管理人さんといっしょ。

桜庭かなめ

本編

プロローグ『住む場所が』

『管理人さんといっしょ。』



本編




『大変申し訳ございません。桐生さんが入居される予定の部屋について、二重に契約されていることが分かりました』


 そんな電話がかかってきたのは、俺・桐生由弦きりゅうゆづるが入居するあけぼの荘というアパートに、あと1時間くらいで到着する頃だった。

 管理人さんである白鳥しらとりさんという女性から電話がかかってきたので何事かと思ったら……とんでもない状況になってしまったのか。


「二重契約、ですか……」

『はい。102号室に入居することになっているのですが、別の契約者である女性の引っ越し作業が始まって。その後に、アパートの契約や金銭管理をしている伯父から二重契約の事実が伝えられたのです』

「……そうですか」


 そんなことってあるのか? 不動産会社を通じてちゃんと契約したのに。

 ただ、もう一人の契約者は女性で、既に引っ越し作業が始まっているのか。ただ、二重契約のことが分かって、今は作業を中断しているかもしれない。


「ちなみに、あけぼの荘さんには他に空き部屋ってあるんですか?」

『申し訳ございません。空き部屋は例の102号室だけで』

「……そうですか。分かりました。102号室はその女性の方が住んでもらうようにしてください。私が別のところに住もうと思います」

『本当にそれでよろしいのですか?』

「はい。時間がもったいないですから。ただ、その代わり、あけぼの荘さんと同じくらいの家賃や間取りで、私が入学する陽出ひで学院高校に、徒歩15分以内で通えるアパートやマンションを探してもらってもいいでしょうか」

『分かりました』

「ありがとうございます。よろしくお願いします。あと1時間くらいでそちらに着くと思います」

『分かりました。では、失礼いたします』


 俺の方から通話を切った。

 受験に合格して、中学を卒業して、これで4月から晴れて高校生活がスタートするかと思ったのに。まさか、引っ越しで思わぬ落とし穴があったとは。今日は地元も引っ越し先も快晴で、いい引っ越し日和だと思ったのにな。


「兄ちゃんの話し声しか聞こえなかったけど、大変なことになってるねぇ」

「ええ。まさか、同じ部屋に2人契約しているとは思いませんでした。入居する予定のあけぼの荘には他に空き部屋がない状況で。今、管理人さんに同じ家賃で、学校から徒歩圏内のアパートかマンションに空き部屋があるかどうか探してもらっています。とりあえずは、あけぼの荘に向かってください。あと、御迷惑をおかけします。申し訳ないです」

「なぁに、気にするなって。それに、女の子に部屋を譲るなんて立派な男じゃねえか! さすがは顔もハンサムなだけある! 引っ越しの作業代をタダにしたいくらいだ!」


 ははっ! と引っ越し屋のおじさんは運転しながら大声で笑う。おじさんが明るく振る舞ってくれるのがせめてもの救いだ。

 一応、俺の方もスマートフォンで物件を探してみるか。

 管理人さんには高校から徒歩圏内と言ったけれど、範囲を広げた方が見つけやすいのかな。あと、事情があるとはいえ、即日入居できるところがあるのだろうか。そんなことを考えながら探してみるけれど、東京郊外ということもあって家賃が高めだ。


