第8話『キッチンラブ』

 おままごとを楽しんだ後は、芽衣ちゃんが持ってきたトランプで遊んだ。

 ポーカーとババ抜きをしたけど、芽衣ちゃんは強くて1位になることもあった。もし、保育園でも遊んでいるなら、かなりの確率で勝利して、先生ともいい勝負をしているんじゃないだろうか。

 俺もゲームを重ねる度に本気を出していった。でも、みんなに負けてしまうときもあって。結構盛り上がったのであった。



 お昼時になったので、美優先輩と俺でお昼ご飯を作り始める。

 お昼ご飯のメニューは朝言っていたようにオムライス。あとはコンソメ仕立ての野菜スープ。

 スープに入れる予定のキャベツ、人参、玉ねぎは芽衣ちゃんも食べられるとのこと。偉いなぁ。心愛が同じくらいの年齢の頃、こんなに野菜を食べられたかな? ちなみに、嫌いな食べ物はピーマン。苦くてとっても嫌なのだとか。

 俺は野菜スープ、美優先輩はオムライス作りを担当。

 風花と花柳先輩、芽衣ちゃんは寝室から持ってきたテーブルに配膳を担当。ただ、それはすぐに終わり、今は芽衣ちゃん持参の、日曜日の朝に放送されている女児向け魔法少女アニメを録画したBlu-rayを観ている。面白いのか、時折、3人の笑い声が聞こえてくる。


「3人とも楽しそうだね」

「ですね。観ているのが、長い間人気のある魔法少女アニメシリーズですからね。日曜の朝に放送されていたのもあって、俺も実家にいる頃は雫姉さんや心愛と一緒に観ました」

「私も実家にいる頃は一緒に観たな。特に葵が好きで」

「そうだったんですか」


 姉妹のいる人の多くは、俺達のような経験をしているのかな。

 そういえば、俺が小学校低学年の頃、雫姉さんと心愛に魔法少女ごっこに付き合わされたな。悪役をやらされたり、スカートを穿かされ、ステッキ代わりの棒を持って魔法少女をやらされたり。


「それにしても、リビングから楽しげな声が聞こえる中で、由弦君と一緒に料理をしていると、本当の5人家族になったみたいだよね」

「おままごとをしましたから、その気持ちがよく分かります。美優先輩の優しげなお母さんぶりは素敵でした。あと、子作りしてから、花柳先輩を出産するまでの演技は凄かったです。一瞬、本当に子供ができたかもしれないと思いましたから」

「ありがとう。お母さんが妹達を妊娠して、出産した当時のことを覚えていたから。特に葵のときの方は」

「そうだったんですね」


 朱莉ちゃんとは4歳差、葵ちゃんとは6歳も差がある。年齢的には覚えているのも不思議じゃないな。それに、気分を悪くしたり、痛がったりする光景なら尚更に。


「……実際に授かったらどうなるのかな。由弦君との子を」


 俺の目を見てそんなことを言ってくるので、急にドキドキしてきたぞ。美優先輩も同じなのか、彼女は頬を赤くなってゆく。

 かなりドキドキしてきたので、キャベツを切る包丁を一旦、まな板の上に置いた。このままだと指を切ってしまうかもしれないから。


「おままごとの中で演技したように、つわりや陣痛で辛い想いをする可能性はありそうですね。さすがに、妊娠が発覚してから出産するまで、10分もかからないと思いますが。俺は美優先輩を精一杯にサポートしたいです」

「……ありがとう」


 やんわりした笑みを浮かべて言う美優先輩。


「由弦君ならそう言ってくれるって思っていたよ」

「先輩……」

「おままごとをしているとき、由弦君は優しくてかっこいい旦那さんやお父さんになるんだろうなって思ったよ」

「……照れますね」


 おままごと中にキスしたときよりもドキドキしているかも。ただ、美優先輩の言葉は優しさがあるので、自然と心が温かくなっていく。


「俺もおままごとをしている美優先輩を見て、きっと実際に結婚して、子供を授かったら優しいお母さんになるんだろうなって思いました。子供は授かり物ですけど、こういう未来が実際に来るといいなって」

