琥珀の慟哭(中) 16 (27)

 私はインターフォン画面を確認する。


「はい」


 画面には四十代くらいの男性が映っていた。私はそれがすぐに柿澤華子の息子、ゆうだと解った。


【あの。初めまして私、柿澤コーポレーションの代表取締役、柿澤かきざわゆうと申します。夜分にすいません。こちらは川本宝飾店の川本リカコ様のご自宅で間違いありませんか?】

「あの。そうですけど、何か?」


 祐がここに来た理由は、ただ一つ、華子の琥珀のブレスレットの件だろうと思った。


【私の母親の琥珀のブレスレットを持っているのは、川本様だと連絡を頂きまして。それを引き取りに、参上しました】


 母親の遺品を取り返したい。その思いは解る。

 けれど、何となく、祐の場合はそれだけじゃないように思えた。

 別の理由があったとしたら?それは?私はうっすら浮かんだ妄想に一度、蓋をする。


「ええ。そうですけど」

【やはり、そうでしたか。何か弁護士が可笑しな要求をしたとか聞いたものでして。そのブレスレットから過去を見て欲しいだとか。有り得ないですよね】


 祐のその表情は、軽蔑けいべつに満ちていた。普通の人にとっては『過去が見える』いうのは非科学的だ。

 にわかに【過去が見える】能力を信じろというほうが難しい。

 けれど、祐の場合、そういった非科学的なものへの軽蔑心が強いようにも見えた。

 私はここで、自分の能力を黙秘しようと思った。


「過去?何のお話でしょう。私はただの宝石屋です」

【やはり、そうでしたか。お母様の妄想も甚だしいし、古川さんも。それに川本さんの噂聞きましたよ。『過去が見える』とか。私は自分が見たものしか信じません。だから、預かっておられる私のお母様、華子の琥珀のブレスレットをお返しいただけませんかね?】


 インターフォン越しの祐は妙な威圧感があった。

 華子と話をしていたときは、そんな空気を微塵にも感じなかった。

 もしかしたら、今の祐が本当の姿なのかもしれない。


「そうですか。ご遺族であることから取り戻したいというお気持ち、よく解ります。けれど、私はこのブレスレットの状態を見てくれと頼まれましたので」


 私は咄嗟に嘘をつく。今ここで、『過去を見るために預かっている』なんて事を言ったら大変なことになる気がしたからだ。


【そう……でしたか。解りました。また後日、お伺いいたします】


 祐は微笑みながら言った。しかし、その微笑には目が笑っていなかった。

 目は口ほどに物を言う。祐はそれを呈しているように見えた。

 私はふと、華子と祐が似ていない気がした。


「待ってください」

【何か?】

「あの。祐さんと華子さんはどんな親子だったんですか?」


 祐は私の質問に顔をしかめた。何故、顔をしかめるのだろうか。私はその理由が何となく解った。


【どんな。そうですね。普通の親子でしたよ。あ、そうそう。私と母は血が繋がっていないんですよ。私は養子です】

「そうなんですか。何か変なことを聞いてすいません」


 私は自分の直感が当り、複雑な気持ちになった。


【気にしないでください。本当のことですし。正確には中々、子供ができなかったお父様とお母様が、共通の友人の夫妻からの養子です。ちなみに両親は私が生まれてすぐに交通事故で】


 祐の目は何も移していないように見えた。華子と祐は本当の親子のように過ごせたのだろうか。


「そうでしたか。本当にすいません」

【いいえ。いいです。私はお母様と本音で話せたことがないんですよ。けれど、お母様は私を一心に信じてくれた。それに報いたいと思うのです。だから、ブレスレットをと。我儘言ってすいません】


 私は自分のやっていることが、本当に正しいのか一瞬迷う。

 祐にとって華子は、血のつながりはなくとも大切な母親だった。

 その母親を思い、ブレスレットを取り返しに来た。

 その思いは清く、真っ直ぐなものに思える。親子の絆だ。

 けれど、祐に対して、何故か胡散臭さを感じた。

 私は本能的に、ブレスレットを渡しちゃいけないと思った。


「本当にすいません。私も両親を亡くしています。大切な人の形見を持っておきたい。そのお気持ち、良く分かります。けれど、私は約束をしたので。今はお渡しできません」

【そうですか。川本さんのお気持ち、わかりました。では、これで】


 祐はインターフォンに背を向けて、帰っていた。

 私は意外と、あっさり諦めた祐に驚いた。


琥珀の慟哭(中)16 了


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