琥珀の慟哭(下) 19 (49)


 華子の息子、陸は本当に死を偽装したのだろうか。

ゆっくりと映し出された思い出は、華子が磯貝菊雄と面会している場面だった。

華子は普段の格好よりも正装していた。当たり前だが、仕事の取引だからだろう。

肝心の磯貝菊雄の様子は50代の年相応に見えた。

見た感じの印象としては、我が強くなく優しそうに見えた。

見えるだけで実際の性格は解らない。

緊張しているのか、表情は固い。


「改めまして、こんにちは。私は柿澤なきざわ華子はなこです。磯貝いそがい菊雄きくおさん。今日はよろしくお願い致します」

「華子様。よろしくお願い致します。私は磯貝菊雄です」


二人は椅子から立ち上がり、握手をした。

磯貝は持ってきた茶菓子を華子に渡す。


「これ。沖縄のものです。「ちんすこう」です。よろしければ」

「あ。すいませんね。ありがとうございます。磯貝さんはかつて、うちの会社の社員だったそうで」

「あ。はい。今は故郷の沖縄で、十歳年下の静音しずね理央りおと供にビルオーナーをやっていまして。静音は男性なんですけど。経営が厳しくなって。柿澤コーポレーションを頼れたらなと」


華子は磯貝の言った「十歳年下の静音理央」が気になっているように見えた。


この人物が祐の言う「死を偽装した息子」なのだろうか。


「そうですか。沖縄県って最近、中国人旅行客とかも多くなっていると聞きますけど。どうなんですか」

「そうですね。確かに近年、中国人旅行者は多いですね。ビルオーナーとしては入居者が集まらなくなってしまって。というのも、うちの近くに良いビルができてしまって、そこへごっそり抜けてしまったというか」

「そうですか。じゃあ、磯貝さんとしてはうちと業務提携をして、リゾート開発を考えていると?」

「あ。はい。そうです」


磯貝は元気良く返事をした。

華子はメモとペンを取り出し、何かを書いている。

磯貝は先行きを安心したのか、カバンから企画書を取り出す。


「それについて、まとめてきたので是非、読んでください」


磯貝が企画書を広げた。

企画書には詳細に書かれていた。

磯貝と静音が所有しているビル、土地を使い、新たなリゾート施設の案だった。

沖縄の雰囲気をしつつも、どこかお洒落な構想だった。

リゾートのイメージイラストがとても綺麗で、華子は見入った。

華子は企画書の綺麗なイラストに驚いているようだった。


「とても綺麗ですね。これは誰が?」

「これは静音しずねが描きました。静音は今45歳なんですが、若い頃は画家を目指していたこともあって」


静音が45歳ということは、死を偽装したかもしれない陸と同い年だ。

華子は動きを止める。磯貝は華子の様子を心配した。


「どうかしましたか?」

「っ……。あの、静音さんはどんな方なんですか?」

「静音ですか。何か明るい人ですよ。複雑な事情があるみたいですが」


磯貝はコーヒーを一口飲んだ。

磯貝は華子が静音の絵を大層、気に入ったと思ったようだ。


「複雑な事情。あまり踏み込むのも良くありませんが、家庭的なことですか?」

「ええ。まあ。あまり詳しくは知りません。両親は10歳くらいで亡くなったようで」


華子は息を飲む。

言葉が出ず、冷静さを保つ為に目の前にあるコーヒーのマドラーをかき混ぜた。

やはり、祐の言っていたことは事実なのだろうか。益々、真実味が増してきた。


琥珀の慟哭(下)19 了

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