琥珀の慟哭(中) 14 (25)


 車は藤山鉄工所に到着する。華子は鏡で身だしなみを確認した。

 藤山鉄工所は大きめの工場だった。

 結構な敷地一帯が藤山鉄工所の所有地のようだ。


「到着しました」

「ありがとう。宮城さん」

「お一人で大丈夫でしょうか?」


 運転手は華子を心配した。


「大丈夫よ。ゆうに言っておいて」

「承知しました」


 運転手がドアを開けて、華子は降りた。


「じゃあ、宮城さん。帰りはまた連絡します。ありがとうね」

「承知しました。華子様。それでは」


 華子は運転手に一礼をして、藤山鉄工所に入っていく。


 藤山鉄工所の建物はそれほど古くなかった。事務所があり、その奥が工場で、更に奥に社員寮があるようだ。

 華子は藤山鉄工所の事務室の扉をノックする。


「すいません。柿澤華子です。藤山さんはいらっしゃいます?」

「はい。ただいま」


 中から声がし、扉が開けられた。出てきたのは、事務の女性社員だった。


「藤山社長から聞いています。ご案内します。私は三島と申します」

「わかりました。三島さん、初めまして。では、宜しくお願い致します」


 三島は華子に会釈する。華子はそれを返した。三島と華子は藤山鉄工所内に入っていく。

 藤山鉄工所の工場には誰もいない。休日らしい。


 三島と華子は工場を抜けて、社員寮の玄関前に着く。そこで三島が立ち止まり、華子を見る。

 華子は「どうしかしましたか?」と三島の顔を見た。


「私は華子様のことを存じ上げております。不躾なことを言っても」

「不躾なとは?」

「正直、南田弘一とは関わらないほうがいいですよ」


 三島は真剣な表情だった。三島は心の底から、楠田を毛嫌いしているように見えた。

 まるで異質な者を見るような感じだった。


「何故ですか?」

「あ。いや、私が感じたことですので」


 三島は楠田の能力に気づいているのかもしれない。

けれど、「過去を見ることが出来る」と言ったところで信じてもらえないと判断したのだろう。


「感じた?そうですか。それはまたどうして?」

「彼が元少年犯罪者ですし。同級生を襲おうとしていたらしいですから」


 三島は苦々しい表情を浮かべた。華子は三島の顔を見る。


「南田君がどんな罪を犯したか、ある程度は周知しております。南田君自身はよく知りません。ただ私は南田君に会ってみて、これからどうするかを考えてみたいです」


 華子は凛とした表情だった。強く美しい人。それが華子のように思えた。

 三島は華子に気圧される。


「余計なことを言って、すいません」

「いいえ。あなたも思って言って下さったんでしょう。ありがとう」


 華子は上品な笑顔で言った。三島は自分が少しだけ恥ずかしくなったようだ。


「南田君は今、この寮の食堂に居ます。藤山社長が南田君に話してありますので。寮の他の社員は外に出ています。何かありましたら、内線電話で私に連絡ください。お帰りになされる際も私に連絡を」

「解りました。では、後ほど」


 三島は華子に背を向けて事務所に戻っていく。

 華子は少し緊張しているのか、表情が硬くなってきた。何から話していけばいいのか。

 華子は寮の玄関の戸を叩いて言う。


「すいません。藤山利典さんに言われてきた柿澤です」


 華子が声を掛けても、寮の戸から声が聞こえてくることはなかった。


「入りますね」


 華子は一言を言って中に入る。中に入ると、廊下には誰もいなかった。

 入ってすぐに食堂が見えた。人の姿は見えないが、誰かの気配が感じられた。

 華子は玄関で靴を脱ぎ、自身が持っているスリッパに履き替えた。

 華子はゆっくりと食堂に入る。


「お邪魔します」


 華子が中に入ると、沢山ある大きい机のうち、端のほうにある机に一人の男性が座っているのが見えた。

 華子はその男性に声をかける。


「初めまして、私が柿澤華子です」


 男性が顔を上げて、華子を見る。

 楠田の姿を見るのは13年ぶりだが、紛れもなく本人だった。

 子供っぽさはなく、大人になり、苦労の相が顔に出ていた。

 鋭さが抜け、陰りが見える。楠田にも色々あったのだろう。

 陰鬱な表情が、楠田の闇を醸し出していた。


「あ。藤山さんから聞いています。すいません。柿澤さんと俺は話すことないので、帰ってもらっていいですか?」


 楠田は表情を一つも変えずに、華子に言った。

 華子は楠田に目を会わせようとする。しかし、楠田は一点を見つめ、合わせない。


「そう言われても、私は藤山利典さんに言われたからね。でもね、私はここに来たかったのは本当よ」

「………。あなたのような人が来る…場所じゃない」


 楠田は椅子から立ち上がると、食堂を出て行く。華子はその後を追う。


「ねぇ。南田君。私とお話しない?」

「話って。俺はあなたと話すことないです」


 楠田はすたすたと華子を見ずに、自分の部屋に向かう。華子はその後に続く。


「私はね、捨て子なのよ。あなたの気持ち多少は解ると思う」


 楠田は華子の言葉に動きを止める。楠田は振り返る。


「だったら、何ですか?俺の気持ちが解る?その考えは傲慢ごうまんだとおもいますよ」

 

 楠田は華子を睨み、自分の部屋に入って行った。取り残された華子は楠田の部屋のドアを見つめた。華子はドアに向かって言う。


「そうね。傲慢だったかもしれない。私の兄はね、少年犯罪を犯していたの。で、中々、社会で上手くやれなかった。だから、過去に犯罪を犯して、悔いている人の手助けをしたいの」


 楠田の部屋のドアからは何も聞こえなかった。華子は真剣な表情だった。


「まあ。今日のところは帰るわ。じゃあ、またね」


 華子は楠田の部屋のドアを離れ、寮の玄関に向かっていく。

 楠田は音を立てないように、ドアを開けた。華子が玄関に向かっていく姿を見つめた。


琥珀の慟哭(中)14 了

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