タンザナイトの夕暮れ時(上) 4(4)
琥珀のブレスレットの件以来、
それが理由で私を恨んでいるような宣言をしてからの二年間、特に何もしてこなかったのが少しだけ気味悪い。
私は警戒した。倉知は私を見るなり、行く先を妨害した。
「おい」
「こんにちは」
「何もしねぇよ」
「そうですか」
私はどういう反応をしたらいいか解らなくなる。倉知は私を見つめた。
「何ですか?」
「いや、アンタを
「はあ。そうですか。では、私はこれで」
「なぁ。アンタはその能力を持っていて辛くないのか?」
私は倉知が何を考えているのか解らなかった。恐らくは
何を考えているか解るほうがよほど、辛いのだろうけれど。
「見えることがですか?」
「それしかないだろう」
「辛いですね。見たくないものまで見てしまうから」
「そうか。じゃあ、グロい死体とかも見えるのか?」
「……見えますね。死に顔とか、苦しんで死んでいった人の思い出とか。頭にこびりついて離れないときもあります。あと、長い思い出を見ると、体力を使うんですよ」
「………そうなのか」
「ええ。一週間くらい眠っていたこともあります」
倉知は私の話を信じられない表情で見ていた。衝撃的かもしれない。
見える代わりにエネルギーを使うことになるとは。能力が芽生えたばかりのころは、強烈な眠気に襲われることはなかった。
そんな症状が出るようになったのは、28歳くらいになってからだ。つまり、ここ2年のことだ。
「一週間も?」
「ええ。そうですよ。昔はそんなことなかったんですけど、ここ二年くらいそんな調子です。あの、もう、いいですか?」
「え。あ。すまん」
「あの。あなたの色々あったと思います。あなたが私を恨む気持ちも解ります。ただ、何か困ったことがあったら、力になりますよ」
私は倉知が本当に心から恨んでいないのが解った。
行き所のない感情をぶつけるところがなかったのだろう。親族に殺人犯がいる。
これは生きてくのが辛いだろう。私は当事者じゃないから解らないが、想像以上に世の中の反発や中傷は多いのではないだろうか。どこに行っても殺人犯の
親族という事実は変わらない。倉知は私の言葉に驚いている。
「え。どうして」
「だって、あなたは本当に悪い人じゃないから」
「そうですか。あははは。そうか。ありがとう」
私は倉知の表情が切なく見えた。これまで見てきた様子とは違く、弱々しく見えたその姿は何かに吹っ切れたようだった。
「じゃあ、行きますね」
「ああ。川本さん。さようなら」
倉知は私に背を向けて街のほうに消えて行った。
私はこの時、何故か倉知の後ろ姿が気になった。不意に感じた何かをなかったことにして、私は家路を急いだ。
家に着くと、自宅の電話に留守番電話が入っていた。タンザナイトの持ち主の諒からだった。
【川本宝飾店の川本さんでお間違いないでしょうか。私は
どうやら、私の元にこのタンザナイトのネックレスを持ってきたのは、単純な買取だけじゃなく思い出を見てほしかったらしい。
新太郎が私にそれを聞いてきた時点で予感はしていた。見て欲しい内容は井川が結婚を承諾しなかった原因なのだろう。
一時的にこのタンザナイトのネックレスは井川の手元にあったのかもしれない。
留守録はまだ続きがあった。
【私には結婚を考えていた女性がいました。その女性にこのタンザナイトのネックレスを一度、受け取ってもらいました。けれど、返されてしまったのです。その本当の原因を私は知りたいのです】
留守録はここで終わった。
諒の苦しそうな声色が伝わってくる。諒は本当に井川を想っていたのだろう。
諒と井川に何があったのか全く解らない。私はそんな大それたことをやってもいいのだろうか解らない。重々しく感じた。
井川は未だに
私は電話の子機を取ると、諒に電話をかける。新太郎の話では合宿中だったはずだ。
当然のことながら、留守録音が作動する。留守録のアナウンスに従いメッセージを吹き込む。
「あ、こんにちは。川本宝飾店の川本です。この度は
私は留守録が完了すると、子機を置いた。口を大きく開けて、息を整えた。
井川が婚約を破棄した理由は果たして見えるのだろうか。諒の言うように、「忘れられない真学」が原因なのだろうか。よく解らない。
私は始まったばかりの12月が長い月になるような気がした。
タンザナイトの夕暮れ時(上) 4(4)了
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