特別編2

前編

特別編2




 5月14日、火曜日。

 5月も半ばとなり、陽の光の温もりが段々と心地良さから暑苦しさに変わってきた。俺・桐生由弦きりゅうゆづるは、晴れている日を中心に、制服のジャケットを着ないことが多くなってきた。

 来週の火曜日から中間試験が始まる。校則により、定期試験1日目の1週間前である今日から試験が終わるまで部活動が原則禁止となる。なので、今日は終礼が終わると、白鳥美優しらとりみゆ先輩と花柳瑠衣はなやぎるい先輩だけでなく、水泳部の姫宮風花ひめみやふうかとも一緒に下校することに。


「学校が早く終わるのは嬉しいですけど、部活ができないのは寂しいですね」

「風花ちゃんは本当に泳ぐことが好きだもんね。ゴールデンウィークの旅行で泊まったホテルのプールでもたくさん泳いでいたし」

「風花ちゃんと一緒に、ウォータースライダーをたくさん滑ったもんね!」

「俺には泳ぎを教えてくれたよな」


 ゴールデンウィークの旅行で宿泊したホテルには、1年中遊ぶことができる屋内プールがあった。水泳部で泳ぐのが大好きな風花は、旅行前から凄く楽しみにしていた。実際にホテルのプールに行ったときは、俺達4人と霧嶋一佳きりしまいちか先生、大宮成実おおみやなるみ先生の中で、最も屋内プールを楽しんでいたと思う。

 ちなみに、俺はそのときに、小さい頃から苦手だったクロールなどの泳ぎ方を風花に教えてもらった。あれから、家で定期的にイメージトレーニングをしたり、手脚の動かし方を確認したりしている。たまに、美優先輩に笑われるけど。中間試験が終わり、6月になったら水泳の授業が始まるので、練習の成果を発揮したい。


「ただ、うちの学校では定期試験の成績が著しく悪いと、部活動に参加できなくなっちゃうの。前に友達がそんなことを言っていたよね、瑠衣ちゃん」

「うん。その友達の話によると、中間試験で赤点を取りまくったから、赤点科目の追試に全部合格するまで部活動に参加できなかった子や、期末試験で赤点を取りまくったから、夏休みは補講を受けさせられて部活の合宿に参加できなかった子がいたそうよ」

「うええっ、それは嫌ですね……」


 風花はげんなりとした様子になる。どうやら、不安に思っている科目がありそうだ。


「だ、大丈夫だよ、風花ちゃん! 中間試験までまだ1週間あるし、赤点のラインは40点だから。それに、風花ちゃんだって入試に合格してうちの高校に通っているんだから、しっかりと勉強すればいい点数を取れる素質があるよ!」

「美優先輩……!」


 すぐに風花の顔に笑みが戻る。さすがは美優先輩。励まし方が上手だ。


「美優の言う通りね。それに、分からないところがあったら、美優や桐生君に訊けばいいんだし」

「……瑠衣ちゃん。先輩なんだから、自分の名前も言おうよ。文系科目は得意じゃない」

「そ、そうね。文系科目はね。ただ、理系科目は美優やあけぼの荘のみんなのおかげで何とかなったからなぁ……」


 苦笑いを見せる花柳先輩の様子からして、1年生のときは理系科目に結構苦労したことが伺えるな。美優先輩や、先輩方よりも1学年上の深山小梅みやまこうめ先輩が勉強をよく教えるイメージがある。


「あたしは理系科目が苦手だけど、風花ちゃんは苦手な科目はある?」

「あたしも理系科目全般が苦手です。古典と世界史はちょっと不安です」

「……理系が苦手って意味では仲間だね。古典や世界史なら教えられるよ」

「瑠衣先輩……!」


 古典や世界史なら教えてくれることが嬉しいのか。それとも、理系が苦手でも進級できる先輩がいると分かって安心したのか。風花は目を輝かせて花柳先輩に手を差し出す。すると、花柳先輩は先輩らしく落ち着いた笑みを浮かべながら、風花と握手を交わした。この2人、ゴールデンウィークぐらいからとても仲良くなったと思う。


