タンザナイトの夕暮れ時 (上) 5 (5)
ゆっくりと見えてきた思い出はタンザナイトのネックレスがプレゼントされている瞬間ではなかった。東京のどこかの警察署だった。
「お嬢さん。これです。お嬢さんが盗まれたというタンザナイトのネックレスはこれで間違いないですか?」
「はい。これです。ありがとうございます」
「今度から気を付けなよ。列車とか乗っていると
「あ、あの。この犯人ってどんな人ですか?」
「ああ。何か
諒の祖母らしき女性は悲しそうな表情を浮かべた。1970年代は高度経済成長後の辺りだろう。
物が
寧ろ今のほうがもっとも深刻かもしれない。先行きの見えない不安が漂っているようにも思う。
「あの、その人に面会って出来ますか?」
「え?」
「確かにこのタンザナイトのネックレスは私の大切なものです。でも、その人に会ってみたいんです」
「会ってどうするの?被害者が会っても意味ないでしょう」
初老の警察官は呆れた目で見ていた。諒の祖母らしき女性は勝ち気な目で警察官を見る。警察官は首を縦に振らない。
「とにかく、そんな必要ありません」
「解りました。あの、その人のこと、
「全く、甘いですね。こういう人は何回も繰り返しますよ」
「繰り返す証拠、どこにあるんですか?」
「孤児と装って同情を誘う人もいる。僕の経験上の話ですよ。孤児だって装って犯罪を繰り返していた子供が実はお金持ちの家の子だったとか」
諒の祖母らしき女性は警察官の話を真剣に聞きつつも、どこかそれを信用していないように見えた。警察官はため息をつく。
「とにかく。宝石の持ち主のあなたの意見を尊重しますよ」
「ありがとう。おじさん」
「ということですから。書類に必要事項を書いて下さい」
諒の祖母らしき女性は自身の名前を書き記した。その名前は
麗華は納得いかないものの、警察署を後にし、家に帰宅した。
私は思い出の途中で手を離した。
このまま、肝心な思い出が見えるまで時間が掛かってしまうのだろうか。
少し気が遠くなった。どうにか井川の手元に渡ったところを見ることは出来ないだろうか。
私は再び、タンザナイトのネックレスに触れる。ゆっくりと再び、思い出が見てきた。
私の願いは届かず、井川の手元に渡った場面じゃなかった。
麗華が夫らしき男性と話をしている場面だった。恐らくタンザナイトを警察署から持ち帰った夜だろう。夫の雰囲気は少し弱々しいけれど、きりっとした人だった。
「で。このタンザナイトを盗んだ人を君は許したの?」
「うん。裕二。無事だったからいいじゃない」
「それもそうだけどさ。君は本当に甘いよ」
「それ、警察官の人にも言われた。私、甘いかな」
麗華は少しだけ反省している様に見えた。夫の裕二はそんな麗華を愛しい目で見つめた。麗華の頭を優しく
「何か子供扱いだよね」
「そんなことないよ」
「まあ、裕二が買ってくれたやつだから、怒ってもいいのに」
「それは確かに気分が悪いよ。他の奴が勝手に盗んだわけだし。君はその人が反省しているって思ったから許したんだろう」
「そうだけど」
「だったら怒る理由ないだろう。現に傷にならずに君の下に戻ってきた。それで十分じゃないか」
裕二と麗華の流れる空気は甘いものだった。麗華以上に裕二のほうが寛大なのかもしれない。この二人の孫が諒なのだろうか。確定は出来ない。この二人の様子からすると、これを誰かに渡したのではないかと思えてきた。
先は長くなりそうだ。私はもう身を任せることにした。二人はどんな生活を送っていたのだろうか。想像よりも、目の前に見える光景のが早いだろうと思った。
タンザナイトの夕暮れ時(上) 5(5) 了
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