第16話『マッサージ』

 草むしりのときに言っていたように、午後は美優先輩、風花、花柳先輩と一緒に、あけぼの荘から徒歩数分ほどのところにあるスーパーへ買い物を行った。品揃えが良く、定期的にバーゲンもやっているので美優先輩は結構気に入っており、食料品は主にここで買っているとのこと。

 俺と美優先輩は主にお弁当の材料を見て、風花と花柳先輩はお菓子やジュースを見ることに。

 美優先輩が気に入っているお店なだけあって、食料品の種類は豊富だ。賞味期限が迫っているものもないし。ただし、賞味期限が近い商品は赤札が付いていて安くなっている。


「こうして2人で食料品を見ていると、一緒に住んでいる感じがするね」

「そうですね。美優先輩と同居しているんだと実感します」

「でしょう? 由弦君って地元にいた頃は食料品の買い物はしてた?」

「してました。小さい頃は両親についていって。中学生の頃はたまに自分一人で行ってました。両親が仕事やパートでいないときは、料理担当は実質俺だったので」

「雫さんや心愛ちゃんに食事を作るって言っていたもんね。偉いなぁ。私も実家にいた頃はお母さんについていったり、朱莉や葵を連れて行ったりしたよ」


 そういったときの美優先輩の姿が容易に想像できるな。


「ただ、こうして男の子と一緒に買い物をするのは由弦君が初めてだからドキドキする」

「そうですか。初めてのことはドキドキしますよね。……それにしても、このスーパーはいい食材が揃っていますよね。賞味期限の近いものは安くなってますし」

「でしょう? 去年、伯父さんと伯母さんから教えられたときは感動したもん。あと、お菓子や飲み物もコンビニより安く買えるものが多いから、学校帰りに寄ってみるといいよ」

「ですね」


 お菓子も好きだけど、安いからってたくさん買ってしまわないように気を付けないと。

 本当にこのスーパーは新鮮な食材が豊富だ。これなら、明日のお花見のお弁当も美味しいものになるんじゃないだろうか。

 お弁当の材料やお菓子、ジュースを購入する。お花見のためにと白鳥武彦さんが事前にお金を渡してくれており、そのお金で支払った。

 スーパーで購入したものをあけぼの荘に持ち帰り、お弁当の材料とお菓子は101号室、ジュースは102号室に置いておくことにした。

 お弁当の材料を冷蔵庫に入れ終わり、俺は2人分の冷たい紅茶を作った。美優先輩とソファーでくつろぎながらティータイムに。


「あぁ、美味しい。今日も晴れているし、買い物をしたから冷たいものが美味しく思えるよ」

「それは良かったです。これからは、冷たい食べ物や飲み物が段々美味しくなってきますね」

「そうだね。あと、午前中に草むしりをしたから、ちょっと疲れたな」

「お疲れ様でした」

「由弦君もお疲れ様。ただ、由弦君達のおかげでこの程度の疲れで済んでいるよ」

「そうですか。何かしてほしいことや、手伝ってほしいことがあったら遠慮なく言ってください。例えば、明日のお花見のお弁当作りとか。何でもいいですよ」

「ありがとう、由弦君。そう言ってくれると、何かしてほしくなっちゃうなぁ」


 う~ん、と美優先輩は腕を組みながら考えている。そこまで真剣に考えられると、どんなことをしてほしいと言ってくるのか恐くなってくる。そんなことを考えながら紅茶を飲む。


「ねえ、由弦君。本当に何でもいいの?」

「はい。俺にできることであれば何でも」

「そっか……」


 美優先輩、頬が赤くなっているな。何をしてほしいと考えればそうなるのか。


「……揉んでほしいの」

「えっ、ど、どこを揉んでほしいんですか?」

「肩を揉んでほしい。私、小学生の高学年くらいから肩が凝りやすくなって。実家にいた頃はお母さんや妹達にやってもらって、ここに引っ越してからは瑠衣ちゃんやあけぼの荘の女の子達に揉んでもらっているの。もちろん、彼女達も気持ちいいんだけど、由弦君は手が大きいし、力も強そうだからどんな感じになるのかなって」