「どうだ、兄ちゃん。新居は見つかりそうか?」

「いえ、全然ないですね。場所とかも広げて探してはいるんですけど、東京だからなのか家賃が高めのところが多くて……」

「そうかい。あと、今の時期は兄ちゃんみたいに引っ越しする人が多いからな。なあに、どこになっても兄ちゃんの荷物は新居までしっかりと運ばせてもらうぜ」

「ありがとうございます」


 管理人さんにも調べてもらっているし、彼女の方がたくさん物件情報を見つけるのが上手いかもしれない。そう思って、スマートフォンをジャケットのポケットに入れた。

 ただ、そんな期待とは裏腹に、管理人さんから物件が見つかったという連絡もなく、俺は新居になる予定だったあけぼの荘に到着した。腕時計を見ると、今は午後2時過ぎか。


「ほいよ、あけぼの荘に到着だ」

「ありがとうございます」

「今日はお互いに忘れられない一日になりそうだな。……入居することになった嬢ちゃんの荷物を運んだんだろうな。別会社のトラックがあるぜ」


 俺が乗ってきたものよりも大きいトラックが、あけぼの荘の入り口近くに駐まっている。


「ただ、コンテナの中には荷物があまりないので、順調に進んでいるんでしょうね」

「そうだな。それも兄ちゃんがさっき、部屋を譲るって決断したおかげだろうぜ」

「ですかね。じゃあ、管理人さんと新居について話してきます」

「おう、新しい住まいが見つかるといいな」


 おじさんに笑顔で肩をポンポンと叩かれ、俺はトラックから降りた。

 写真で何度も見たことがあるけれど、こうして実際に見ると綺麗なアパートだなと思う。白を基調とした外観が爽やかで。入学する予定の学校から徒歩5分だし、ここに住めたら良かったなと切ない気持ちもあって。

 扉が開いている家があるので、あれが102号室なのかな。一度、挨拶をしておいた方がいいな。

 その近くに、50代くらいの夫婦と、20歳前後と思われる若い女性が立っていた。若い女性はとても綺麗な人だ。102号室に住む女性とその御両親なのか。それとも、管理人さん達なのか。俺に気付いたからか、彼らは深くお辞儀をしている。


「すみません。あけぼの荘の関係者の方でしょうか?」

「はい、そうです」

「1時間ほど前に電話をいただいた桐生由弦と申します」

「初めまして、私、このあけぼの荘の管理人をしていて、101号室に住んでいる白鳥美優しらとりみゆといいます。来月から陽出学院高校の2年生になります。こちらが伯父の白鳥武彦しらとりたけひこ、伯母の白鳥久美子しらとりくみこです。契約や金銭関連はこちらの2人が担当しています」


 伯父夫婦と姪という関係なのか。てっきり親子なのかと思った。

 それにしても、管理人さんは女子高生で、俺の高校の先輩にあたる人なのか。雰囲気や話し方が落ち着いているし、セミロングの黒髪だからか、20代前半だと思っていた。あと、声が綺麗な方だ。


「管理人さん、こちらの方が例の?」

「そうだよ、風花ちゃん」


 振り返ると、そこにはショートボブの金髪が印象的な可愛らしい女の子が立っていた。この申し訳なさそうな様子からして、彼女が102号室に入居する女性なのかな。青色のカチューシャがよく似合っている。


「桐生さん。こちらの女性が、桐生さんがお譲りになった相手の姫宮風花ひめみやふうかさんです。桐生さんと同じく、この春に陽出学院高校に入学するんです」

「そうなんですね。初めまして、桐生由弦といいます」


 俺が自己紹介すると、姫宮さんは俺のことをチラチラと見る。


「……姫宮風花です、初めまして。その……部屋を譲ってくれて本当にありがとう。すぐにその判断をしてくれたおかげで、引っ越しの作業は順調に進んでる」

「それは何よりです。もし、入学して同じクラスになったら、そのときはまたよろしくお願いします」

「……うん、よろしくね」


 姫宮さんはようやく俺のことをしっかりと見て、にっこりと笑った。俺の部屋を譲ってもらって、色々と思うことはあるだろうけど、笑顔を見せてくれて良かった。


「桐生さん。この度は私のミスで、大変な御迷惑をおかけしています。本当に申し訳ございません」


 白鳥武彦さんがそう言うと、3人で深く頭を下げた。


「二重契約になっていたということですけど、どうしてそんな状況に?」

「……私のうっかりが原因です。このあけぼの荘には6部屋あります。101号室に住む姪の美優のことをカウントせず、契約者が6人ということで数が合っていると思い込んでいまして……」