「……嬉しい。私も同じようなことを思っていたから」


 そう言うと、美優先輩はキスしてきた。不意打ちだったので、驚きと同時に体の力が抜けていって。包丁を握っていなくて良かったなと思う。

 何秒間か唇を重ねた後、美優先輩の方から唇を離す。すると、そこには本日一番と言っていいほどの彼女の可愛らしい笑みがあった。


「あまりにも嬉しくて、由弦君にキスしてしまいました」

「……いきなりだったので驚きました。ただ、キスは気持ち良くて幸せになれると思います。いつまでもこういうキスができる関係でありたいですね」

「……私もだよ。じゃあ、約束のキスを由弦君からしてくれる?」


 美優先輩は顔だけでなく、全身を俺の方に向けてゆっくりと目を瞑る。そんな先輩の姿もとても可愛らしい。俺は先輩の頬に手を添え、そっとキスした。

 おままごと中、家に帰ってきたときと子作りをするときにキスをしたけど、それらのときよりも断然に気持ちいいな。気持ちを伝え合ったからだろうか。


「ラブラブ~!」


 そんな芽衣ちゃんの声が聞こえたので、俺は慌てて唇を離した。

 リビングの方を見ると、ソファーの背もたれから芽衣ちゃん、風花、花柳先輩が顔だけを出してこちらを見ていたのだ。芽衣ちゃんは可愛らしい笑みを浮かべているけど、風花と花柳先輩はニヤニヤしていた。


「みゆちゃんとゆづくん、とってもラブラブだね!」

「そうだね、メイメイ。こっちまでドキドキしちゃうね」

「最近は色々な場所でキスするからね、あの2人」


 確かに、ゴールデンウィークを明けた頃から、学校でキスすることも増えたな。それに、昨日もベッドを買う際、マットレスに横になったときにキスしたし。


「あううっ……」


 キスしたところを3人に見られ、今の3人のコメントに恥ずかしくなったのか、美優先輩は顔を真っ赤にして、俺の胸の中に顔を埋めた。そんな彼女の頭を優しく撫でる。


「キッチンでキスするの、ママとパパみたいだなぁ」

「へえ、メイメイのママとパパも、キッチンでキスするんだ」

「うん! あと、ベッドでもしてる! たまにけんかするけど、そんなときもキスしてすぐになかなおり!」 

「喧嘩してもすぐに仲直りするなら、御両親はラブラブな証拠ね。そのときもキスするんだから」

「えへへっ。いつか、わたしもそんなひとにあえるかな?」

「きっと、メイメイも会えるよ!」

「もう会っているかもしれないけどね。その人は男の子かもしれないし、女の子かもしれないよ」

「ええっ、そうなの~!」


 花柳先輩の言葉に、芽衣ちゃんの笑顔に赤みが。

 あと、今の芽衣ちゃんの話を聞くと、理恵さんは旦那さんとラブラブであると伝わってくる。喧嘩することもあるだろうけど、理恵さん夫婦のようにすぐに仲直りできるような関係になりたいな。


「ラブラブだって言ってくれて嬉しいよ、芽衣ちゃん。今、美優先輩と頑張ってお昼ご飯を作っているから、できるまで、お姉さん達と一緒にアニメを観ていてね」

「はーい!」


 そう言って、芽衣ちゃんは再びテレビの方に顔を向ける。


「……ドキッとした」


 美優先輩はそう呟くと、俺の胸から顔を離す。さっきよりも顔の赤みが引いており、微笑んでいた。


「由弦君とたくさんキスしているのにね。おままごとのときみたいに、初めから見られる中でするキスは大丈夫なのに。色々話して、キスしたから由弦君しか見えなくなっていたからかな」

「俺も美優先輩しか見えなくなっていました。だから、芽衣ちゃんに『ラブラブ』って言われて、ビックリして慌てて唇を離してしまったんです」

「ふふっ、そうだったんだね。……私達、お昼ご飯作りの途中だったんだよね」

「ええ。作りましょうか」


 芽衣ちゃんに頑張って作ると言ったからな。

 俺達はお昼ご飯作りを再開する。隣で料理をする可愛らしい美優先輩と、たまに背後から聞こえてくる笑い声のおかげで、野菜スープをとても楽しく作ることができた。


「よいしょっ」


 美優先輩はチキンライスを焼いた卵に包んでいく。得意なのか、落ち着いた手つきだ。面白いと思えるほどに、チキンライスが卵の中に包まれる。

 一度も破れることなく、黄色くてふんわりとしたオムライスが5人分完成した。


「よーし、オムライス完成! 野菜スープの方はどうかな?」

「はい、完成しました。あとはスープカップによそうだけです」

「分かった。じゃあ、先にオムライスを運ぶから、由弦君はスープをよそってくれるかな」

「分かりました」

「よろしくね。はーい、お昼ご飯ができたよー! 3人とも、洗面所で手を洗ってきてね!」

『はーい!』


 芽衣ちゃん達の元気な返事もあって、美優先輩がとてもお母さんっぽく思えた。そんな微笑ましい気分の中、俺は5つのスープカップに野菜スープをよそう。

 スープカップをお盆に乗せてリビングに行くと、美優先輩達は既に自分達の場所に座っていた。


「お待たせしました。コンソメ仕立ての野菜スープです」

「おいしそう!」


 芽衣ちゃんがそう言ってくれて良かった。味見もちゃんとしたし、きっと芽衣ちゃんにも美味しいと言ってもらえると思う。そんなことを思いながら、それぞれの人の前にスープカップを置いた。

