琥珀の慟哭(中) 13 (24)

 こうして、華子はなこと藤山は次の日曜日に楠田に会うことになったらしい。


 場面が切り替わった。

 今度は華子が自宅で家族と話をしている場面だ。

 確か華子は65歳で柿澤コーポレーションを辞任し、その後継者を息子のゆうにした。


 華子の前に、息子のゆうと、その妻が座っている。


「お母様。何を考えているのか。僕には」

「お気持ちは解ります。でもね、私は慈善活動の一環として思っているの」

「だったら何も元少年犯罪者に会わなくても」


 祐は40代前半の、気があまり強くなさそうな雰囲気だった。


「そうよね。貴方は何不自由なく過ごした。私はね、祐。助けられるなら助けたいのよ」

「言ってる意味がわからないよ。お母様。僕らは柿澤の家の人だよ。その名を汚したら、亡くなった祖父母に顔向けできない!」

「貴方の言い分もよく解ります。力あるものが、弱き者を助けるのが良い社会だと思うのです」


 祐は納得がいかない表情を浮かべている。その隣の祐の妻は不安な顔だ。


「前に話したよね?私の兄のことだけど」

「叔父さんのこと?でも、叔父さんとその元少年犯罪者は違くないですか?」

「そうよ。だけどね、祐は解らないわよね。苦労したことがないから」


 華子は少しだけため息をつく。


「今でこそ、この家や会社は私を認めてくれている。私と兄は両親がいなくて、施設に預けられたの。兄はひどく荒れて少年院まで行って、その後は仕事を転々として。私が中学校教師になった年に亡くなった」


 祐は何も言えず、ただ華子の話を聞いた。華子は祐が解ってくれると思い、説得する。


「だからこの元少年犯罪者のことは、どうしても見過ごせないの」

「解ったよ。お母様。ただ危ないことにならないようにね」

「ありがとう。祐」


華子は祐の手を握った。祐は少し不服に思いつつも、受け入れた。


「お母様。美貴子みきこ様には連絡したのですか?」

「美貴子お姉様?ああ。一応ね。何か嫌味を言ってきましたけど、これまで色々あったので私に何も言えませんのよ。美貴子様は。美貴子お姉様の派閥はうるさいかもしれませんが、なんとかなるでしょう。ふふふふ」


 華子は笑った。この何十年により、柿澤家での華子と美貴子の立場は、逆転したのか。

 それはそれで良かったのかもしれないが、少しだけ華子の凄まじいたくましさが垣間見えた。

 主人の裕次郎を亡くし、逞しくなった華子が柿澤コーポレーションを大きくしたのだろう。

 話を終えた、華子と祐、祐の奥さんは夕飯の支度を始めていた。


 祐が柿澤コーポレーションを継いだとは言え、華子を頼りにしているのかもしれない。


 思い出はゆっくりと切り替わった。


 いよいよ、華子が藤山の紹介で、楠田に会う日のようだ。

 華子は白いスタイリッシュなブラウスに、白い帽子をかぶっていた。

 全体的に高そうな服装で、それでいて嫌味のない感じだ。

 華子は車に乗り、運転手に行先を伝える。


「S区にある藤山鉄工所までお願いします」

「華子様。わかりました。今日、お会いになるんですか?」


 どうやら、専属の運転手がいるらしく、名札には『宮城みやぎ』と書かれていた。

 運転手の質問に華子は返事をする。


「はい。そうです」

「そうですか。私は華子様の姿勢に感銘を受けました。中々にできることじゃないですよ。長年、華子様にお仕えしていて本当に驚かされることばかりです」

「全然、すごくないですよ。ただ。私は自分の兄のことを思っているのです」


 運転手は運転席のバックミラーから華子の表情を見る。華子は兄を邂逅かいこうしているのか、目が潤んでいた。


「そうでしたか。私には兄弟というのがいなかったもので、少し嬉しく思います」

「なんかしんみりしてしまいましたね。今日はよろしくお願いいたします」

「かしこまりました。では、出発しましょう」


 車は藤山鉄工所に向かう。

 華子は運転手と会話せず、静かに車の窓から見える景色をぼんやりと眺めた。

 この出会いがどう運命を導いていくのか。

 華子と楠田に何が遭ったのか。私は胸が苦しくなった。


琥珀の慟哭(中)13 了

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