第8話『バイト少女』

 タンスを購入し、配送の手続きを終えた俺達はショッピングセンターの中を回ることにした。本当に色々なお店が入っているんだなぁ。風花はそのことに興奮しているのか笑みを絶やさなかった。

 個人的に感動したのは本屋の品揃えの良さだった。新刊の豊富さはもちろんのこと、発売されてからかなり経った本まで売っていて。さすがは東京。これからはこの本屋に通うことになりそうかな。

 ――ぐううっ。

 うん? 誰かのお腹が鳴っているな。

 周りを見てみると、風花が頬を赤くして俺達を見ていた。風花は両手をお腹に当てている。


「お、お腹空いちゃいました。朝食はご飯とインスタントの味噌汁と焦げた目玉焼きだったので。目玉焼きを作ろうとしたんですけど上手くいかなくて」

「そうだったんだね、風花ちゃん。あと、料理を頑張るのはいいけど、部屋を焦がさないように気を付けてね」

「はい。気を付けます」


 そういえば、風花は料理が得意じゃないと言っていたっけ。それでも、何か作ってみようとさっそく行動に移すのは凄いと思う。


「もう正午を過ぎていたんですね。お昼ご飯を食べるのにいい時間では? ショッピングセンターの中を結構歩きましたし、俺もお腹が空いてきました」

「そうだね。じゃあ、莉帆ちゃんがバイトしている喫茶店に行こうか。そのお店は紅茶やコーヒーだけじゃなくて、ランチメニューやスイーツも充実しているんだよ」

「いいですね! お隣さんに会ってみたいです!」

「莉帆ちゃんが今日、シフトに入っているかどうかは分からないけどね。会えたらラッキーってことで。ここからだと歩いて5分くらいだよ」

「そうなんですか! じゃあ、さっそく行きましょう!」


 風花は美優先輩の手を握って歩き始める。容姿は似ていないけど、今の2人を見ているとまるで姉妹みたいだ。

 ショッピングセンターを出ると、日曜日のお昼時ということもあってか、来たときよりも人が多い気がする。地元ではこんなにも人がいる場所はあまりないな。


「駅前だから人もお店も多いですよね。人が多いのは慣れていないのではぐれちゃいそうです」

「うっかりするとそうなっちゃうかも。でも、風花ちゃんとは手を繋いでいるから大丈夫だよ」

「ですね。あと、由弦は背が高いからすぐに見つかりそう」

「俺よりも背が高い人はあまりいないからね」


 むしろ、俺が2人を見つけることの方が難しいかもしれない。いざとなればスマホで連絡を取り合えばいいけど、はぐれないように気を付けよう。

 それにしても、こういう景色はなかなか見ないし、これから食事をするのもあって旅行に来た気分だ。いい景色なので、ついスマホで何枚か写真を撮ってしまう。


「ゆづるー」

「こっちだよー」


 気付いたら、かなり前方で風花と美優先輩が俺に向かって手を振っていた。周りの景色に夢中で2人のことを忘れてしまっていた。


「ごめんなさい。珍しい景色だったので写真撮っちゃってました」

「ふふっ、特に初めて来たところだと周りの景色を見ちゃうよね。私も1年前はそうだったな」

「由弦ってしっかりしていそうで、意外とマイペースで天然なところがある?」

「俺としては普通な気がするけど」


 そう考えることがマイペースなのかもしれない。ただ、迷子になるのは自分よりも雫姉さんや心愛、友人の方が多かったから、俺はしっかりとしている……つ、つもり。

 その後は2人についていく形で、佐竹先輩がバイトしている喫茶店に向かう。


「ここだよ」

「素敵な雰囲気ですね。喫茶店……ユナユナですか。意味ってあるんでしょうか」

「前に莉帆ちゃんに同じことを訊いたけど、店長の思いつきってだけで、特に意味はないらしいよ。ただ、可愛らしい響きだから使っているんだって」

「ふわふわした感じはしますね」


 そのふわふわした雰囲気の店名とは違って、お店の外観は落ち着いた感じがする。年齢や性別を問わず色々な人が来店しそうだ。

 さっそくお店の中に入ると、黒いエプロン姿の女性がこちらに向かって歩いてくる。


「いらっしゃいませ……って、美優ちゃん!」

「こんにちは、莉帆ちゃん。昨日入居した2人を連れてきたよ」


 美優先輩が莉帆ちゃんと言うことは、この方が佐竹莉帆先輩か。背が高く、スラッとした美人な方だ。ハーフアップにした茶髪も似合っていると思う。


「へえ、可愛い女の子にかっこいい男の子じゃん。……って、あれ? 卒業してあけぼの荘を出て行ったのは1部屋だけだから、もしかして、この金髪の女の子と美優ちゃんが一緒に暮らしてるの?」

