琥珀の慟哭(中) 11 (22)


 次の日、電話の音で目が覚めた。私はまだ重いまぶたを開けながら、電話に出る。


「はい。なんでしょう?」

【早朝にすいません。弁護士の古川です】

「あ。どうしました?」


 電話の相手は楠田くすだの弁護士、古川だった。古川の声色は少し元気がなかった。


【あの。川本さんの言う通りでした】

「ん?言う通りとは?」

【楠田君にバレました。彼は言いました。『これ以上余計な真似はしないでくれ。川本に頼むなら古川さんを俺の弁護士から外す』と。私はどうしたら】


 やはり楠田は気付いたらしい。古川の言っていた内容から察すれば、楠田が気付かないはずないのだから。


「解りました。私は止めませんよ。古川さん、私は貴方と接触しないほうがいいでしょう。見た結果は弥生さんにお伝えします。あと、弥生さんにも言ったのですが。私はこの思い出を見終わったら、弥生さんに楠田君にちゃんと会ってくれと」


 きっと、この内容も楠田にはお見通しだろう。けれど、自分が一度でもやるべきと思ったことは曲げたくない。


【解りました。じゃあ、これで。本当に申し訳ございません】

「いいえ。大丈夫ですよ。何とかします」

【本当にすいません】


 私は古川との電話を終えた。古川は恐らく、心から楠田を心配していると思った。

 楠田は孤独じゃなく、古川がいたのかもしれない。

 私は深呼吸をし、店に向かう準備を始めた。


***********


 朝の身支度を手短に終え、私は家を出た。家から川本宝飾店は歩いて行ける距離だ。

 川本宝飾店のある商店街の入り口に入ると、森本ヒカルがいた。


「よう。おはよう」

「おはよう。どうしたの?何か事件?」

「いや、その後、どうかと」


 森本は楠田の事件の進捗が気になってやってきたらしい。


「ううん。まあ、まだまだ先かな」

「そうか。あ、あと、あれだ。お前、昨日?」

「昨日?何?」

「ほら、あれだ。何やっていた?」

「何?って普通に」

「だから違うって」


 私は森本が何を聞き出したいのか、一瞬、わからなかった。森本は苛立ちながら言う。


「あれだよ。たまたま見かけた。ショーシャンクに行ったよな?そこから見えたんだよ。男といたよな?」

「ああ。あれね。あの人は楠田君の弁護士の古川さんだよ。どうやら、古川さんが華子さんから託されたらしいんだよね」

「なんだ。そうか」


 森本は安心した様子だった。私はなんだかその様子が可笑しくて笑う。


「浮気とかじゃないから安心して」

「っ解っているけど。俺だけがお前のことを」


 森本は私の手を取り、見つめた。私は少し恥ずかしくなり、目を反らす。


「そんなことないよ」

「わかってるけど、何か。こう。一方的なんじゃないかって」


 森本はいつもの自信がないように見えた。私はそのギャップに少しだけときめいた。森本は私を思って不安になっている。

 なんだか恥ずかしいが、うれしくなった。

 私は森本の手を取り、抱きしめた。森本の心臓の音が聞こえ、余計に恥ずかしくなった。

 何やっているんだろうと自分で思い、離れようとすると、逆に森本に抱きしめられた。


「今はすこしだけ、このままで」


 私と森本はしばらく、そのままでいた。

 改めて恥ずかしさに心臓が爆発しそうになった。心臓の音がどちらの音か解らず、共鳴する。その音が心地良く、暖かくなった。

 森本は私から離れ、見つめてきた。その表情は穏やかで、これまで見たことない顔だった。


「じゃあな」

「うん」

 

 森本は背を向けて行ってしまった。

 私は少しだけの抱擁をかみしめた。私は気を取り直し、店に向かう。

 私は川本宝飾店に着くと、すぐに鍵を開けて、開店の準備に取り掛かった。

 

 楠田に気づかれた以上、思い出を早く見る必要がある。

 

 営業の時間を午前中だけにし、午後からは思い出を見ることにしよう。

 楠田と華子の身に何があったのか。出来れば、自分が見たいと思った過去が見れたらいいのに。私の能力はご都合通りにはいかない。


 では、見たいと思った過去を見るには何か方法あるのだろうか。

 これまで何度も試したが、できたことはない。


 私は今度こそ、物凄い集中して念じたら思い出が見えるかもしれないと思った。

 能力のコントロールはできている。

 私は試してみる価値があるかもしれないと思った。


琥珀の慟哭(中)11 了

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