「ねぇ、由弦。今日出た数学Ⅰの課題、帰ったら一緒にやらない?」


 猫なで声でそう言い、上目遣いで俺のことを見てくる風花。結構かわいいな。

 今の話によると、風花は数学が苦手らしいからな。いずれは助けを求められるだろうし、帰ってすぐに一緒にやった方がいいか。


「分かった。一緒にやろう。ただ、俺の課題を全部写すのはダメだからな。分からないところがあったら質問してくれ。俺も分かりやすく説明するように心がけるから」

「うん! ありがとう、由弦!」


 さっき、花柳先輩と握手したとき以上に可愛らしい笑みを見せてくれる風花。これを課題の手助け代とするか。

 風花に教えるのをいい機会に、数学Ⅰの理解を深めることにしよう。


「あたし達も今日出た課題をやろうか」

「そうだね。じゃあ、うちで4人一緒に勉強会しよっか」

「いいね。それにしても、桐生君っていうしっかりした後輩が恋人になったよね、美優」

「そうだね。本当に素敵な人が一緒に住んでくれて、恋人にもなってくれて。私は本当に幸せ者です」

「……俺も美優先輩のような方と付き合えて幸せです」


 優しい笑みを浮かべながら言ってくれた美優先輩の今の一言で、今日の学校の疲れが吹き飛んだ気がする。

 美優先輩達と勉強のことについて話していたから、俺達の通う陽出ひで学院高校から徒歩数分ほどにあるあけぼの荘に帰ってきた。

 風花が着替えをしたいとのことなので、102号室に住む彼女とは一旦別れて、俺達3人は101号室の中に入った。

 美優先輩と俺は制服から着替えるために寝室へ行き、花柳先輩がリビングで先に課題を始めることになった。


「そういえば、由弦君って苦手な科目ってあるの? もしあるなら、私に頼ってくれていいからね。私は由弦君の恋人だし、先輩だし、管理人さんだから」


 黒い下着姿の美優先輩はそう言うと、とっても大きな胸を張る。花柳先輩がリビングにいなかったら、先輩の胸の中に飛び込んだり、ベッドに押し倒して唇を含めて色々なところにキスしたりしていたな。


「苦手な科目はないですね。理系科目と現代文、英語は得意です。ただ、風花と同じく、古典や世界史はちょっと不安な部分があります」

「そうなんだね。1年生の内容なら、どの科目でも教えられると思うから遠慮なく訊いてね」


 美優先輩らしい優しい笑みでそう言ってくれると凄く安心する。


「ありがとうございます、美優先輩」


 俺は美優先輩のことをぎゅっと抱きしめる。学校帰りで、今は美優先輩が下着姿だからか、普段よりも先輩の温もりと匂いを強く感じる。そのことで、心地良いドキドキが全身へ広がっていって。


「由弦君」


 美優先輩は俺の名前を口にすると、そっとキスをしてきた。キスはもちろんのこと、先輩が両手を背中に回したことにもドキッとして。

 数秒ほどキスした後、美優先輩の方から唇を離す。先輩は俺のことを見つめながらにっこりと笑う。


「キスって凄いね。一度しただけで学校での疲れがスッと抜けていくし、これから課題をする元気が出てくるから」

「……俺もですよ、美優先輩」


 今度は俺の方から美優先輩にキスをする。


「……なあに? 2人はこれから保健体育の勉強でもするつもりなの?」

「きゃっ!」


 気付けば、少し開いた部屋の扉から、花柳先輩が顔だけを出していた。花柳先輩はほんのりと頬を赤くしながらもニヤニヤしている。


「なかなか来ないから気になってさ」

「勝手に覗かないでくださいよ。ビックリしました。保健云々については違いますよ。その……下着姿の美優先輩が可愛らしかったので抱きしめたくなって。そこから何度かキスを……」

「なるほどね。風花ちゃんもそのうち来るし、2人も早く着替えて、勉強道具を持ってリビングに来なさいね」

「うん、分かったよ」

「すぐに行きますね」


 俺達がそう言うと、花柳先輩は部屋の扉をゆっくり閉めた。まさか、花柳先輩にキスしているところを見られていたとは。ビックリしたけど、ちょっと恥ずかしかったな。


「ねえ、由弦君」

「何ですか?」


 すると、美優先輩はゆっくりと背伸びしてきて、


「中間試験の科目にはないけど、今夜……一緒に保健のお勉強をしようね。ベッドの中か浴室で……」


 耳元でそう囁くと、俺のことを見つめてはにかむ。美優先輩って清楚でお淑やかな印象を抱くし、実際にそんな一面はある。だからこそ、今のような言葉を不意に言われると凄くドキッとするのだ。


「……分かりました。今夜を楽しみにしていますね」

「うんっ」


 約束だよ、という意味合いなのか、美優先輩は再び唇を重ねてきたのであった。

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