「ううん、一緒に暮らしているのは男の子の方。伯父さんのうっかりが原因で二重契約になっていて。彼が譲ったんだけど、近くにいい物件がなくて。管理人として責任を取るために一緒に住んでるの」

「そうなんだ」


 佐竹先輩でもすぐに気付くことを、白鳥武彦さんは気付かなかったんだよな。相当なうっかりさんであると改めて思う。

 佐竹先輩はニヤリと笑って、


「ただ、そうは言ってるけど、実は彼のことがタイプだから、自分の部屋に一緒に住まわせたんじゃないのぉ?」

「ち、違うって! ……あっ、ごめん。お店の玄関で大きな声出しちゃった」


 そう言うと、美優先輩は両手を赤くなった頬に当てている。そんな先輩の頭を、佐竹先輩は爽やかな笑みを浮かべながら撫でている。ごめんね、と呟きながら。


「こっちこそごめんね。経済的な部分が大丈夫だったり、周りに迷惑をかけなかったりすればまずはいいと思う。ただ、付き合ってない高校生の男女が一緒に住むのは何とも言えないなぁ。あたしもそういう経験がないけれど」


 佐竹先輩は中立って感じか。姉弟や恋人じゃないのに、高校生の男女が同居することにいい印象は持たないか。


「美優ちゃんは優しくてしっかりしてるし、この男の子も真面目そうだから、あけぼの荘のメンバーとしてはとりあえず見守ることにするよ。自己紹介が遅れたね。2人とも初めまして、103号室に住んでいる佐竹莉帆です。4月から2年生になります。部活は入ってなくて、ずっとこのユナユナっていう喫茶店でバイトしているよ。今日みたいに接客をすることが多いけど、キッチンで料理やスイーツを作ることもあるんだ」

「そうなんですね! お隣さんなので会えて嬉しいです! 初めまして、姫宮風花です。102号室に住むことになりました。今度入学します」

「同じく1年の桐生由弦です。初めまして。さっき、美優先輩が言ったように、色々とありまして先輩のご厚意で101号室に住まわせてもらっています。よろしくお願いします」

「風花ちゃんに桐生君だね。あけぼの荘でも学校でも、これからよろしくね。これからもうちのお店に来てくれると嬉しいな。じゃあ、3名様をご案内します」


 佐竹先輩の案内で、俺達は窓側のテーブル席へと案内される。昨日と同じように、俺は2人と向かい合うようにして座った。中も落ち着いた雰囲気でユナユナという店名を忘れてしまいそうだ。

 メニューを見ると、ランチタイムということもあってか、ランチメニューが豊富だ。紅茶やコーヒーだけじゃなくて、食事もしっかりと食べられるタイプのお店なんだ。スイーツも充実しているから、学校帰りに行くのも良さそう。


「あたしは決まりました。2人はどうですか?」

「私も決まったよ。由弦君は決まったかな?」

「俺も決まりました」

「じゃあ、呼ぶね。すみませーん。注文いいですか?」

「はーい」


 美優先輩が店員さんを呼ぶと、佐竹先輩が返事をしてこちらにやってくる。接客することに慣れているのか、とても落ち着いた笑みを浮かべている。


「ご注文を伺います」

「決まった順からでいいよ」

「じゃあ、あたしからですね。ミックスフルーツパンケーキのティーセットで」

「私はオムライスのティーセットで」

「俺はナポリタンのコーヒーセットをお願いします」

「かしこまりました。少々お待ちください」


 美優先輩はオムライスで、風花はパンケーキか。風花は食事でも甘いものを食べるんだ。こういうときは食べたいものを食べるのが一番だよな。


「莉帆先輩も会えましたし、残るは松本先輩だけですね」

「そうだね。今はお昼時だし、休憩しているかもしれないから、杏ちゃんにメッセージを送ってみるよ。お話ができるかもしれない」


 そう言うと、美優先輩はスマートフォンを取り出す。松本先輩とは遅くても3日のお花見で会えるけど、少しでも話すことができればいいなと思うのであった。

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