第4話『笑って、抱きしめた。』

 6月25日、火曜日。

 昨日に続いて、今日も起きたときから雨がシトシトと降っている。

 しかし、気温は昨日までと比べて5度以上低く肌寒い。梅雨寒の再来である。ここ最近は蒸し暑い日が続いたので、体感としては結構な寒さだ。俺も美優先輩も、制服に着替えるときには長袖のワイシャツを着た。

 いつも通り、今日も風花と花柳先輩と一緒に登校することに。風花は「歩けば体が温かくなるから」という理由で昨日と同じ半袖のワイシャツにベスト姿だけど、花柳先輩は長袖のワイシャツにカーディガンを着ている。


「風花ちゃんはベストを着ているとはいえ、よく半袖のワイシャツで平気ね。若いわね。昨日まで蒸し暑かったから、あたしは結構寒く感じるわ」

「あははっ。確かにあたしの方が若いですけど、たったの1歳違いじゃないですか。気温も20度近くまで上がるみたいですし、ベストも着ていますから寒くないですね。歩いてさっそく体が温かくなってきましたし、むしろ今の涼しさが気持ちいいくらいです」


 爽やかな笑みを浮かべながらそう言う風花。そんな風花を見ていると、この肌寒さがちょっと心地良く思えてくる。


「風花ちゃん凄いわね。水泳部だからかしら……」

「それはありそうだね。部活で水に慣れているのと、体を動かして代謝がいいからなのかもしれない」

「あり得そうね」

「……思い返してみると、水泳をやり始めた小学生の頃から温まりやすい体質ですね」


 どうやら、美優先輩の説は当たっていそうだ。


「急に寒くなったし、風邪を引かないように気をつけないと」

「気分が悪くなったりしたらすぐに言ってね、瑠衣ちゃん」

「ありがとう」


 笑顔でお礼を言う花柳先輩。

 ただ、花柳先輩なら「美優と風花ちゃんに看病されるのもいい……」と、風邪を引いた状況も楽しめそうな気がする。


「気温が下がって、一佳先生の体調がまた悪くなりそうだって心配になったけど、元気になったってメッセージが来て安心したわ」

「私も安心したよ」


 朝食を食べているとき、ゴールデンウィークに旅行へ行ったメンバーのグループトークに霧嶋先生から、


『体調が良くなりました。なので、今日は学校に行きます。学校で会いましょう。あと、昨日はありがとうございました』


 というメッセージが送られたのだ。このメッセージを見たとき、美優先輩と「良かった~!」と凄く安心した。

 ちなみに、昨日は俺達が帰った後、午後6時過ぎに霧嶋先生の妹の二葉ふたばさんと大宮先生が、霧嶋先生のお見舞いに行ったそうだ。ヨーグルトやカステラを差し入れたり、肩をマッサージしたりしたのだという。そういったこともあって、先生は一日で体調が良くなったのだと思う。

 俺達は陽出学院に登校する。

 今日は肌寒いからか、俺や美優先輩、花柳先輩のように長袖のワイシャツを着ている生徒は結構いる。女子生徒の場合、タイツを穿いている人もちらほら見受けられる。

 ただ、中には風花のように半袖ワイシャツにベスト姿の生徒もいれば、半袖のワイシャツだけの生徒もいる。肌寒く感じるとはいえ、今日は気温が20度近くまで上がる。だから、シャツ一枚でちょうどいい生徒もいるのだろう。

