琥珀の慟哭(下) 21 (51)


美貴子はため息をつく。再び、口を開いた。


「祐から聞いたわ。磯貝さんと共同経営者が、青井陸で今の名前は静音しずね理央りおらしいね。大丈夫なの?」


やはり、静音は陸だったようだ。静音は柿澤が華子の会社と解って、頼ってきたのだろう。

そこにどんな思いがあるのか。華子の不安や、祐の懸念は陸の本心だろう。

陸は単純にビジネスをやりたいのか、華子および柿澤家への復讐を考えているのか。


「知っていたのですね、美貴子さん。正直、陸は何を思っているか解らないです。磯貝さんから陸のこと、少しだけ聞きましたけど」

「そう。まあ、私が陸さんの立場なら……復讐……考えるかもしれない。あ、でも、本当の母親に会いたいと言う願いもあるかもしれない」

「……そうですね。私は正直、陸と離れ離れになったこと後悔しています。自分自身が捨て子だったのに、自身の子供を捨ててしまった………」


華子は涙を流した。華子は手の甲で涙を拭う。


「……私はこれからも誰の味方もしない。勿論、あなたの味方もね。だだ、言いたいことはこの柿澤に捕らわれないことよ。この家は狂っている」


美貴子の表情は深い闇のようだった。

美貴子の言う狂っているはどういう意味なのだろうか。


「狂っている?どういうこと?」

「まあ、いいわ。知らない内は幸せよ。さようなら」


美貴子は踵を返し、姿を消した。

華子は美貴子の後ろ姿を見つめた。

華子は美貴子の発言が気になっているようで、考え込んだ。

華子は運転手が待っている車に向かう。

華子に気付いた運転手が車から出てきた。


「お疲れ様です」

「ええ。お疲れ様。美貴子さんに会ったよ」

「美貴子様ですか。元気でしたか?」


運転手はドアを開けて、華子を後ろの席に座らせる。


「元気でしたよ」

「そうですか。ご病気だというのを聞きまして」


運転手は運転席に乗りながら言った。

もしかしたら、美貴子は余命短いのだろうか。 華子は少し驚く。


「ご病気なの?」

「ええ。何か胃がんらしいです」

「胃がん……それは知らなかったわ」

「余命が半年とかで、もう手遅れだから最後は自宅で過ごすとか」

華子は口元を抑えた。美貴子はもう先がないため、最後にお墓参りをしたのだろう。

もう華子が美貴子に会うことはない気がした。

「思えば、私は美貴子さんと初めて会ったときのことを思い出します」

「どうでしたか?」

「とても気立てが良く優しかったです。でも、ある時から変わりました」

運転手は運転しながら、昔を思い出していた。華子はバックミラーから見た運転手の目元が悲しく見えた。

「それって、結婚したかった人と出来なかったから……ですか?」

「いいえ。何か違うことがあったようで」

「どういうこと?」

「……私からは申し上げられません。すいません」




運転手は申し訳なさそうな表情だった。美貴子が変わってしまった原因は、何だろうか。美貴子が言った「柿澤家が狂っている」なのかと思えてきた。


「そう。ごめんなさいね」

「いいえ。私も変なことを言ってすいません」


それから車内は会話が無くなった。華子は何も言葉が出ず、運転手もただ黙るだけだった。

思い出はゆっくりと切り替わった。


琥珀の慟哭(下)21 了

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