琥珀の慟哭(上) 11 (11)
再び、思い出はゆっくりと切り替った。
今度は弥生と
あれからどのくらい経過しているかわからない。カレンダーが見えた。
2018年だった。幸也は明らかに弱って見えた。かなり体が細く、不健康そうだった。
幸也が弥生に言う。
「弥生、俺の看護に付き合ってくれてありがとう。あれから二年が経過したね。君も気付いていると思うけど、俺はもう長くない。余命が先刻されている。余命一年。上手くいけば、それ以上生きられる。だから、弥生の悔いのないように生きて欲しい」
「悔いって。幸也こそ、私に我慢しないで色々言ってね。だって」
「ああ。そうだな」
弥生は辛そうな表情で言った。幸也が言う。
「なぁ。弘輝くんのことはどうなった?」
「弘輝のことは。それよりもあなたとの時間が」
「俺、ニュースで見た。死刑が確定したって」
「……私も知っているわ。だけど、どうにもできそうに無い」
弥生の顔色は悪い。楠田の判決はかなり重い。
「そうかな。俺はもう長くない。けど、弘輝くんは二十八歳だ。まだ若い」
幸也は頬がこけ顔で真剣に呼びかけている。
「でも、あなたはあのブレスレットと手紙、棄てろって」
「言ったよ。けど、俺はそれを君に強要したのを後悔している。
君が精神的に強くないから、それと向き合うとダメになると思ったんだ。だからさ。でも、今は君がそれとちゃんと向き合わないと絶対に後悔するんだ。だって、死んでしまったらもう、終わりだよ」
弥生は涙を流した。幸也は細い腕で、弥生の肩を抱く。弥生はそれに身をゆだねた。
恐らく、幸也は何かしらのガンに侵されているように見えた。
「そうね。ありがとう。実は棄てていないの。棄てられないから」
「よかった。俺は君が棄てていないと思っていたよ」
「解った。私、なんとかしてみせる」
「ああ、そうしてくれ。俺のためじゃなく、君が母親として弘輝くんを助けることが弘輝くんの心を救うと思うんだ」
「解った。そうするわ」
弥生は幸也の手を握り、決意したようだ。
二年間の空白があったのは、幸也が
私は楠田が死刑になって、急に慌ててやってきたと思っていた。
私は誤解していた自分を少し、悔いた。
このことがきっかけで弥生は私に行き着いたのか。
弥生の思い出はここで見えなくなった。
************************
南田は
「お前は死刑になって当然だ」
「………」
南田は何も答えない。無視されたと感じた看守はキレ気味に言う。
「気取ってるんじゃねぇよ。クズが。お前は
南田は看守のほうを向き、にらみつけた。看守は少し怯む。
「っなんだ。その目は」
「………哀れですよね。アンタこそ。アンタのお子さん、本当にアンタの子供ですか?」
南田は看守に近づく。
「お前に関係ないだろう!」
「……っははははは。アンタも同じだ。俺と同じ」
南田は看守の制服に触れて、更に言う。
「アンタの奥さん、今頃、別の男に毎夜、鳴かされているかもな」
南田は大声で笑った。看守は南田が恐くなり、その場にしゃがみこむ。
「どうしたんですか?俺が恐いですか?お・ま・わ・り・さ・ん」
「気色悪い!黙れ!」
看守は南田の服の
「どうした?
「伊藤さん。何でもないです。南田が奇声を上げていたので、注意したまでです」
南田は看守の幸田を笑う。
「おい、静かにしなさい。南田」
看守の伊藤が南田を見た。南田は目が合うと、表情を変えず言う。
「……はいはい」
「死刑になって精神が可笑しくなるのは解る。けれど、君が殺害した人の家族はそれ以上に苦しいんだ。解るかな?」
「………。そうですね。すいません。俺、幸田さんとは合わないみたいなんで、変えてもらえます?」
南田は伊藤の顔を見た。伊藤は南田の無表情さが少し、不気味に見えた。
「そうか。解った。じゃあ、俺が担当しよう」
「話、わかりますね。伊藤さん。よろしくです」
南田はわざとらしい言い方で言った。幸田はその様子を不愉快に見た。伊藤が幸田に言う。
「幸田。そういうことだから、俺が上に言っておく」
「解りました。あの、伊藤さん。この男には気をつけたほうがいいです」
「何をだ?」
「何でもないです」
幸田は南田の能力に気付いたのか、南田を見る。視線を感じた南田は奇妙な笑いを浮かべた。
「なんでもないです。俺の勘違いです」
幸田は伊藤と南田の前を去って行った。南田は再び、笑い出す。
「っはははははははははは。面白っ」
「おい。静かにしないか」
「すいません。伊藤さん。俺、幸田さんみたいな奴大嫌いで」
「好き嫌いは解るが、警察官をからかったらいけない」
南田は伊藤の説教をうざったく思った。しかし、幸田よりはマシだと思った。
「はいはい。そうですね」
「あのな。警察官とか抜きに俺、個人で聞くけどいいか?」
「何ですか?質問内容によっては答えませんけど」
南田は
「お前は本当に、磯貝さんを殺害し、柿澤さんに危害を加えたのか?」
「なんだ。そのこと?もう解り切ってますよね。伊藤さんもしつこいなぁ」
南田は頭を掻いた。その質問に答える気は無いようだ。伊藤が続けて言う。
「そうか、すまなかった。お前を見えていると昔、自分で罪を被ったやつに似ているんだよ」
「そうですか~。伊藤さんには関係ないですよ。警察は事件を解決できればいいんですから。すいません。一人にしてもらえますか?」
南田は胡坐を掻き、目を瞑った。
「解った。じゃあ」
伊藤は南田の独房を去った。南田は目を開け、その後ろ姿を見つめた。南田はため息をつく。
南田は幸田から言われた「気色悪い」という言葉を
南田は思い出していた。
いつだったか、自分の本当の母親が「気色悪い」と自分を罵った。
南田は「気色悪いってか」とつぶやき、目を閉じた。
琥珀の慟哭(上)11 了
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