トパーズの憂鬱 (下) 4
何を願っても、その先を決めることはできない。
思い出は切り替る。
ゆっくりと見えてきたのは、美砂子と和義が揉めて場面だった。
どうやら、美砂子が遊作と連絡を取り合ったことが原因のようだ。
「どうして、黙っていたんだ」
「ごめんなさい。言うタイミングが…見つからなくて」
和義はこれまで見たことのない表情で怒っていた。美砂子は怯えて、和義を見つめる。
「由利亜の本当の父親は叶井だからな。変に気を遣われるより、言ってくれたほうが良かった」
「ごめん」
美砂子は頭を下げる。和義は急に表情を変え、笑顔になる。
美砂子は混乱した。 けれど、和義はすぐに突き刺すような目で美砂子を見る。
「美砂子は俺との子供、欲しくないんだよな」
「違う。それは。私は由利亜を育てるのに大変だから。二人目なんて」
美砂子は震えながら、一生懸命に言った。
私は和義の本当の顔がこれなのかと思えてきた。和義はため息をつく。
「やっぱ上手くいかないよな。美砂子にとって必要なのは叶井なんだろう」
「どうして、そうなるの?」
美砂子は混乱する。和義は声を荒げない。ただ内なる怒りと劣情を秘めているように思えた。和義が言う。
「ずっと我慢していたんだよ。美砂子が本当は俺を愛していないんじゃないかって」
「そんなこと」
「じゃあ、嫌がらせが起きたとき、すぐに頼ったのは俺じゃなかった」
和義は美砂子が自分をすぐに頼ってくれなかったことが不満だったようだ。
美砂子は和義の手を取る。
「それは文芽が私の親友だからだよ。和義も幹正くんを親友に思っているように。それに私の夫は、和義だよ」
美砂子は和義の目を見つめる。和義は美砂子を見るが、その目は恐かった。
私は和義が本当に信用に価する人間かどうか、疑問に思えてきた。
「じゃあさ、叶井と縁を切れよ。由利亜の今の父親は俺なんだから!」
和義は美砂子の手を振り払うと、美砂子の携帯を手に取る。美砂子は顔を青ざめた。
和義は美砂子の携帯電話を起動させる。
「止めて。解ったから、携帯に触らないで」
「じゃあ、目の前で消してくれ」
「解ったから。どうしたの?いつも和義じゃないよ」
美砂子は和義から携帯電話を取る。美砂子は携帯電話を操作し、叶井遊作の携帯番号を和義に見せる。
「今から削除するから見ていて」
「………」
和義は美砂子の見せてきた携帯電話の番号を無言で見る。
美砂子は遊作の携帯番号を削除した。和義は涙目になり、美砂子を抱きしめた。
「美砂子、ごめん。解ってくれてありがとう」
「……うん」
美砂子は和義のころころと変わる態度に困惑した。
私は和義の思わぬ素顔に、ただ寒気を感じた。
美砂子の中で不満が溜まっていくのが解った。
二人の決定的な亀裂の瞬間を見たように思えた。
私は嫌な気分で、思い出を見続ける。
思い出はゆっくりと切り替った。その日の夜のようだ。
和義はベッドで眠っていて、美砂子は携帯電話を持ち、ベッドから離れる。
美砂子は寝室を出て、携帯電話を起動した。
「文芽?ごめん、遅くに」
文芽に電話をしているようだ。
【どうしたの?】
「私、間違っていたのかもね」
美砂子は和義との結婚を後悔し始めているようだ。美砂子の不安げな表情がそれを物語っていた。
【何かあったの?もしかして、あの件?あれは気にしないで勝手に私が疑っただけだから】
「うんうん。それのことじゃないよ」
【じゃあ、何?】
「うんうん。何でもない」
美砂子は咄嗟に誤魔化した。
文芽は美砂子の様子に薄々勘付いているようにも思えた。
【和義くんとは上手くやれている?】
「ううん」
【そう。良かった。また、連絡してね】
「連絡するよ」
美砂子は文芽との電話を終えようとした時だった。寝室から音がした。
美砂子は振り返り、寝室を見る。
和義が立っていた。
「誰に電話していたの?」
「文芽に」
美砂子は和義が恐くなっていた。
和義は美砂子の様子が解り、目を反らす。しばしの沈黙が続く。
美砂子が言う。
「寝るよ。ごめんね。起こしちゃって。私、今日からソファーで寝るね」
美砂子と和義の間に修復できない溝が生まれてきているようだった。
私はその空気が痛いほど、わかった。
「いや、俺が。俺がソファーで寝るよ」
「いいよ。私、和義に迷惑ばっかりかけているし」
美砂子は今のソファーに座る。和義が近づく。
美砂子が震えている。和義は美砂子に触れようとした手を引っ込めた。
「俺が、恐い?」
和義は美砂子と文芽の電話が聞こえていたようだ。
その様子から、美砂子が結婚を後悔しているのではないかと推測できた。
トパーズの憂鬱 (下) 4 了
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます