ラピスラズリの復讐 (下) 3

 白井しらい由加子ゆかこ伊澤いざわ商事に就職した後、どうなったのだろう。私はその日、食欲が出ず、何も食べずに眠ることにした。

 寝付けるはずもなく、私はベッドでぼーっと天井を見る。


 何もない天井が憎たらしく思えてきた。

 自分に宝石の過去が見えることが、これほどまでに忌々いまいましく思えた。私は再び泣く。涙は頬を流れ、したたった。私はどうすることもできない。無力感にさいなまれても、次第に眠気を催し私は眠った。


 夢を見た。高校時代の由加子と私が学校の屋上で話しをしている夢だ。覚えている。

 私が由加子に【物に触ると過去が見える】という能力を告白したときだ。

 由加子は驚いていたものの、私の友達で居てくれた。


「そっか。過去が見える。じゃあ、その能力を世の中に役立てないと」

「世の中に役立てる?」

「だって。他の人には出来ない特別なことだよ。あれだ、警察とかに協力したらいいんじゃない?」

「警察?」

そうだった。私が警察にこの能力を使って協力するべきだと、最初に言ったのは由加子だった。なぜ、忘れていたのだろう。

 崩れ落ち、生気を失った由加子を思い出したくなかっただけなのかもしれない。

私は釣られて笑う。

「ありがとう。由加子」

「いいえ。リカコが敏腕びんわん警察官けいかんになっているとこまで想像しちゃったよ」

「ええ。それはないよ」

「近い未来であるかもね。じゃあ、もし、私が殺されたら、その遺留品見てね!」

「え」

私は言葉に詰まる。由加子は笑う。

「何、本気にしているの?冗談だよ。そんなものに巻き込まれるわけないって」

「由加子!由加子!」

その夢はそこで終わった。私はベッドで目を覚ました。

 あの頃の出来事は、今を予言しているような気がしてきた。

 そんな思いとは裏腹に、お腹が空いた。どんなに悩んでいてもお腹は空く。


 私は冷蔵庫から、卵とベーコンを取り出す。目玉焼きとベーコンを焼く。

 トースターを焼いて、カップにコーヒーを入れた。それらをテーブルに置き、私は朝食を食べた。テレビをつけて、今日の出来事を確認する。今日は日曜日だ。

精神的には大分、落ち着いてきた。今日は昨日より調子がいい。

 私はスマートフォンを取り出すと、森本もりもとヒカルに電話を架ける。


 数回の呼び出し音の後、森本が出る。


「おう。川本。大丈夫か?」

森本は私を心配して、優しい声で言った。

「うん。ありがとう、今日は昨日の続き頑張るよ」

「本当に大丈夫か?」

「大丈夫だよ。ありがとう」

「そうか。お前らしいな。じゃあ、昼の十三時ごろから空いている。だから、その時間に行く」

「解った準備しておく」

いよいよ、由加子の死の真相に迫る。 見たくない。けれど、その能力を世の中に役立たせるべきだと言った由加子への恩返しだ。

私は胸に手を当てる。

「大丈夫。大丈夫」

私は自分に言い聞かせた。

私は今日の営業をお休みにした。

宝石を触って思い出を見るのは結構きつい。


 これから由加子のことを知るのに心の準備が必要だ。

  時間は刻々と過ぎていく。私は異様にそれまでの時間が長く感じた。

 

由加子を思っていた。

由加子がもし、普通に過ごしていたらどんな人生だったろうか。あくまで想像でしかない。私はその想像で由加子との忘れたくない残像を繋ぎとめたかった。

由加子に一体何があったのか。昼の時間になり、私は軽い昼食を食べた。チャーハンを作った。

ほとんど、一人で昼食を食べるが、今日は味がしない。


味がしないけれど、口に放り込む。体力をつけなければならない。私は完食すると、それらを片付けた。

あと、三十分くらいで森本が来る。店のインターフォンが鳴る。 私は心を整えて、玄関を開けた。

「今日はよろしく」

 私は森本に向かって言った。森本は緊張していた。

「大丈夫か?」

「うん。大丈夫。入って」

「ああ。あと、これ土産」

森本はケーキが入っている箱を渡してきた。

「ありがとう」

「ヤバくなったら、いつでも止めていいからな」

「うん」

私は覚悟を決めた。遂に由加子ゆかこの末路を見る。 それが私に今、出来ることだ。

森本は再び、白い手袋を私に手渡し、それをめるよう促す。

私はそれを填めた。


昨日と同じように、ジッパーのビニール袋からラピスラズリの青いピアスを取り出す。

昨日は余裕が無かったが、ラピスラズリのピアスは透き通る青色だった。


私は森本の顔を見た。森本と目が合うと、森本は頷く。


私はラピスラズリのピアスに触る。


映画館に映し出されるように見えてくる。

今度の場面は由加子ゆかこ伊澤いざわ商事しょうじに初出社する場面だった。

由加子の足取りは軽い。けれど、何かの決意を感じるように見えた。

由加子は何を決意しているのだろうか。

私はその行き先を見つめるしか出来ない。由加子は立派なビル「IZAWAビル」に入っていく。由加子を確認した仕事場の人が声を掛けてくる。

「白井由加子さん?」

「そうです。今日からよろしくお願いいたします」

由加子は丁寧にその女性に頭を下げた。

女性は由加子の感じの良さに関心する。

「よろしくです。白井さん、こんな綺麗だと思わなかった」

「いいえ。何か頼りないですけど、よろしくお願いいたします」

「大丈夫、受付嬢の仕事なんて簡単だからさ」

どうやら由加子ゆかこの仕事の先輩にあたる人のようだ。

私は由加子が仕事場で上手くやれそうで、安心した。

けれど、この後は何があるのか。


私は恐る恐る思い出を見続ける。


再び場面は切り替わる。今度は仕事をしている場面になった。

由加子は受付嬢として、評判をせている。由加子の輝いている姿に私は胸が熱くなる。

「こちらは伊澤商事です。社長ですか?お約束はされていますか?」

来客人の応対をしている。来客人は、由加子ゆかこ美貌びぼう見惚みとれていた。

 もしかして、由加子はストーカーに遭って殺されたのだろうか。

だとしたら、犯人は誰だ?

