トパーズの憂鬱 (下) 5
私は和義の不器用さが可哀相に思えた。和義は心から美砂子を思っている。けれど、その重すぎる愛が故、過激になってしまったように思えた。
美砂子は和義を見る。
「恐いよ。けど、私を思っていてくれるのは解る。今は少しだけ、距離を置こう」
「…………解った」
和義は美砂子の言葉が重く感じた。
和義は寝室から毛布を取り出すと、ソファーにいる美砂子に渡す。美砂子は顔を見ずに、それを受け取った。
「ありがとう」
「うん。おやすみ」
二人はそれぞれ、別々に眠る。居間のソファーと、寝室。
美砂子と和義の二人の距離が、それ以上あるように思えた。
居間の時計の音が多く聞こえる気がした。
タイミングよく、由利亜が鳴く。
その声に美砂子は由利亜が眠るベッドに向かう。
「よしよし。どうしたのかな?」
美砂子はあやすが、泣き止まない。
二人の不穏な空気を察知したのか、解らない。
美砂子は泣き止まない由利亜に困り果てていく。
和義が寝室から出てくる。
「大丈夫か?」
「ごめん。起こしちゃって。お腹すいているようにも思えないし、オムツでもないし」
美砂子は由利亜をあやすけれど、泣き止まない。
「いいよ。ちょっと俺に抱かせてくれ」
「わかった」
美砂子は和義に由利亜を抱かせた。何故か、由利亜は泣き止んだ。
美砂子はその様子を見る。和義は由利亜が泣き止んだのを愛おしそうに見た。
「ありがとう」
美砂子は和義にお礼を言った。
「いや。恐い夢でも見たのかもしれないな」
「そうかもね」
和義は美砂子に由利亜を返す。美砂子は由利亜をベッドに寝かした。
和義はその様子を見つめた。美砂子は和義と目が合うと、咄嗟に反らした。
「あのさ。俺は美砂子と別れたくない。俺は由利亜の父親じゃない。けど、本当の娘のように思っているし。叶井の件については、頭に血が上ってしまったというか。その」
和義が言い終わる前に美砂子が遮る。
「和義の気持ちは解ったから。今は少しだけ。ごめんね」
和義は美砂子を見る。和義は美砂子の気持ちを解っているものの、どうにも出来ない絶望を感じているようだった。
私は二人の関係が戻らないのを痛感した。由利亜は和義に懐いているものの、美砂子の気持ちは和義から離れている。この先を見るのが恐い。
私はこの先、美砂子と和義に良くないことが起こる気がした。
嫌な予感が消えない。
私は思い出の途中で手を離し、ネックレスをケースに置いた。
ここまで長い誰かの過去を見たのは初めてだ。
人の一生まではいかないにしても、一人の女性の人生の転換期を見ているようなもので、壮大なものであることに違いなかった。
私は次、このトパーズのネックレスに触れたら、美砂子の死の真相が解るのではないかという気がしてきた。
それはそれで恐いけれど、由利亜との約束を果たさなくてはいけない。
私は更にもう一つある、最悪な事態が避けられているのを願いたかった。
それは、美砂子の死に文芽が関わっているかもしれないことだ。
というのも、美砂子を死に追いやったのが、文芽かもしれないという最悪な事態だ。
けれど、これまでの状況からしてそれは有り得ないと思えた。
最初から今まで、文芽が美砂子を大切に思っていたからだ。
可能性として有り得るのは、和義だ。
和義は美砂子を心から愛しているがゆえに、それが裏目に出すぎている。
美砂子からの信用や慕う気持ちすらも薄れている。
私は美砂子が叶井と結婚すればよかったんじゃないかと思えてきた。
けれど、そんな思いは後の祭りだ。
私は深呼吸をし、再び、トパーズのネックレスに触れた。
思い出はゆっくりと見えてくる。
和義が美砂子に遊作の電話番号を携帯電話から削除させた日から数日が経過しているようだった。
美砂子と和義の関係は修繕できないくらいに溝が深まっているように見えた。
美砂子も和義もどうにかしたいという気持ちはあるようだが、どうにも出来ないものが出来てしまったように思えた。
これが世の中の離婚する夫妻の様子なのかもしれない。
美砂子と和義は離婚してしまうのだろうか。
美砂子と和義は向かい合うように朝食を食べている。
焼き鮭、お味噌汁、たくあん、ほうれん草の胡麻合え、ご飯の献立だった。
美砂子も和義も表情を一つも変えない。二人が朝食を
由利亜が泣くことは無く、静かに眠っているようだ。
和義が食事を終え、急須のお茶を飲む。それを
「あのさ」
「何?」
聞き返した和義は少し不安げな顔をしていた。
和義の頭の中には【離婚】の二文字があるのだろう。
美砂子は和義の顔を見る。美砂子は和義が不安に思っている表情を解っているのか、少し構えた。
「来週の日曜日に、由利亜と一緒に文芽の家にお泊りに行きたいのだけれど、いいかな?」
「文芽さんの家に?文芽さんの家の人は大丈夫なの?」
「うん。文芽、一人暮らし始めたらしくってさ。それで」
美砂子は少し緊張し始めたのか、少し落ち着かない。
和義は美砂子をジロリと見る。和義は湯のみのお茶を飲み干した。
トパーズの憂鬱 (下) 5 了
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