琥珀の慟哭(上) 9 (9)


 私は2005年のことを思い出していた。

 私はひょんなことから、江波えなみ梨々香りりかの虐待を知り、児童相談所に通告した。

 それから梨々香が父親から虐待の事実が学校中に広まる。

 その時、楠田は梨々香が自分同じ境遇の人だと思った。

 けれど、梨々香は楠田と違い、母親の梨果子りかこに愛されていた。

 

 楠田は梨々香の母親を殺し、梨々香にも危害を加えた。

 更には、逮捕される前、スーパーでかなり暴れた。幸い、殺人にはいたらなかったが、4人は刺していた。

 楠田自身のやったことは許されることじゃない。

 

 私は同じ能力を持つ人間とし、楠田を放って置けないと思った。

 私はスマートフォンを取り出すと、『ビルオーナー殺害 南田弘一』と検索した。


 いくつかのサイトが検出された。どのタイトルも楠田が犯人だと断言しているようだった。

 私は冒頭に来たサイトをタップした。

 

 ページを開くと、楠田の詳細なプロフィールが書かれていた。

 勿論のこと、2005年の詳しい事件の詳細もあった。

 私は楠田の【物に触れると過去が見える】能力が吐露されているかと思った。

 けれど、そんな情報はなかった。

 記事は楠田を叩くような書き方だった。

 楠田は本当に磯貝いそがいを殺害したのだろうか。

 磯貝が殺害され、華子は怪我をし、楠田がいたところを警察に逮捕されている。

 当時の状況を楠田は一切、沈黙し、ただ「俺が殺った」と話すだけだったらしい。

 楠田の弁護士は2005年に楠田を弁護した時と同人物らしい。さすがに弁護士の名前まではわからなかった。

 

 この事件は一体、どういう事件なのだろう。

 私はスマートフォンの画面を閉じて、充電器を着け、机に置いた。

 手を洗い、白い手袋を手に填める。

 

 琥珀のブレスレットが入っているケースを机の上に置く。

 ケースに触れると、思い出がゆっくりと見えてきた。

 

 弥生とその旦那が話している場面だった。

 どうやら、先ほどの弥生が発作を起こし、呼吸困難になった後のようだ。


 

「触れると過去が見えるって、にわかに信じられないよ」

 

 弥生の旦那が言った。弥生は下を向く。


「そうね。私には全くその能力なんてないのよ。でもね、弘輝の父親の弘太こうたが言っていた。「俺の父親には過去が見えた。だから、父親が嫌いだった」って。だから、精神的に不安定で弘太は嫌っていたわ」


 旦那はその話を聞いて、複雑な表情を浮かべた。弥生が言う。


幸也ゆきや。私、どうしたらいいか解らない」

「どうたしらって?難しいな。君のせいじゃないよ」

「君のせいじゃない!君のせいじゃないって何なのよ!解った口利かないで!」

 

 弥生は声を荒げて、暴れ始めた。旦那の幸也は弥生を落ち着かせようとする。


「落ち着け。落ち着くんだ」

「落ち着いてなんか……居られない」

 

 弥生は泣き始めた。私は弥生の未熟さに少し呆れた。


「俺だけはお前の味方だ」


 幸也は弥生を抱きしめた。しかし、弥生はそれを突き放す。


「一人にして!」

「解った」


 弥生は一人で寝室に篭った。幸也はため息をつく。

 弥生の居る寝室のドアを見つめた。


 どうして、幸也は弥生と結婚したのだろう。

 二人の間にどんなことがあったか、解らない。

 ただ私の中で、弥生への好感度が下がっているから疑問に思えてきた。

 弥生の泣いている声がする。幸也はただ寝室の前のドアに座りこんだ。

 次第に、弥生の泣き声は聞こえなくなった。幸也はドアに耳を当てる。


「弥生?どうした?」


 幸也が呼びかけても弥生の声は聞こえない。弥生は何をしているのか。

 いやな予感がした。幸也はドアノブをねじる。

 開かなかった。


「っくそ」

 

 幸也は二回ほど、ドアに体当たりをして中に入った。

 やっとのことでドアが開いた。


「何をやってるんだ!」


 幸也は弥生がカッターナイフを持っている腕を掴んだ。


 「もう、終わりたい」


 幸也はカッターナイフを中々離さない弥生と悪戦苦闘する。

 弥生はその拍子で、幸也の右頬をカッターナイフで傷つけてしまった。赤い血が滴る。

 幸也は頬を触った。


「……ごめんなさい」

「いや。いいんだ。とにかく、カッターナイフを貸しなさい」


 弥生は幸也の血が着いたカッターナイフを幸也に渡す。


「自殺なんて……辞めてくれ。お願いだ」


 幸也は涙を流して、弥生に訴えた。弥生は幸也に抱きついた。


「ごめんなさい」

「なぁ。君のせいじゃない。これはもう棄てよう」

「え?」

「これのせいで、君は可笑しくなっているだから」

 

 弥生は幸也の言葉に一瞬、言葉を失った。


「解った……」


 幸也は弥生を抱きしめた。二人して、涙を流していた。

 私はやるせない気持ちになった。

 楠田のことを思って、託した華子の気持ちはどうなるのだろう。

 私はケースから手を離した。



 電話が鳴った。ナンバーディスプレイには春木と書かれていた。


「こんばんは。どうしました?」


 私は電話に出た。


【えっと。すいません。夕飯時に。あの僕が川本さんに依頼した過去を見て欲しいってお客さんのことですけど】

「ああ。あれですか。今日来て、早速見ていますよ」


 春木の声色は少し元気がなかった。


【何か訳ありっぽかったので結構心配で】

「いいですよ。春木さんも詳細を聞いていなかったのでしょう?」

【ええ。まあ。困ったことがあったら、いつでも僕に連絡くださいね】

「ありがとうございます」


 春木は私を心配して電話を架けてきてくれたようだ。確かにかなりキツイ依頼だ。

 かつて、自分が罪を暴いた楠田の過去を見なくてはいけない。

 更に言えば、楠田の本当の母親、弥生の身勝手さに嫌気が差しているのは事実だ。

 楠田の今回の事件を一般社会の人々は、好奇な目を向けているように思えた。

 先ほどの検索結果が一番、それを象徴としているようだ。

 

 事件が起きたとき、多くの人は犯罪者のバックボーンを面白可笑しく掘り下げる。

 犯罪を犯す犯罪者を成敗することに熱中する人が多い。

 だから、平気で事実かどうか怪しいことも信じるし、デマを流す。

 誰か一人でも楠田の声に耳を傾けていれば違っていたのではないかとすら思えてきた。

 私も人のことはよく言えない。

 ただ何かできることがあるとしたら、今はこの琥珀のブレスレットの過去を見るしかないだろうと思えてきた。


琥珀の慟哭(上)9 了

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