トパーズの憂鬱 (中) 2

 

 私は時刻を確認した。時刻は09時34分ごろだった。


「今日は一端、中断しますね。ごめんなさい」

「解りました。じゃあ、また来ます」


 由利亜は名残惜しく言った。私は由利亜の顔を見る。


「あの、学校はちゃんと行ってくださいね」


 私は由利亜に説教してしまった。由利亜は悪態を着くことなく、首を縦に振る。


「解りました。川本さん。それでは」

 

 由利亜はお店の玄関から出ていった。私は少し、安心した。由利亜は見た目が不良のようだけど、性格は真面目だ。

 由利亜の反抗心はんこうしんは、恐らく文芽が本当のことを教えてくれないからだろう。


 私は店の支度を開始した。

 商品を飾っているガラスケースを拭く。

 

 私は、昨日の森本とのやり取りを思い出し、少し恥ずかしくなった。

 まさか森本が私のことを好きだったとは。


 衝撃的だった。何時、好きになったのか。

 最大の疑問に思えた。森本の持っている物に触れたら、それが解るのだろうか。

とにかく、今は仕事に集中しようと思った。


*******************


 店を開ける。特にお客さんがすぐには来ない。

 私は今日の予定と、一週間の予定表を見る。


 今日はクリスマスキャンペーンで渡す景品の【アメジストのピアス】が納品されるはずだ。

 それが来るのが今日の午前中。


 買い取り予約や、来客の予定は無し。


 店に最初に入ってきたのは、南海みなみ啓一けいいち(*アクアマリンのため息を参照)だった。


 私と目が合うと、すごく嬉しそうな顔をした。


「川本さん!」

「あ、南海さん。おはようございます。あの、アクアマリンの指輪、お返ししますね」

「あ、そうでしたね。実は来美くるみからやっぱ売らないでって連絡あったんで助かりました」


 南海は安心した様子で言った。井川は真学が死んだことを知っているのだろうか。

 知っていてもいなくても、井川にとって真学は忘れられない人なのだろう。


「少し待って頂けます?」

「あ、大丈夫ですよ!」


 私は店の奥に行き、金庫に仕舞ったアクアマリンの指輪を取り出す。

 私は白い手袋をはめて、ケースの中身を確認した。

 アクアマリンの指輪は、先日見た時と変わらずだった。


 【物に触れると思い出が見える】能力は、何度も見えない。


 一度、見たら同じ思い出見えることはない。

 けれど、私は何故かアクアマリンの指輪に触れたら見えるような気がした。


 アクアマリンの指輪に触れる。ゆっくりと思い出は見えてきた。


 井川が泣いている場面だ。

 これは正月に真学まなぶと別れてすぐのようだった。


 井川はポケットから、アクアマリンの指輪を取り出している。

 それを河川敷に投げ入れようとしていた。


 井川は嗚咽し、声が枯れている。

 行き交う人は泣いている彼女の様子を見て、複雑な表情を浮かべていた。


 井川が指輪を投げ入れようとした瞬間、それを止める手があった。


「大丈夫?」


 それは井川の親友の敬子だった。


「敬子」

「さっき、真学まなぶくんと遭遇してさ。頼まれて」

「そう」


 井川は目に溜まる涙を拭う。敬子は井川の手を取る。


「真学くんがすまないって。井川が心配だから見てくれって」

「そう。人魚姫みたいに死ぬわけないのに」


 井川は下を向く。敬子は井川の肩を抱いた。


「来美。来美のせいじゃないよ。真学くんが最初からずっと、真理子さん一筋だっただけで」


 敬子は優しく言った。井川は涙を流す。


「最初から負け戦って解ってたけど、本当、辛かった。でも、真学まなぶもそうだったんだよね。きっと」


 井川は指輪を指輪ケースに仕舞う。敬子が言う。


「人の感情はコントロールなんて出来ないから」

「そうだね……簡単に嫌いになれたら楽なのに」


 井川はぼそりと呟くように言った。見かねた敬子が励ますように言う。


「あー。もう今日はとことん付き合うよ!それに恋愛対象は真学くんだけじゃないし!来美!今度、合コン!行こう!そうしよう!」


 井川は涙を流して、敬子に抱きついた。

 井川は本当に真学のことが好きだったのだろう。

 

 真学も井川ことを何とも思っていなかったわけじゃない。

 私はそれが解り、切ないけれど良かったと思った。思い出はそこで見えなくなった。


 私はアクアマリンの指輪を持ち、南海のいる店の玄関に向かう。


 南海は私を見て笑った。


「いやー本当にすいません」

「いいですよ。このまま取りに来なかったらって心配していましたよ」

「あっははは」


 南海は頭を掻いた。南海は仕事が忙しいのか、先日会った時より痩せたように見えた。


「あの、痩せましたね?」


 私は南海にアクアマリンの指輪を渡しながら言った。南海はきょとんとする。


「へ?」

「なんかやつれたような」

「そうです?ま、ちょっと色々あって。心配してくれてありがとうございます」


 南海はアクアマリンの指輪を丁寧に鞄に仕舞った。


「あ!そうだ!あの、川本さん。今度一緒に」


 南海の言葉を遮るように、森本ヒカルが店にやってきた。


トパーズの憂鬱 (中) 2 了

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