赤くしてこっちを見ている。男の俺がいるのはまずいんだろうな。


「由弦。2つくらいまでに絞ったよー」

「おっ、結構絞れたね」

「うん。いいデザインが多いけど、特に気に入ったものを選んだの。着心地や動きやすさを確かめるためにこれから試着するね」

「分かった。1つに絞るの? 水泳部だと平日は毎日着ることになりそうだけれど」

「そうね……1つに絞って、それを何着か買うよ。着慣れた方が練習するにもいいかなって」

「そっか。じゃあ、試着をしておいで。俺達はここにいるから」

「うん!」


 風花は試着室の中に入っていった。その間、俺と美優先輩は試着室の前で待つことに。美優先輩と一緒で本当に良かったよ。


「風花ちゃんの水着姿、どんな感じなのか楽しみだね」

「え、ええ」


 楽しみじゃないと言ったら嘘になるけど、楽しみだと言ってしまうと変態な感じに。あと、近くにあるのがスクール水着やトレーニング用水着なので、どうしても一昨日の美優先輩の水着姿を思い出してしまう。


「1着目、着ましたー」


 そう言って、風花は試着室のカーテンを開ける。黒い水着を着ている彼女はとても可愛らしい。クルッと一回転するところも。背中は結構空いており、露出度は高いな。


「可愛いね、風花ちゃん!」

「うん、可愛いよ」

「あ、ありがとう。水着を選ぶのに付き合ってほしいって言っておきながら、こうして見られるとちょっと恥ずかしいですね」


 風花はそう言って俺達のことを見ながらはにかんでいる。今の姿を部活のときに見せたら、男子水泳部の生徒達も可愛いと思うんじゃないだろうか。


「ふふっ。本当に可愛いよ。ところで、着心地はどう?」

「とてもいいです。腕や脚も動かしやすいですし。背中も空いているので開放感もあるというか」

「そうなんだ。あとで比べるためにも写真を撮っておくね」


 美優先輩は水着姿の風花をスマートフォンで撮影する。美優先輩だから店員さんや周りのお客さんも普通にしているけれど、俺がやったら通報されていただろうな。

 写真撮影が終わった後、風花はもう1つの水着を着ることに。


「風花ちゃん、写真写りいいね。とっても可愛い」

「そうですね」


 こうして見てみると、風花もなかなかスタイルがいいな。水泳好きで、学校のプールや市民プールでたくさん泳いできたからだろうか。


「2着目、着てみましたー」


 試着室の中から風花のそんな声が聞こえると、ゆっくりとカーテンが開いた。色はさっきと同じく黒いけど、布地は1着目よりも多い。特に脚は太もものあたりまである。先ほどと同じように風花はクルッと1回転。背中の空きもないのか。


「2着目も可愛いね、風花ちゃん」

「可愛いよ」

「ありがとうございます」

「風花ちゃん、1着目よりも布地は多いけど、着心地はどう?」

「結構いいですよ。布地が多いので安心感みたいなのはありますね。動きやすいかどうか不安だったんですが、伸縮性があるので腕も脚もとても動きやすいです。フィット感や動きやすさとか、機能的な意味では五分五分だと思います。なので、似合っている方を買おうかなと。ただ、あたしはどっちも気に入っているので、2人が決めてくれますか?」

「分かったよ、風花ちゃん。その大役をちゃんと果たすよ!」


 美優先輩、とてもやる気になっているな。


「由弦君。どっちの方が風花ちゃんに似合うかな?」

「そうですね……」


 1着目の水着を着た風花の写真と、2着目を着ている風花を交互に見る。

 1着目と2着目。一番の違いは布地の多さだ。着やすさや動きやすさがあまり変わらないならどちらでもいい気がするけど。ただ、どちらが似合っているかといえば、


「1着目の方ですね」

「由弦君もそう思う?」

「ええ」

「……ふうん。由弦は露出度の高い方が好みなんだ。さすがは変態」


 そうは言われるけど、風花は嫌がった様子もなくニヤニヤしていた。このまま1着目を買ったら、ずっと変態ってバカにされそうな気がしてきた。


「そう言うんだったら、今着ている方でいいよ」

「ごめんごめん。1着目の水着を買うね。由弦と美優先輩が1着目の水着の方が似合っているって言ってくれたことが凄く嬉しいの」

「そう言ってくれると私も嬉しくなっちゃうよ。決まって良かったね、風花ちゃん」

「はいっ!」


 その後、私服に着替え終わった風花は1着目の水着を色違いで3着買った。気分転換できるかもしれないということで、黒に統一するのではなくネイビーと赤を1着ずつ。そのときの風花はとても嬉しそうな笑顔になっているのであった。

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