琥珀の慟哭(上) 8 (8)
弥生が最初に言っていた通り、柿澤コーポレーションの元役員の柿澤華子は、慈善活動を行っていた。
その中で、保護監察官の
楠田は出所後、何度も仕事を辞めて、安定した生活はしていなかったらしい。
藤山はそんな楠田を心配し、華子に相談した。
華子は柿澤の家に入る前、教師をしていたそうだ。
心を開かなかった楠田も、次第に華子を慕うようになったらしい。
華子の家族は楠田との付き合いを良く思わなかったらしい。
けれど、華子が脳梗塞で倒れた際、楠田の迅速な手当てにより後遺症もなく助かった。
それからというもの、華子の家族も楠田を少しだけ見直したようだ。
【華子さんは弘輝を棄てた私を責めず、弘輝を褒めていました。なんというか。私は………。自分が恥ずかしくなりました】
「……そうですか。あの、つかぬ事をお聞きしますが、弥生さんは楠田弘輝さんが少年犯罪を犯した際、面会をされましたか?」
私は弥生を責めたいわけじゃない。ただ、弥生が楠田に親としての役目を果たしていたらと思うとやるせない気持ちになった。
楠田が少年犯罪を犯すことはなかったのではないかとすら思えてきた。
弥生は沈黙した。弥生は私の質問に答えられないのだろうか。しばらくして、弥生は口を開く。
【何度も面会に行きました。でも、その度に断られました。その内に私自身もマスコミに追われるようになって………。私は面会を諦めました】
「諦めた?」
【はい。手紙を出そうと思っていた矢先に、私はパニック障害と摂食障害になり、入院しました。手紙を出すタイミングもなくなり、私は手紙を出さなかったです】
「そうですか」
私はその後の言葉が見つからなかった。
私は弥生の言い分に呆れた。楠田のことで、精神を病んでしまったのは同情する。けれど、弥生の身勝手さにため息が出た。
先ほど見た思い出でも、楠田を弥生は「気持ち悪い子」だと言っていた。
それが弥生にとっての楠田への思いなのだろう。
楠田に死刑が求刑され、自分の責任になるのでは?と思っているのか。結局、自分勝手なのだろう。
私が言葉を発さないことで、弥生は焦った。
【あの。私は手紙を読んで弘輝と向き合わなかったのを後悔しました……。気持ち悪いと思って棄てた。だから】
「解りました。弥生さんのお気持ちは。すいません。電話を終わりにさせていただきます」
【川本さ…】
弥生がまだ何かを言いたそうだったが、私は電話を切った。
嫌な気分になった。
楠田の犯した犯罪は許されることじゃない。けれど、楠田自身にも境遇の悲惨さがある。
預けられた親戚の家で、蛇気にされ、誰からも必要とされないと少年ながらに思ったのだろう。
楠田自身にしか、その思いは解らない。柿澤華子との出会いは、楠田にとって良いものだったかもしれない。私はそうであってほしいと願った。
琥珀の慟哭(上)8 了
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます