琥珀の慟哭(下) 23 (53)


華子は楠田との食事を楽しんだ。

楠田も華子との食事は楽しかったようだ。

デザートが運ばれてきて、華子が言う。


「もしも、南田君のお母さんが会いにきたら、南田君はどう思う?」


華子はずっと聞きたかったらしい。楠田は少しだけ、黙る。

返答を考えているのか、目は一点を見つめた。


華子は慌てて話題を変えようとする。


「ごめんね。こんなこと、聞くべきじゃなかった。話題を変え」

「今は正直、解らないです。でも、親に会いたいと思う子供は多いと……思います。俺は母親が欲しかったのかもしれません」


楠田の言葉を華子は真剣に聞いた。

華子は楠田の言葉に嘘がないと思った。


「……そう。ありがとう」

「いえ。俺は実際、母親を前にしてどう思うか。解らないです」

「そうね。私は捨て子だったけど、正直、親ってどういう姿が正しいのか解らないわ」


楠田は華子のすべての事情を知っているのだろう。

楠田が華子を見つめる目は、心配しているように見えた。

華子は察したのか、笑って見せる。


「南田君は全てを知ってしまったのね。大丈夫よ。何も心配いらない」

「俺は華子さんの味方です」

「……ありがとう!」


こうして、華子と楠田は食事を終えて帰って行ったようだ。

華子と陸が再会するのは一体、何時なのだろうか。


思い出はゆっくりと切り替わった。


華子の心労はかなりのもので、顔色が良くなかった。

今日は静音しずね理央りおとなった、実の息子、陸に会うらしかった。

ビジネスマンが商談で利用するらしい喫茶店だった。

華子は店員に促されるまま、窓際の席に座る。


「あとで一人来ます」

「はい!解りました」


店員は華子の言葉を聞いて、元気良く返した。

華子は窓から見える景色をぼんやりと眺める。お昼過ぎで客の入りはそれほど多くなかった。

華子は注文してきたコーヒーを手に取り、それを飲む。


しばらくすると、スーツの男性が近く付いてきた。 

華子はその男性の方を見て、椅子から立ち上がる。

男性は長身で、姿勢が良く切り揃えられた髪 の毛が綺麗だった。

男性は華子に気づき、少し緊張しているようだった。

顔は端正な雰囲気で、はっきりとした目をしていた。

華子はこの男性が陸だと解ったのか、涙を流す。


「……大丈夫ですか?」


男性は華子に近づいて言った。華子が言う。


「なんて言ったらいいんですかね。ごめんなさいね」

「いえ。僕の方こそ。あの」 


男性は本当に陸なのだろうか。

男性は何を言ったらいいのか解らないようだった。華子が言う。


「私が柿澤コーポレーションの元役員、柿澤華子です。今日はよろしくお願いいたします」


華子は丁寧に挨拶をした。

男性は少しだけ、華子を見ると、微笑んだ。

その表情は爽やかだった。


「はい。僕が静音しずね理央りおです」

「知っているわ。じゃあ、こちらに座って下さい」


華子は静音を椅子に座らせた。

静音は華子の言う通りに座る。静音の表情は穏やかだった。

華子は淡々とビジネスの話を続け、静音も真剣にそれを聞く。

あくまでも華子は仕事をしに来ているという態度だった。

華子は一端、ビジネスの話を終えると、店員を呼ぶ。


「すいません。注文を」

「はい」


店員が元気良く、華子と静音の席にやってくる。

華子が店員に言う。


「コーヒーをこちらの人に」

「畏まりました」


店員は注文を紙に書き、厨房へ消えた。


「静音さん、注文しちゃったけどコーヒーでいい?」

「あ、はい」

「そう。良かった」


華子は安心して表情を和らげた。静音は釣られて笑った。

華子は静音の顔を見る。静音は視線に気づき、言う。


「華子さん。お伝えしたいことが」

「……解っているよ。あなたは私の息子、青井陸なんでしょう?」


華子は直球的に言った。

静音はやはり、陸だったらしい。陸は驚いた。


「……そうです。あの、言わなかったのになぜ?」

「……そうね、ずっとあなたと離れ離れになったことを後悔しているのよ」


陸は泣きそうな表情だったが、ぐっと堪えた。


「そうですか。僕はあなたに会いたいために、柿澤との接触をしたいと思っていました。まだ子供だった僕は、何も解らず親戚の言うとおりにしました」 

「そう。本当にごめんなさいね。あの時、どんなことになろうとあなたを手放さなければ」


華子は涙を流す。

陸は華子にハンカチを差し出した。


「正直、僕はあなたを一時、恨みました。何で、自分には母親がいないんだって。更には名前を変えさせられた。何でって」


華子は陸の手を掴む。華子は更に涙を流す。


「本当にごめんなさいね」 

「いいえ、僕は母にも事情があると思っていました。親戚は母のことを悪く言いました」

「そう。私はあなたに恨まれても仕方ないと思っていたわ」


陸は手を握り返した。

陸の目的は華子に会いたいためだったようだ。その言葉には嘘がないように見えた。


「あの、お母さんって呼んでいいですか?」

「……ええ。喜んで」

「……お母さん」


陸は照れながらも華子を呼んだ。

華子は感激しながら、涙を流す。

感動の親子の再会のように思えた。


琥珀の慟哭(下) 23 了



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