「なるほど、そういうことですか」


 小学校の高学年くらいから肩が凝りやすくなったってことは、きっと原因は胸が大きくなったことだよな。ソースは雫姉さん。姉さんも同じくらいの時期から肩が凝るようになり、胸が大きくなったからか肩が凝ったと本人が言っていた。そんな姉さんから肩を揉めと頼まれ、数え切れないほどに肩を揉んできた。


「分かりました。俺に任せてください。肩揉みは結構得意なので」

「そうなんだ! そう言ってくれて良かった。じゃあ、お願いしてもらっていいかな」

「はい。では、やりやすいように食卓の椅子に座りましょうか」

「うん。今の言葉、何だかプロっぽい」

「プロではないですが、姉さんの肩はよく揉んでいました」

「なるほどね」


 俺と美優先輩はソファーから立ち上がって、食卓の方へと移動する。

 肩のマッサージをするために椅子に座った美優先輩の背後に立つ。こうして後ろから見てみると、美優先輩の髪は黒光っていて、サラサラしていることが分かる。

 美優先輩の両肩に手を乗せると、彼女の体がとても熱くなっている。きっと、緊張しているんだろうな。


「では、始めますね」

「はい。よ、よろしくお願いします!」

「美優先輩は姉と体格が似ているようなので、姉のときのように揉んでみますね。もちろん、痛かったり、ここをやってほしい希望があったりしたら遠慮なく言ってください」

「うん」

「では、始めますね」


 俺は美優先輩の両肩を揉み始める。


「んっ……」

「痛かったですか?」

「ううん、違うよ。とても気持ち良くて……」

「それなら良かったです。とりあえずはこんな感じでやってみますね。肩が凝りやすいと言うだけあって、結構凝っていますね」

「うん。だから、これまで定期的に揉んでもらっていたの、あっ……」


 美優先輩は可愛らしい声を漏らしている。気持ち良くなっているみたいで良かったよ。ただ、もしこのことを花柳先輩が知ったらどう思うだろうか。


「いいね、由弦君。凄く気持ちいいよ。これまでの揉んでくれた人の中で一番上手いかも……」

「嬉しいですね。花柳先輩は上手そうですけど」

「瑠衣ちゃんは結構上手だね。高校生になってから、一番揉んでくれているよ。お昼休みとか、放課後や休日に遊びに来たときとか」

「そうなんですね」


 正直、やっぱりそうだなと思った。美優先輩の体に触ることのできるいい機会だとか考えて、率先してやってそう。


「大分、凝りがなくなってきましたね」

「由弦君の揉み方が上手だからだよ。これからは由弦君に揉んでもらうことにしようかな」

「……俺で良ければ、いつでも揉みますよ」


 気に入ってもらえて良かった。

 肩揉みのことを花柳先輩に知られたときは、美優先輩が気に入ってくれたからだと説明すればいいか。


「このくらいでいいでしょうか」

「うん、ありがとう! 凄く軽くなった感じがするよ」

「良かったです」

「じゃあ、お礼に今度は由弦君の肩を揉もうかな。由弦君は肩凝ってる?」

「あまり凝ってないですけど、マッサージということで揉んでもらいましょうか」

「うん、任せて」


 風花や花柳先輩だと不安だけど、美優先輩だったらきっと大丈夫だろう。

 俺は美優先輩とポジションを交代する。椅子には美優先輩の温もりと匂いが残っているな。


「こうして見てみると、由弦君の背中って広いんだね」

「そうですか? 背が高いとか、体が大きいとは言われたことはありますけど、背中が広いって言われたことってあんまりないですね」

「そうなの? 私も男の人とは家族や親戚以外はほとんど接しないから、自然と広く見えるのかもね。じゃあ、さっそく肩揉み始めるよ」

「お願いします」


