第7話『おでかけしましょ。』

 朝食を食べた後は俺が後片付けをすることに。

 最初は美優先輩が少し不満そうだったけど、今後の生活のために台所の勉強もさせてほしいと説得した。

 俺が後片付けをするのはいいけど、すぐ近くで美優先輩が真剣な様子でずっと見ている。どういう風にやるのか気になるのかな。緊張してしまうけど、これまでやっていた通りに後片付けを行なう。


「よし。美優先輩、こんな感じでいいでしょうか」

「うん、いいよ。テキパキできて偉いね。普段から家事をやっているの? それとも、一人暮らしに向けて練習したとか?」

「普段からではありませんけど、小さい頃から両親の家事の手伝いをしていました。あと、昨日も話しましたけど、両親が仕事やパートでいないときは俺が食事を作っていて。その後片付けも俺がやることが多かったんです。それもあって、東京にある陽出学院高校に受験することを家族は許可してくれたのかもしれません。心愛には号泣されましたが」

「ふふっ、心愛ちゃんは大のお兄ちゃん好きなんだね。しっかりしていると思ったけど、その通りなんだね。じゃあ、朝食のときに淹れてくれたお茶が美味しかったのも……」

「ええ。今みたいに長期休暇のときは、たまに俺が朝食も作っていて。和食のときは緑茶をよく淹れていました。あと、静岡県人なので緑茶を飲むことは多かったです」

「ふふっ、なるほどね。……でも、ここでは私が色々とやるから安心してね」


 後片付けしたお礼なのか、美優先輩は俺の頭を優しく撫でてくれる。そんな先輩の笑顔は、俺をそっと包んでくれる温かいもので。1歳年上とは思えない包容力を感じる。

 片付けをした後は、美優先輩が洗濯物を干すのでその間に2人分のコーヒーを淹れた。先輩は砂糖を入れてほしいとのこと。

 あと、洗濯物については俺のものであれば、緊張するけど一緒に洗ってもかまわないとのこと。


「よーし、洗濯物も終わった。2人分の衣服ならバルコニーで普通に干せたよ」

「良かったです。砂糖入りのコーヒーを淹れておきました」

「うん、ありがとう。……美味しい」

「美味しいですね。美優先輩はコーヒーを飲めるんですね」

「砂糖やミルクを入れれば普通に飲めるよ。好きな缶コーヒーやカフェオレもあるの。由弦君もコーヒーを飲めるんだね」

「はい。ブラックも好きです。ただ、最初は苦味がダメで砂糖やミルクを大量に入れていましたが」

「私もそんな感じだった。そっか、由弦君はブラックも好きか。大人だね。まだ中学生とは思えないよ」

「明日からは高校生ですけどね」


 美優先輩……俺のことをちょっとバカにしてないか? 俺の気のせいかな。

 ソファーで隣り合って座って、こんなに可愛い笑顔を見せることができるなんて。男性が苦手だとは思えない。俺のことを信頼し始めているのかな。


「でも、俺はまだ中学生ですから、美優先輩のことは先輩って呼ばずに、管理人さんって呼んだ方がいいかもしれませんね」

「それは……ちょっと寂しい気持ちになるから先輩のままがいいな。それに、陽出学院に入学することが決まっていることに変わりないから」

「分かりました。俺も正直、管理人さんよりも先輩と呼ぶ方が慣れてきましたし」


 美優先輩、ほっと胸を撫で下ろしている。管理人さんもいい響きな気がするけど、先輩の方が近しい感じがしていいか。明日からは本当に先輩になるし。


「もう10時過ぎだね。そろそろタンスを買いに行くのを兼ねて散策しに行く?」

「いいですね。食休みもできましたし、もう行きますか?」

「うん。……そうだ、風花ちゃんも誘ってみようか。風花ちゃんもきっとこの街は初めてだろうし」

「そうですね」


 近所にどんなところがあるのか分かっている方が安心できるだろうし。

 気付けば、美優先輩はスマホを手に取っていた。風花に誘いのメッセージを送るのかな。

 ――プルルッ、プルルッ。

 うん? 俺のスマホが何度も鳴っている。雫姉さんや心愛がメッセージを送ってくれたのかな。

 確認してみると、SNSのグループに招待されたという通知と、美優先輩からメッセージが送信されたことの通知が届いていた。確認してみると、


『風花ちゃん。タンスを買うついでに、由弦君と一緒に散策しようと思っているの。風花ちゃんも一緒に行く?』


 というメッセージが美優先輩、風花、俺のグループトークに送られていた。3人のグループトークを作ったのか。それと、『あけぼの荘2019』という名前のグループトークにも美優先輩から招待されていた。今年のあけぼの荘の住人のグループトークなのかな。


「去年もあけぼの荘メンバーでグループトークを作ったの。6、7人だから作っても大丈夫かなって」

「そうだったんですね」


 昨日、美優先輩が一緒に住まないかと言ってくれなければ、このグループに入ることもなかったんだな。そう思うと嬉しいな。

 ――プルルッ。

 おっ、風花からメッセージが届いている。


『一緒に行きたいです! 周りがどんな感じなのか確認したかったので』


「じゃあ、3人で一緒に行こうか」

「そうですね」


 この後すぐに、俺達は3人で駅近くのショッピングセンターに向けて出発した。

 今日もよく晴れていて、涼しい風が穏やかに吹いているので絶好のお出かけ日和じゃないだろうか。


「あけぼの荘の周りって、家が多いですけど意外と静かなところなんですね。あたしの地元に似ています」

「そうなの。伯分寺駅の周辺は大きなショッピングセンターや高いビルやマンションがあるけれど、少し歩くと閑静な住宅街になるの。それで、たまにうちみたいなアパートがあって」

