琥珀の慟哭(中) 15 (26)

 楠田にとって華子の第一印象はどうだったのだろう。

 私は思ったより、楠田は他の人に想われていたように見えた。


 それは先日の弁護士の古川、それに加えて、楠田に華子を紹介した保護監察官の藤山。

 楠田は孤独じゃなかったかもしれない。

 ただずっと、信用ならない大人と過ごした生活と、「人の本音」を知る瞬間を何度か見たのかもしれない。


 本当のことは、この過去を見ただけで解るものじゃない。

 気に掛けてくれる人がいるのを気付けないほど、楠田の心は闇を抱えていたのかもしれない。


 その心を開放したのが、華子だったのか。そんな気がした。

 まだまだ先がわからない。

 私は思い出の途中で、琥珀のブレスレットから手を離した。


 白い手袋を外し、洗面所で手を洗う。メイクを落とすのを忘れていたので、落とした。顔を洗うと、思考がすっきりとした。


 外の空気を吸うために窓を開ける。入ってくる風が冬を感じさせた。11月も終わる。私は不意に不安になった。

 

 それは【物に触れると過去が見える】能力がこれからどうなっていくのか。


 今のところ、何かの問題はない。

 ただ、この能力による代償があるのではないか。一抹の不安が私を覆った。


 心配しても仕方ない。私は気持ちを切り替えた。

 台所に向かい、コーヒーを入れる。私はそれを飲んだ。

 頭が冴えてくる。


 私と楠田以外に、【物に触れると過去が見える】能力を持つ人間はどのくらいいるのだろうか。


 確か、楠田の能力は父方の祖父からの継承だった。

 じゃあ、私の能力の継承は誰からのものだったのだろうか。


 私は過去を邂逅かいこうする。


 最初に過去が見えるようになった際、母親の由希子はその能力を驚いていたが、自然と受け入れた。

 それはその能力を持つ人を一度でも、見たことがあったのだろう。

 私の能力はどこから来たのだろうか。

 私は母親の兄の、きよし叔父さんなら、それを知っているのではないかと思った。


 受話器を取ると、潔叔父さんの電話番号に架ける。

 呼び出し音が数回鳴った末、潔叔父さんが電話に出た。


「こんにちは、お久しぶりです。リカコです」

【ああ、久しぶり。元気だったかな?】

「ええ。元気です。叔父さんと皆は?元気ですか?」

【元気だよ。リカコちゃんに会いたいって言っているよ。また来てくれよ】


 潔叔父さんは相変わらず元気だった。私からの電話を喜んでいるように思えた。私は意を決して質問する。


「叔父さんに聞きたいことがあるのだけど、いいかな?」

【どうしたんだい?聞きたいことって?】

「実は私の能力って何処から来たの?」


 潔叔父さんは私の質問にしばし、言葉を失ったようだ。沈黙が少しだけ続き、潔叔父さんは口を開く。


【それはね、私たちの母親の姫美子ひみこ、つまり、リカコちゃんの祖母からの継承なんだよ。もっとも、私たちの母の能力は強かった。あまり楽しい話ではない。ごめん】


 潔叔父さんは言葉につまり、涙声になっていた。私の祖母はどんな人だったのだろうか。

 私は祖母の生前を知らない。思えば、祖母の話を母親から聞いたこともない。いつだったか、祖母のことを聞いたら母親は一瞬、眉間にしわを寄せた。

 けれど、すぐに表情を変え、話題をそらした。何が遭ったのか。


「なんか。ごめんなさい」

【いや。いいんだよ。いずれ話さないとけないことだったから。やっぱり由希子は君に話していなかったんだね】

「そうなんです。ふいに、この能力がどこから来たか気になったもので」

【そうか。気にはなるものだよね。私はね、リカコちゃんがこの能力を引き継いだのは宿命だと思う。神様からの神聖しんせいなるもの。正直、リカコちゃんが母親からの能力を引き継いだとき、衝撃だったよ】


 潔叔父さんはゆっくりと静かに言った。その声は穏やかで、重みのあるものだった。


「神聖なるもの。正直、解りません。じゃあ、この能力を持った人は最後、どうなるのでしょうか?」


 私の質問に潔叔父さんは少し息を飲み込む。何かを考えているのか、言葉に詰まっている。


【それは。そうだね。私たちの母親、姫美子は最後】


 電話の途中で、玄関からインターフォンが鳴る。


「すいません。また後でかけ直します」

【ごめん。これは電話で言えることじゃない。近いうちに私たちの家に来てくれないかな?】

「解りました。それではまた」

【ごめんね。待っているよ】


 私は潔叔父さんとの電話を終えた。私は潔叔父さんの言葉が気になった。

 祖母に一体何が遭ったのだろうか。

 母親は何故、祖母の話を避けていたのか。謎は深まるばかりだった。


琥珀の慟哭(中)15 了

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