 俺は美優先輩に肩を揉んでもらい始める。美優先輩の手つき、本当に優しいな。


「どうかな?」

「とても気持ちいいですよ」

「良かった。由弦君、あまり肩凝っていないって言っていたけれど、意外と凝ってるよ」

「そうですか? ここ何日かは引っ越しのことがあって、今日も草むしりや買い物をしたからですかね」

「そうかもね。じゃあ、私のマッサージで肩こりや疲れを取ろうね。さっきのお礼も兼ねて気合いを入れて揉んじゃうよ!」


 その次の瞬間、さっきよりも強く肩を揉んでくれるように。少し痛みもあるけれど、それは俺の肩こりのせいなのか。それとも強く揉んでいるからだろうか。

 あと、気合いを入れ始めてから、後頭部や首に何か柔らかいものが当たっているんですが。多分、これって胸……だよな。


「んっ、んっ……」


 と、たまに声を漏らすので何とも厭らしい感じに。美優先輩と2人きりで良かった。


「由弦君、肩、ほぐれてる?」

「ええ、ほぐれていますよ。あと……これを言っていいのかどうか分かりませんが、気合いを入れ始めてから、頭や首に当たってます。……む、胸が」

「……由弦君の肩ばかり考えてて、自分の胸のことを全然考えてなかった。当たっていることに気付かなかったよ……」


 ううっ、と美優先輩の声が聞こえてくる。俺の肩を揉むことに集中して、胸が当たっていたことに気付かないというのも美優先輩らしい。

 ゆっくりと振り返ると、そこには顔を真っ赤にして視線をちらつかせている美優先輩が。


「当たっているのが嫌だってわけではありませんから」

「……それならまだ良かった。由弦君だから話すけど、多分、肩が凝りやすくなったのって、この胸のせいだと思うの」

「そうですか。やっぱり……と言ってしまっていいのか分かりませんが。先輩と同じくらいの大きさの胸を持つ姉さんも、胸が重くて肩こりが酷いと言って、定期的に俺に肩を揉むように頼んできましたし」


 たまに、胸まで揉んで心のマッサージをしてほしいとか言ってきやがったけど。もちろん、そんなことはしなかった。


「雫さんもそうなんだ。肩こりには悩まされてきたけど、そういう人が他にもいると思うとヘコんでいちゃいけない気がしてきた!」

「少しでも元気になったようで良かったです。あと、肩こりが気になったらいつでも言ってください」

「うん、分かったよ。ありがとう」


 ようやく、美優先輩はいつもの優しい笑みを見せるように。雫姉さんの胸が初めて人様の役に立ったかな。あと、姉さんと同じだとしたら、週に1度は揉むことになりそうだ。


「あと、美優先輩が揉んでくれたおかげで、肩が随分と軽くなった気がします。意外と肩が凝っていたんですね」

「そう言ってくれて良かったよ。由弦君も肩が凝ったらいつでも言ってきてね」

「ありがとうございます」


 今度は胸が当たってしまうことがないことを祈りつつ。こういうことがあると、花柳先輩のことを思い浮かべてしまうから。

 美優先輩の肩を揉んだことならまだしも、先輩の胸が頭や首に当たったことが知られたらどうなるか。不安だな。


「由弦君。顔色があまり良くない気がするけど、マッサージやったのがまずかった?」

「いえ、そんなことありません」

「それならいいけど。もう少し経ったら、夕ご飯の準備をしようかな。それまではまた由弦君と一緒にソファーでゆっくりしたいんだけど、いいかな?」

「もちろんですよ」


 その後は再び美優先輩とソファーにくつろいで、紅茶を飲みながら談笑したり、録画したアニメを観たりした。先輩に肩を揉んでもらったこともあって、こうしていることに安らぎを感じるようになったなと思うのであった。

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