「そうなんですね。由弦の地元はどんな感じなの?」

「静かなところは似てるね。ただ、一軒一軒の敷地が広くて、ここまで家がたくさん並んでいないかな。マンションやアパートも駅の近くにはあるけど。実家から歩いて10分くらいところに海岸があって、夏になると家族や友達と遊んでたな。あと、結構近くには山も見えるんだ」

「自然の多いところなんだね。あたしの実家もすぐ近くに山があって、海も見えたけれど、近くに海岸はなかったから羨ましいなぁ。あたしはその変わり、学校のプールや市民プールでたくさん泳いだけど」


 さすが、水泳部に入ることを決めているだけのことはあるな。

 風花の故郷は、俺の故郷と結構似ているのかもしれないな。2人の故郷がどんな感じのところなのか一度行ってみたいな。


「美優先輩の実家のある地域はどんな感じですか?」

「私は茨城だけど、実家のあるところは普通の住宅街だよ。駅の周りにはそれなりにお店があって。遠くには山が見えて。お店とかが多いこと以外は、こことあまり変わらないかも。だから、2人の今の話を聞いてそれぞれの故郷に行ってみたくなったよ」

「そのときは地元を案内しますよ! 由弦も一緒でいいけれど」

「ありがとう、風花。いつか、俺の地元にも遊びに来てください。2人に姉妹を紹介しますし、地元を案内しますから」


 といっても、風花は泳ぐことが好きなので、実家近くの海岸で遊んだり、地元で捕れた海の幸を堪能したりするのがメインになりそうだ。海で遊ぶことを考えたら、実現するのは早くて今年の夏休みかな。


「そういえば、風花ちゃんは昨日、ちゃんと眠ることができた?」

「しっかり眠ることができました。引っ越し初日なので眠れないかと思ったんですけど、色々と作業をして疲れていたからかぐっすりと。美優先輩と由弦はよく眠れましたか? 由弦に何か変なことはされませんでしたか?」

「え、ええと……」


 あははっ、と美優先輩は照れ笑い。きっと、今朝のことを思い出しているのだろう。そんな先輩を見て何を思ったのか、風花は俺のことを睨み付けている。


「何かあったのね。いや、何かしたのね、由弦」

「ちゃんと事実を話すよ。昨日は美優先輩がベッド、俺がふとんで寝たんだ。ただ、今朝、目を覚ましたら先輩が俺のふとんの中で眠っていたんだよ。夜中にお手洗いから戻ってきたとき、寝ぼけてベッドだと勘違いしちゃったんだって」

「……今の話は本当ですか? 美優先輩」

「……本当です。盛大に寝ぼけました」


 美優先輩は顔を真っ赤にして両手で顔を隠してしまう。周りに全然人がいないから良かったけど、外で詳しく話すべきではなかったと反省。


「すみません、外で今朝のことを言ってしまって」

「……ううん、いいんだよ。本当のことを話さなければ、風花ちゃんは誤解したままだっただろうし。私からじゃ恥ずかしくて話せる自信がなかったから、むしろ感謝しているよ」

「今の美優先輩からの言葉からして本当のようね。ただ、由弦に何かされそうになったときは、いつでもあたしの部屋に逃げてきてくださいね」

「そういうことにはならないと思うけど、お気持ちは受け取っておくね」


 すると、美優先輩はようやく両手を離して顔を見せてくれる。さっきほどではないけど、まだ顔には赤みが残っている。ただ、笑顔になっているので大丈夫だろう。


「2人とも、あそこが伯分寺駅前のショッピングセンターだよ。今回買おうとしている家具もそうだし、食料品、衣服もしっかり売ってる。靴屋さんや本屋さん、CDショップ、アニメショップとかの専門店も揃ってるよ。アイスクリーム屋とか、クレープ屋とかのスイーツ店もいくつもあって。地元の友達の話だと、このショッピングセンターでだいたいのお買い物は済ませる人もいるみたい」

「そうなんですね。何か買いたいものや食べたいものがあったら、とりあえずここに来ればいいんですね」

「そうだね、風花ちゃん」


 ここに行けば大丈夫、という場所が徒歩圏内にあるのはいいな。

 あけぼの荘から10分ちょっとでショッピングセンターに到着した。

 今まで、こんなに大きなお店に行ったことがないから、ショッピングセンターに入ると、物凄く「東京に来た!」って感じがする。


「お店の中、とても広くて綺麗だなぁ。東京に来た感じがする!」

「俺も同じことを思ったよ」

「専門店とかもたくさんあるし、近未来的な感じだよ!」

「……そこまでは思わなかったな」


 ただ、興奮してしまう風花の気持ちも分かる。

 案内板を見てみると、美優先輩が言ったように食料品や衣類だけじゃなくて、本屋やCDショップ、靴屋、アクセサリー店、クレープ屋、ラーメン屋などの様々なジャンルの専門店が入っているなぁ。地元の方がここに来るのも納得できる。


「色々見て回りたいだろうけど、まずはタンスを買ってもいいかな」

「もちろんいいですよ」


 俺達は家具売り場に行き、衣服を収納するためのタンスを買うことに。美優先輩の希望で、収納スペースの多いものを買う予定だ。

 美優先輩のベッドには収納スペースがある。しかし、俺のふとんを敷いてしまうと引き出すことができず不便なので、今の季節に着る服や寝間着、季節問わずに穿く下着や靴下などをタンスに入れておきたいとのこと。

 幸いにも、部屋に置ける大きさに近く、お手頃な価格のタンスが見つかったので購入を決めた。まだ午前中であるため即日配達が可能であり、今日の夕方に届けてもらうことにした。

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