琥珀の慟哭(下) 20 (50)
磯貝は華子の動揺を気にすることなく、静音の話を続ける。
「静音は本当にいい奴で、私は彼に頼りきってます」
「そうなんですね。静音さんはいつ、こちらに来ますか?」
「静音は今日、他の案件で外に出てまして。なるべく早い内に私と一緒に、華子様とのミーティングを計画しますね」
磯貝は今回の取引に幸先を見い出しているようにも見えた。
磯貝の思いとは違い、華子の
静音は本当に陸なのだろうか。
華子は磯貝との商談を終え、車に乗り込んだ。
華子は貰ったちんすこうの袋を見つめ、ため息をつく。
ため息を聞いた運転手が華子の顔を鏡から見る。
「お疲れですか?」
「ええ。まあ、その」
「華子様を本当に尊敬します。慈善活動も仕事も。リラックス出来てますか?」
華子はぼんやりと上を向き、息を吸った。
「ありがとう。そうね。リラックス出来ていないわね。あの、柿澤家のお墓まで行ってもらえるかしら」
「解りました」
運転手は元気良く返答すると、車をお墓まで走らせた。
柿澤家のお墓は東京都になく、神奈川県の箱根のお寺にあった。
高速を走らせ、一時間30分くらい掛かった。
お寺は山奥のほうにあり、木々が生い茂り、沢山のお墓があった。
華子は運転手を車に残し、お墓に向かう。
一際、綺麗で大きなお墓が「柿澤家のお墓」だった。
華子はお墓の近くに添えてあるバケツに水を入れ、お酌を持って柿澤家のお墓に向かった。
お墓に水を掛けて洗う。
華子は新しいお花が添えてあるのに気付き、美貴子が来たのかと思った。
華子はマッチに火をつけ、線香に着火させた。
それを線差に置く。手を合わせ、華子は目を
華子は目を開けて、お墓を見る。
「ねぇ。本当に陸は死んだの?死を偽装させたの?」
華子はぽつりと呟いた。
何の返答が聞こえるわけでもなく、風の音が聞こえるだけだった。
しばらく華子はそこで立ち
誰かがやってくる音が聞こえ、華子は後ろを向く。
美貴子だった。
美貴子は華子を見るなり、無言で背を向けて去って行こうとする。
華子が口を開く。
「来ていたんですね」
美貴子は立ち止まり、振り返った。
「弟のこと、許せない?」
美貴子の表情は責めるわけでもなく、ただ憐れみの目を向けて言った。
華子は少しだけ沈黙する。
黙る華子の顔を美貴子は見つめた。
その姿はこれまでの美貴子の様子と違っていた。華子は口を開く。
「……正直、解りません。裕次郎さんを憎むことも出来ませんし、責めることも。生きていたら聞けたかもしれません」
「私が華子さんに意地悪していた理由、あなたのこと嫌いだったから」
「解ってましたよ。あと、何か、美貴子さんはこの家を怨めしく思っているんだなと思っていました」
美貴子は柿澤の家を怨めしく思い、会社の損益になるようなことをしていたようだ。
「気づいていたのね。そうよ。私は裕次郎の狂気が、かつての父親の行動と似ていたから。欲しいものはどんな手を使ってでも奪う。裕次郎はそうやって華子さんを自分のものにね」
華子は美貴子の苦笑を見つめた。
美貴子は年を老いたものの、昔からの綺麗さを残していた。
美貴子の顔のシワが悲しみと、憎しみを秘めているように見えた。
「………やっぱり」
「そうよ。私は正直、今まで気づかなかったのが不思議なくらいよ。裕次郎が亡くなって、あなたは立派に柿澤を大きくしてね。祐がこの間、私に言ってきたのよ、「母さんには実の子がいたんだね」って」
「……美貴子さんは私を笑っていたんですか?」
「……笑っていたというより、何も言えなかったのよ。お父様から釘を刺されたのよ」
「お父様って、時次郎さんですか?」
美貴子は首を縦に振り、苦々しい表情を浮かべた。
「華子さんに告げ口するなら、お前の結婚は許さないと。ま、結局、結婚したい人は出来ずに終わった。 お父様の決めた人と結婚して、子供を生んだ」
美貴子は昔を思い出しながら言った。
華子は美貴子が可哀想に見えた。美貴子は続ける。
「まあ、結局は私の決めたこと。お父様からの見合いを言われても断れば良かったわけだし。充彦を生んだことは後悔していない」
美貴子は自身の運命を受け入れたような表情だった。
琥珀の慟哭(下)20 了
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