琥珀の慟哭(下) 22 (52)



華子は楠田とレストランで食事をしているようだった。

華子の陰鬱の原因を、楠田は知ってしまったようだ。


「華子さん。大丈夫ですか?」

「……っ。やっぱ南田君にはお見通しか」


華子は楠田に自分の知られなくない過去を見られ、落ち込んだ。 楠田は慌てて宥める。


「……すいません。いたずらに見たわけじゃなくて、その」

「いいの。気にしないで」

「……俺、華子さんの力になりたいです」

「……ありがとう」


華子は楠田に笑ってみせた。華子の目は笑っていない。


「あー。本当にごめんね。今日は南田君が奢ってくれるってのに!明るい話しないと!」

「無理しないで下さい。俺は華子さんにお礼がしたかっただけなんで」

「でも、何か南田君にもあったんじゃない?良いことでしょう?」


華子は嬉しそうに言った。

楠田は華子を前に自身の良かった出来事を話して良いものか戸惑った。


「あ、いや。俺はいいです」

「私に気を遣わないで。教えて」

「あの。解りました。実は昇格しました」

「良かったじゃない!閣楼で店長になったの?」

「ええ。お陰様で。華子さんがあの時、助けてくれなかったら、俺は」


華子は楠田を良く思っていなかった磯田や、他の店員を説き伏せた。

楠田はその出来事を見たのだろう。華子は微笑む。


「南田君は本当に何もかもお見通しなのね」

「……だから俺は華子さんの力になりたい」

「……ありがとう」


華子は涙を流した。楠田は華子を心配そうに見つめた。


「しっかりしないとね」

「実の息子さんに今度、会うんですね」


楠田は華子の顔を真っ直ぐに見た。楠田は既に華子の過去を全て見たようだ。

華子は楠田の言葉に驚きつつも、苦笑した。


「……そうよ。けど、本人はどういうつもりでいるのかなと」


楠田は少しだけ沈黙した。


「……俺、昔は母親を恨んでました。何で俺

を毛嫌いし、棄てたのか。でも、今になって思うんです。全てを見透かされるって恐いんだって」


楠田はゆっくりと真剣に言葉を発した。

その言葉は本心からのように思えた。


「全てを見透かされて、陽の目を浴びるような。知られなくない過去がある人からすると苦痛でしかない。俺はそれらを意図せずに見えてしまう。だから、勿論のこと、彼女が出来ても続かない。まあ、俺自身が元殺人犯だからってのもあるけど」


楠田の目にはうっすらと涙が見えた。楠田は続ける。


「今は恨んでないし、寧ろ生んでくれたことを感謝している。この能力だって何かに役立てられるかもしれないって。でも、やっぱ難しくって。だから、何も見てない振りしているけど」


楠田は初めて自分自身の本心を華子に話しているように見えた。

楠田なりの華子への励ましなのかもしれない。

華子はそれが解り、少しだけ笑った。


「なんか、ありがとう」

「いえ、俺は別に。俺は華子さんに出会えて良かったです。恩は絶対に返したい」

「恩か。そんなに重く思わなくていいよ」


華子は笑いながら言った。楠田は真剣だった。


「俺は華子さんに出会わなかったら、また刑務所だったと思う」

「そんな大袈裟な」

「……華子さんに出会えて、この能力ごと自分自身を受け入れられるようになりました」


「……そう。それは良かったわ。でも、本当に南田君は変わったね」

華子は楠田のことを逞しく思ったようだ。楠田は少しだけ、照れているようにも見えた。


琥珀の慟哭(下)22 了

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