琥珀の慟哭(上) 10 (10)


 私は気持ちを切り替え、再び、琥珀のブレスレットのケースに触れる。思い出はゆっくりと見えてきた。

 あの後のことだろうか、今度は弥生が居間でぼんやりとしている場面だった。

幸也は仕事で家にないようだ。

 どうやら、弥生と幸也の間には子供がいないらしい。

 弥生は手紙と琥珀のブレスレットを引き出しから出す。

 てずにいたからこそ、今こうして、私の手元にある。

 弥生にも少しは母親としての思いがあったのだろうか。

 弥生はため息をつく。どうしたらいいのか迷って見えた。

 テレビを着けた弥生は、それをぼんやりと見つめている。

 

 弥生の目には輝きがない。死んだ目をしていた。

 昼間のワイドショーがタイミング良く、楠田くすだの情報を流し始めた。


南田みなみだ弘一こういち容疑は依然、黙秘を続けております。南田容疑者は今から13年前の未成年の時に母子殺傷事件、スーパーでの傷害事件を起こしています』

『これについて、犯罪心理学者の田崎たざきさんどう思われますか?』


 犯罪心理学者と思われる人物が口を開く。


『そうですね。南田容疑者は完全なるネグレストの家系だったと思われます。子供時代の愛情不足による社会性の欠如だと思います。今回の件で再犯ですが、南田容疑者が黙秘しているのは、ただ単に犯罪を自分のものだけにしたいだけど思いますね』


 犯罪心理学者はさも自分の意見が正しいかのように言った。司会者の男性がその言葉をしみじみと聞いていた。


『犯罪を自分のものだけにしたいとは?』

『つまりですね。南田容疑者は自分のやったことは自分の中にだけ留めておきたいんだと思います』


 私はこの犯罪心理学者の意見が検討違いに思えた。本当にそうなのだろうか。弥生はそのテレビを呆然あぜんと見つめた。弥生は口を開く。


「有り得ない」


 弥生は涙を流した。弥生は楠田を信じているのか。

 弥生はテレビを消すと、スマートフォンを出すと何かを検索し始めた。

 何を検索しているのか。私は気になった。弥生はため息をつく。

 もしかして、楠田を助ける方法を探しているのか。

 わずかに残る、弥生の楠田を思う気持ちを信じたかった。

 きっと、この思い出は二年前のはずだ。

 

 弥生が私のところにたどり着くまでに二年が掛かったのはなぜだろう。


 幸也が家に帰ってきた。


「ただいま」

「あ。お帰りなさい」


 弥生は咄嗟に琥珀のブレスレットのケースと、手紙を隠した。幸也はその様子を見つめた。


「何隠したの?」

「……。ごめんなさい。なんでもない」

「まさか」


 幸也は弥生の隠した手を引っ張り、それを見る。


「棄ててなかったんだね」

「……棄てられない。だって」

「君はどうしたいんだ?」

「私は……やっぱり、弘輝を……助けたい」


 弥生は震えながら言った。幸也は苦々しい表情を浮かべる。


「助けたいっ。君に何が出来るんだ?」

「何もできないってどうして決めつけるの?」

「とにかく。それは棄てるんだ。いいね?」


 幸也はそれを取り上げ、棄てようとする。弥生はそれを止めた。


「止めて。お願い」

「解ったよ。だけど、これだけはっ。うっつう」


 幸也は急に苦しみ始めた。幸也は胸を押さえながら、その場にしゃがみこむ。

 弥生は幸也を支える。


「ちょっと大丈夫なの?ねぇ」

「あ、はぁ。ごめ……ん。最近、調子悪っくて」

「会社の健康診断ではどうだったの?」

「何も異常はなかった。ただ……。苦し……」


 幸也は意識を失ったようだ。弥生は救急車を呼び、それに付き添った。

 幸也は何かの病気でもしているのだろうか。


 思い出はゆっくりと切り替った。


 今度は弥生が電話を受けている場面だった。


「はい。そうですか。解りました」


 幸也の病状の連絡を受けたようだ。弥生は深刻な表情を浮かべている。

 幸也が恐らく救急車で運ばれてから、どのくらいか経過してるように思えた。

 幸也の病状は結構悪いのかもしれない。電話を終え、弥生は涙目になっていた。


「手術はいつに?あ。はい。はい。解りました」


 弥生はカレンダーに手術と記載した。

 2016年08月12日のところにしるしを打った。

 もしかしたら、幸也の病状が悪く、それの看護をするために二年も費やしたのかもしれない。

 弥生は手を合わせ、祈るように目をつむった。

 幸也が何の病気だったのか気になった。

 弥生の必死さを見る限り、手術はかなり大きいものなのだろう。


琥珀の慟哭(上)10 了

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