 由加子の働きっぷりと美貌に、伊澤商事の男性社員たちは釘付けになっているようだった。

 このまま幸せな結婚をして、子供を生むことは由加子には叶わなかったのか。

 神様はあまりにも残酷だと思えた。


 私の思いを乗せて、場面は再び、切り替わった。


 今度は由加子が電話をしている。誰と電話をしているのだろうか。

「はい。はい。そうです。間違いありませんでしたか。ありがとうございました。料金のお支払いは振込みでいたします」

由加子は何を依頼したのだろうか。スマートフォンの画面には、【藤山ふじやま探偵たんてい事務所じむしょ】と表記されていた。

 由加子は探偵に何を依頼して調べていたのだろうか。

私はまさかと思った。由加子は少し震え出した。

由加子は笑い出す。私は動悸がする。


私はラピスラズリから手を離した。森本が私を見た。


「大丈夫か?」

「うん」

私は首を縦に振る。

「休憩挟むか?」

「大丈夫。このまま、いく」


私は再び、ラピスラズリに触る。


場面は切り替わった。今度は由加子が、エレベーターに乗っている。

そこに男性社員が一人乗り込んできた。由加子が男性社員に話しかける。

喜多きたさんって、旧姓は富田とみたさんなんですね」

「え?結婚して婿むこ養子ようしになったからね。白井さん、どうしてそれを?」

由加子ゆかこは男性社員にボディタッチをしている。男性社員は心なしか顔を赤らめていた。

 私はその男性社員の顔が見たことある気がしてくる。

 富田?もしかして、この男性社員は、富田とみた礼二れいじなのか。

 私の予測は当っていく。

「何でって。好きな人のこと、知りたいじゃないですか?」

由加子は富田の耳元で囁く。

「ええ?」

「私はいいんです。喜多さんが奥さん大切にしていても、それでも好きなので」

由加子は抱きつく。富田は戸惑いながらも由加子を抱きしめた。

 エレベーターが開くと共に、由加子はすぐさま離れた。富田は名残惜しそうに由加子を見た。

 もしかして、由加子ゆかこは富田に復讐するために、伊澤いざわ商事しょうじに入社したのか。


 私の予感は的中していく。今度はまた違う場面に切り替わる。今度はどこかのスポーツジムに由加子が通っている。健康のために通っているのか。それとも何かあるのだろうか。

ここでも由加子は美人で評判になっている。整形したとはいえ、こんなにも容姿に恵まれた。なのに、死んだのか。

 私はやるせない思いになってきた。由加子はある女性に声を掛けている。

「あの、ちょっとこの器具の使い方が解らないんですけど、教えてもらえます?」

「いいですよ。白井さんだっけ?」

「はい。そうです。加藤かとう梨乃りのさんですよね?」

私は由加子が、自分自身を陥れた人々への復讐をしようとしているのだと思った。

じゃあ、もしかして?嫌な予感が止まらない。

 この先はバッドエンドしかない気がしてくる。


 場面は切り替わり、由加子が加藤の信頼をスポーツジムで得ていく。

「加藤さん。三富川みとみがわ高校の出身なんですね。奇遇です」

「うん。え?白井さんも?えー。全然、気づかなかった。こんな美人なら気づくはずなのに」

気づくはずなどない。由加子は整形しているのだから。

私は二人を見ていると、背格好や体系がそっくりであることに気づいた。

 まさか、そんなことがあるのだろうか。


 私は変な違和感を持ったまま、再び切り替わっていく場面を見るしかなかった。


切り替わった場面は、由加子が富田を口説いている場面だ。

由加子の誘いに富田は夢中になっていく。

「喜多さん。私、喜多さんがほしい」

 由加子は富田を触る。その触り方はいやらしい。

「だ……だめだよ。俺には妻が」

「奥さんなんて関係ないよね。愛には障害があればあるほど……いいじゃない?」

由加子は自分の美貌をフルに使い、富田を口説いている。

確かに綺麗な女性の口説きに落ちない男などいないのではないだろうか。私は複雑な思いで見るしかなかった。


私の憂鬱ゆううつとは裏腹に、再び場面は切り替わる。

今度は由加子と富田がホテルに行った後だ。

 どうやら、本当に関係を持ってしまったらしい。私はやるせない気分になる。

 富田はすっかり由加子に夢中になっている。

 情事が終わり、素っ気無そっけない由加子に富田が後ろから抱きしめている。

「最高だった」

「……そう」

「もしかして、俺、いけなかった?」

 由加子の素っ気無い態度に、富田は焦る。

 由加子は笑い出す。由加子の突然の態度に、富田は戸惑う。

「何?どうしたの?」

由加子は服を着始める。スマートフォンを取り出すと、画像を開く。富田が裸で寝ている写真だ。

「この写真、バラされたくなかったら、百万」

「は?」

「百万くらいだったら、丁度いいでしょう?」

「ふざけんな!」

 富田は由加子の顔を思いっきり殴る。

 由加子はその場に尻餅をつく。

 由加子は睨みつける。富田は笑う。

「だったら、もう一度やらせろよ」

 富田は由加子の腕を引っ張る。

 私は富田の本質が、全く代わり映えしていないことに衝撃を受けた。酷い男は何も変わらない。余程のことがない限り変わらないものだ。

 由加子は再び笑う。

「お前は変わらないなぁ。性欲お化けか?ふふふふ」

「何が可笑しい?」

 富田は由加子の笑いに少し恐くなり、腕を離した。由加子はスマートフォンを手にすると、電話を掛ける。

「あのー、梨乃ちゃん。前に言っていたストーカー男にられそうになって困っているの、来てくれる?今同じホテルにいるんだよね?」

「ふざけやがって」

 富田が由加子に掴み掛かる。私は恐くなってくる。見ていられない。


 見たくないと思った瞬間、再び、画面は切り替わった。


 あの後、どうなったのだろう。

先ほどの富田と由加子の居たホテルだ。

 二人が暴れたのか、めちゃくちゃだ。

 男女の遺体が見える。

男は富田で、女は?女の遺体に向かって、誰かが何かをやっている。音がする。

 何かをぶつけて、血が飛び散っている。

 だんだんとはっきり見えてくる。

そこに見えたのものを私は信じたくなかった。

 私はラピスラズリの青いピアスから手を離した。

 森本は私を見た。私の顔色を心配する。


「凄い真っ青だけど、大丈夫か?」

「ううん。ま、まあ大丈夫かな」

「で。どうだったか?」

森本は私を心配している。私の表情が余程の歪んでいたのかもしれない。

「森本の言うとおりだよ」

「言うとおりって?入れ替わってこと?」

「由加子は顔を変えて、喜多きた礼二れいじいや富田とみた礼二れいじ加藤かとう梨乃りのに復讐した」

私は淡々と言った。森本は息を飲む。

「多分だけど、由加子は加藤を操って、富田を殺させた。で、加藤を由加子は殺した。

その後、冨田が加藤を殺したかのように偽造し、加藤の顔をぐちゃぐちゃにし、自分の服を着させて【白井由加子】が死んだかのようにしたの」

森本は顔を歪ませた。私は由加子の執念の復讐に驚くしかなかった。

これが事実だ。私は見えてきた思い出の話を続ける。

「で、最後に母親から貰ったラピスラズリのピアスを加藤の遺体に着けたの」

「そっか。ごめんな。辛いものを見させてしまって」

「いいの。これが私に出来ることだから。ただ今は一人にさせて」

「ごめんな」

森本は遺留品をカバンに仕舞うと、店を出て行った。私は最後の由加子ゆかこの表情を思い出していた。

 由加子はすっきりした顔だった。由加子はこの後、どうなったのか。

 何処かで生きているのだろうか。そうであってほしい。


 由加子は最後に私の名前「リカコ」と呟いた。

由加子のやったことは決して許されることじゃない。

 ただ、私に知って欲しかったのだろう。

 どんな生き方をしたのか。もう会うことが出来ないかもしれない。

 それでも私は由加子のことは一生忘れないだろう。


ラピスラズリの復讐 (下) (了)

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