「……なるほど。今のお話の内容でよーく理解できました」


 6部屋だから、6人契約して数が合っていたと思い込んだと。姪で管理人の一人である白鳥美優さんをカウントし忘れるなんて、とんでもないうっかりさんだな。心の中で頭を抱えてしまうよ。

 ただ、理由はどうであれ、その過去を変えることはできない。


「あと、新しい物件についてはどうなっていますか?」

「3人で調べてみたのですが、陽出学院から徒歩15分以内で、家賃や間取りがそこまで変わりない物件はありませんでした。最寄り駅の伯分寺はくぶんじ駅の両隣である西伯分寺にしはくぶんじ駅、武蔵金井むさしかない駅の周辺でも調べてみました。しかし、いずれの地域も高校や大学が近くにあり、都心へのベッドタウンの地域でもあるので、桐生さんが希望されている物件は全て埋まっていました。本当に申し訳ありません」

「いえいえ、調べてもらってありがとうございます」


 高校も最寄り駅の両隣でも、あけぼの荘と似ている物件は埋まっているのか。それなら、もう少し離れた場所でいいから探すべきだな。


「ところで、桐生さん」

「何ですか? 管理人さん」

「……桐生さんは女性と一緒に過ごすことはどうお考えですか?」


 管理人さんは真剣な様子で俺のことを見つめながら、そんな問いかけをしてくる。


「私には姉や妹がいますし、それぞれの友人ともよく遊んでいたので、女性と一緒に過ごすことには全然抵抗はありません」

「そうですか。安心しました」


 すると、管理人さんは優しい笑みを浮かべて、


「では、私が住んでいる101号室で一緒に暮らしませんか? 他の部屋よりも広いですし、元々は伯父夫婦2人が住んでいましたので」

『えっ!』


 俺だけではなく、白鳥武彦さん、白鳥久美子さん、姫宮さんも驚きの声を上げた。


「そんな……悪いですって。それに、この春から高校生になる俺が、出会って間もない女子高生のお宅でご厄介になるのは、色々な意味で問題があるのでは?」

「私は女子高生ですが、あけぼの荘の管理人でもあります。このような状況になった責任は私どもにあります。その責任を私に取らせていただけませんか? 桐生さんには高校生活を楽しく過ごせるように、私が精一杯サポートしていきますから。もちろん、3年間暮らしてOKです」

「そのお気持ちは理解できますし、有り難いことですが……」


 というか、そういう話をご親族の前で言われると凄く緊張するというか。恐ろしいというか。現に白鳥武彦さんは複雑な表情を浮かべているし。


「美優ちゃん。美優ちゃんの言うこと分かるけど、昔から男の子は苦手だと言っていたじゃないか」

「私は賛成だけどね、あなた。桐生さんは真面目そうだし、美優ちゃんの近くにこういった男性がいた方が、美優ちゃんも安心して暮らせそうじゃない?」

「一目でそう判断していいのか疑問だけどね。好青年に見えるのは確かだが」

「……このような状況になったのは、誰のうっかりのせいでしたっけ?」


 管理人さん……落ち着いた笑顔でそう言うけど、物凄く恐いな。

 自分に落ち度が分かっているからか、白鳥武彦さんは顔が青ざめており、冷や汗を浮かべている。


「……桐生さん。美優ちゃんと一緒に暮らしてもいいですが、その際は決して美優ちゃんの嫌がるようなことはしないようお願いします。美優ちゃんの両親には私からも伝えておきますので」


 すぐに言うことが変わったな。彼女の伯父さんがこう言ってくださるのなら、この101号室で管理人さんと一緒に暮らすことにしよう。


「分かりました。管理人さん、これからよろしくお願いします。あけぼの荘に自分の住む場所を与えていただけることに感謝します」


 当初とは部屋も違うし、2人暮らしになるけど、あけぼの荘で住むことができるのは嬉しいことだ。

 管理人さんは嬉しそうな笑みを浮かべ、両手で俺の右手をぎゅっと掴んで、


「これからよろしくお願いします。……由弦君」



□後書き□

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