 お盆をリビングに置いて、俺も自分の席に座る。ちなみに、俺から時計回りに風花、芽衣ちゃん、花柳先輩、美優先輩という順番だ。


「由弦君、オムライスに最後の仕上げをするね」

「はい」


 美優先輩はケチャップのボトルを持って俺の隣に来る。そして、俺のオムライスにケチャップで『ゆづるくん♡』と可愛らしい文字で描いた。その行為にキュンときたけど、描くのがスムーズだったので凄いという思いも強い。


「じょうずだね! みゆちゃん!」

「俺も上手だと思ったよ」

「これで、きっとより美味しくなったと思うよ。愛情をこめて描きました」

「ありがとうございます」


 俺は美優先輩の頭を撫でる。そして、先輩の愛情がこもったオムライスをスマートフォンで撮影した。

 このお礼に美優先輩のオムライスに、ケチャップで大きく『♡』を描き、その中に『みゆせんぱい』と描いた。


「おおっ、ゆづくんもじょうず!」

「ありがとう! 由弦君!」


 とても嬉しそうに言うと、美優先輩はスマートフォンでオムライスを撮った。


「微笑ましい光景ですね、瑠衣先輩」

「そうね。バカップルに思えるけど。芽衣ちゃん、2人みたいなカップルをバカップルって言うんだよ」

「バカップルー!」

「もう、瑠衣ちゃんったら。何てことを芽衣ちゃんに教えてるの。芽衣ちゃん、今言われたことは忘れていいからね」

「うん、わすれるー!」


 芽衣ちゃん、とても素直でよろしい。芽衣と瑠衣……1文字違いでこんなにも違うとは。どんな風に育っても、どうかその素直な部分はなくならないでほしい。


「じゃあ、そろそろ食べよっか。それでは、みなさん両手を合わせて。……いただきます!」

『いただきます!』


 食事の挨拶をしっかりして、俺達は5人でお昼ご飯を食べ始める。

 まずは美優先輩の作ってくれた愛情たっぷりのオムライスを一口。


「……美味しいですね。チキンライスのケチャップでの味付けもちょうどいいですし、玉子もふんわりとしていて」

「良かった。由弦君の作ってくれた野菜スープも美味しいよ。さすがは由弦君。3人はオムライスと野菜スープはどうかな?」

「どっちもおいしいよ!」


 とても可愛らしい笑顔を見せながら、芽衣ちゃんはそう言ってくれる。そのことに嬉しさもあるけど、安心感もある。


「さすがは美優先輩と由弦ですね! どっちも本当に美味しいですっ!」

「美味しいわ。オムライスはもちろんのこと、野菜スープも美味しい。これで料理部も安泰ね。心置きなく引退できるわ。あと1年半くらい先だけど」

「まだ2年の5月だよ。でも、由弦君がいれば安泰なのは納得だね」

「今の時期に先輩方にそんな言葉を言わせるなんて凄いね、由弦は。あたしも、水泳部の先輩にそう言われる日が来るのかなぁ」


 しみじみとした様子で野菜スープをすする風花。


「きっと来るさ。水泳部を見学したときや、ゴールデンウィークで旅行したときに風花は楽しそうに泳いでいたから。それに、俺に分かりやすく指導してくれたし。水泳の授業に不安は残っているけど、風花がいるから安心感もあるんだ。それを部活の先輩方にも分かってもらえれば安泰だって言われるんじゃないかな」

「由弦……」


 まだ1年の5月だ。俺が異例なだけで、きっと風花も言われるときが来るだろう。一度、部活の間に倒れたけど、風花がいつも水泳を楽しんでいるのは伝わってくるし。

 風花は「ふふっ」と笑って、


「ありがとう。もし泳げなくなっていたら、また教えてあげるからね」

「……ああ。そうなったら頼むよ」

「任せなさいっ!」


 風花はオムライスをパクパクと食べ始める。元気になって良かった。その姿を部活中に見せていけば、きっと頼りにされるんじゃないだろうか。

 それからも5人でお喋りをしながら、楽しい昼食の時間を過ごした。もちろん、みんな完食。ごちそうさまでした。

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