 昇降口近くの階段から、1年3組の教室のある4階まで上がっていく。

 いつもなら、4階に辿り着くと先輩方とは別れるのだが、今日は霧嶋先生に会えるかもしれないという理由で4人一緒に1年3組の教室へ向かう。

 1年3組の教室に入ると、多くのクラスメイトが既に登校していた。パッと見た限り、長袖のワイシャツを着ているクラスメイトの方が多いな。


「桐生、姫宮、おはよう。先輩方もおはようございます」

「みなさん、おはようございますっ」


 加藤と橋本さんが俺達に挨拶してきた。ちなみに、加藤は風花と同じで半袖ワイシャツにベスト、橋本さんは俺と美優先輩と同じく長袖ワイシャツにベストという姿だ。

 俺達は2人と「おはよう」と挨拶を交わし、今日は寒いね……といった話をする。


「そういえば、今日は珍しく美優先輩と瑠衣先輩も来たんですね。どうしたんですか?」

「今朝、一佳先生から『元気になった』ってメッセージが来てね。朝のうちに会いたいと思ってここに来たんだ」

「昨日のお見舞いで、ある程度元気になった一佳先生とは会ったんだけどね」

「そうなんですね。あと、一佳先生が元気になって安心しました!」

「良かったよな、奏」


 橋本さんと加藤は朗らかな笑顔を見せる。

 美優先輩と花柳先輩が教室に来ているから、霧嶋先生が早めに教室に来てくれたら嬉しいなぁ。

 また、今の俺達の話が聞こえたようで、クラスの雰囲気が段々と明るくなり、


「一佳先生、元気になったって! 今日来るみたいだよ」

「一佳先生に会える!」


「霧嶋先生来るのか」

「今日の授業は頑張れそうだ」


 といった声が聞こえてくる。霧嶋先生が生徒からいかに愛されているかが分かるな。


「みんな、おはよう。昨日は心配をかけたわね。朝礼のチャイムが鳴るまでは自由にしていなさい」


 噂をすれば何とやら。霧嶋先生が1年3組の教室にやってきた。今日は肌寒くて病み上がりだからか、ミディスカートに長袖の縦ニットセーターという温かそうな服装をしている。

 教卓の近くにいた生徒が霧嶋先生の周りに集まり、


「霧嶋先生、おはようございます!」

「風邪が治って良かったです!」


 中にはそういった言葉をかける生徒もいる。霧嶋先生は穏やかに微笑みながら「おはよう」とか「ありがとう」と返事をしていた。入学した頃に比べて、学校で柔らかい表情を見せることが多くなったなぁ。

 霧嶋先生を見ていると、先生と目が合ったような気がする。そう思った直後、霧嶋先生は俺達のところにやってくる。俺達は先生に「おはようございます」と挨拶する。


「みんな、おはよう。昨日はお見舞いに来てくれてありがとう。橋本さんと加藤君も来ようと思ってくれていたみたいだし」

「ええ。ただ、6人で行くと迷惑になるかもしれないと思って」

「なので、昨日の放課後は潤と一緒に課題や勉強をしていました。先生の体調が良くなって安心しました」

「ありがとう。白鳥さんと花柳さんはどうしてここに? 朝はうちのクラスにいないことが多いのに」

「朝の間に、一佳先生に会えたらいいなと思いまして」

「昨日、美優達とお見舞いに行きましたからね。元気な姿を見られたらいいなと」

「そうだったのね」


 ふふっ、と霧嶋先生は上品に笑い、美優先輩と花柳先輩の頭を撫でた。そのことに先輩方は嬉しそうな笑顔になる。


「今日は朝から肌寒いですけど、霧嶋先生の体調が快復して良かったです」

「一佳先生からのメッセージを見たとき、本当に安心しました! 治って良かったです!」


 弾んだ声でそう言うと、風花は霧嶋先生のことを抱きしめる。

 抱きしめられた瞬間は驚いていたけど、霧嶋先生はすぐに優しい笑みを浮かべて風花の頭を撫でる。


「ありがとう、姫宮さん。今日、学校に来られたのは、お見舞いのときにあなたが汗を優しく拭いたり、ヨーグルトやスポーツドリンクを買ってくれたりしたからだと思っているわ」

「……先生の力になりたかったですから。それに、都大会ではたくさん応援してくれましたし。お礼がしたくて」

「昨日も言っていたわね。改めて……姫宮さん。関東大会出場おめでとう」


 至近距離で見つめた状態で、霧嶋先生は風花に祝福の言葉を贈る。

 風花は満面の笑みを浮かべて、


「ありがとうございますっ!」


 と、元気良く返事した。霧嶋先生からおめでとうって言われたのが嬉しいのか、風花は「えへへっ」と笑いながら、先生の胸元に顔を埋めたり、スリスリしたりする。

 風花の行為に嫌がるどころか、むしろもっと優しい笑顔になる霧嶋先生。先生は両手を風花の背中の方へ回す。今の霧嶋先生は教師というよりは、少し年の離れたお姉さんのように見える。二葉さんっていう妹さんがいるからかな。


「今日は肌寒いから、姫宮さんの体の温かさが気持ちいいわ。朝礼が始まるまで、このまま抱きしめていてもいいかしら」

「はいっ」

「……ありがとう」


 温まりやすい風花の体が霧嶋先生に癒しをもたらしたか。

 その後、霧嶋先生は本当に朝礼のチャイムが鳴るまで、風花のことをずっと抱きしめていた。途中、


「あぁ……一佳先生いい匂い。あと、おっぱいが柔らかくて気持ちいい……」

「もう、教室で何を言っているの」


 といったやり取りもあったけど、霧嶋先生は笑みを絶やさない。その光景が微笑ましくて、抱きしめ続ける風花と先生がとても可愛しかったのであった。

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