琥珀の慟哭(中) 12 (23)


 死刑が確定しても、何も変哲もない。南田みなみだ弘一こういちは独房の窓から入る太陽の光で目を覚ました。

 死刑の執行はすぐの人もいれば、もう何年も執行されない人もいる。

 南田は自分の能力を呪った。【物に触れると思い出が見える】能力。この能力がなかったら、どんなに良かったのか。


 父親、母親は自分に愛情を持ってくれただろうか。

 もしものことを考えても無駄と解っていても、南田は考えてしまった。


 自分の中に、まだ人への思いを諦めて切れていないのだろう。

 南田はため息をつく。先日、古川の差し入れで、自分の事件を川本が関与し始めているのを知った。

 自分の予感が当たったと同時に、言い逃れができなくなると思った。


 南田は古川に「余計な真似をするなら、弁護士を外す」といった。


 古川が動揺していたのが、今でもありありと解る。

 それでも川本は関与を止めないだろう。非常に厄介かもしれない。南田はそれと同時に、川本をうらやましく思った。

 

 自分の信念を曲げない。立ちはだかるものに逃げない。

 自分にはないものを持っている。

 南田は見えた思い出から、川本が数々の人を助けたのを知った。


 

 川本は自分を助けようとしている?


 南田は大きなお世話だと思いつつも、何故か、切り捨てることができない気がした。

 本当のことが明らかになる。南田は複雑な思いで、独房の窓を見た。


**********************


 私は川本宝飾店の営業時間を短縮し、急いで家に帰る。

 午前で営業を終了し、急いで商店街を横切った。平日の昼間は、オフィス街からのビジネスマンが昼食を食べている。

 

 なるべく人に接触しないようにいく。そんな中、声を掛けられた。


「川本さん?」


 私は振り向いた。声の主はショーシャンクのバーテン、倉知くらちりょうだった。


「あ。倉知さん。こんにちは」

「こんにちは。何か急いでいるんですか?」

「ええ、まあ。ちょっと用事が」


 倉知は買い物をしていたようだ。両手にスーパーの袋を持っていた。


「そうですか。あ、何か困ったら僕で良ければ相談乗りますからいつでも!」

「なんか、すいません。ありがとうございます。では!」


 私は倉知に背を向けて、急いで商店街を抜けて行った。

 ショーシャンクの倉知はどんな人なのだろうか。

 倉知は好青年のように見えた。

 先日、話したときはかなり苦労をしてきた青年だと思った。

 早いうちに両親を亡くして、想像はつかないが、苦しいこともあっただろう。


 私は家に着くと、すぐに手を洗い、思い出を見る準備を始めた。

 時刻は午後1時33分。白い手袋をはめて、宝石受けを出す。

 鞄から琥珀のブレスレットが入ったケースを出す。


 ゆっくりと琥珀のブレスレットを宝石受けに置く。

 私はどんな風に念じれば、楠田と華子の間に起きた出来事を見えるのかわからなかった。

 どうすればいいのか。私は琥珀のブレスレットに向かって、心の中で叫ぶ。


『柿澤華子と楠田弘輝に何が遭ったのか教えて!』


 強く念じ、深呼吸をしてから琥珀のブレスレットに触る。

 


 ゆっくりと思い出は見えてきた。


 白髪の姿勢が良く、品のある女性が映し出されてきた。その女性は紛れもなく柿澤華子だった。私は思わず嬉しくなる。

 これでやっと自分の見たい思い出が見られると思った。


 華子が誰かと話をしている場面だった。


「柿澤さん。もし、良かったら、南田くんに会ってもらえますか?」

「南田くんって?」


 華子と話をしているのは、藤山ふじやま利典としのりという楠田の保護観察官のようだ。

 藤山は人の好さそうな顔をしており、聖人のようだった。


「あの。南田くんは少年犯罪を起こして、22歳で出所したんです。で、色々なところで仕事してもうまくいかなくて。で、僕の藤山鉄工所で仕事やってもらっていたんだけど。それでも仕事仲間と上手くやれなくて」

「そうですか。でも、何故、私に?」

「誰にも相談する人がいなくてね。ほら、華子さんは昔、中学校の教師、やってらしたんでしょう?」

「まあ。そうですけど」


 華子は藤山の相談に戸惑っているように見えた。少年犯罪と聞いて、萎縮するのは誰でもそうだろう。

 ただ華子の場合は、萎縮というより心に引っ掛かりがあるように見えた。

 華子の兄は少年犯罪を起こしていたからだろう。


「僕の思った印象としてはね、南田くんはお母さんが欲しかったんじゃないかって」

「お母さん?南田君はお母さんいなかったんですか?」

「いなかったという表現は可笑しいのだが、南田君を置いて出て行ってしまって」

「出ていった?それはまた酷いですね」


 華子は藤山の話を真剣に聞く。

 藤山は華子に楠田のこれまでの話をした。華子は終始、真剣な表情で話を聞いていた。

 華子から、楠田に慈悲の感情を抱いているのがわかった。

 助けてあげたい。華子はそう思ったのだろう。


「わかりました。じゃあ、今度、お会いしましょう」

「いいんですか?柿澤コーポレーションは何か言ってきませんかね?」

「あー。そうですね。美貴子お姉さまの派閥は言うかもしれません。けど、何とかします。私が少し前まであの会社の社長だったので」


 華子の表情は自信に満ちていた。

 若いころの華子は少し弱弱しく、誰かが守ってあげないといけない雰囲気だった。 

 けれど、おばあさんになった華子は逞しく、一家の大黒柱のような空気だった。

 更に私は裕次郎のいじわるな姉、美貴子がまだ存命であることに嫌な気分になった。

 憎まれっ子、世にはばかる。この表現が適正に思えた。


琥珀の慟哭(中)12 了




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