琥珀の慟哭(上) 3 (3)



 日本の刑事裁判は一度、起訴されるとほぼ有罪になる。

 弥生は一縷いちるの望みを架けて、私の元に着たのだろう。


「そうですか。その青年は普段、どんなご様子だったのですか?」

「母から聞いた話では、最初、とても警戒心が強く、誰も信用していなかったらしいです。けれど、会っていくうちに、母のことを信頼したようで。私も最初は、その青年を偏見の目で見ていました。少年時代に罪を犯して、仕事を転々としていた。母が倒れたことがあり、その青年はしっかりと看護してくださったんです」


 私は華子との出会いが、青年の心を解かしていったのだろうと思った。「誰も信用することができない」、頑なになっていた心。

 そんな青年を華子が変えたのだろう。


「そうなのですね。殺人とは、具体的にどんなことですか?」

「それがですね。本当に全くの不明でして。警察と救急車が着たときには、身元不明の男性が刺殺されているのと、母は倒れていて、その青年が血だらけでいるだけでした。警察に連行された青年は「僕がやりました」とだけ。後に解ったんですけど、身元不明の男性は、沖縄に住んでいた磯貝いそがい菊男きくおという方でした」


 弥生は重々しい表情だった。

 私は弥生の証言する内容から、青年が犯人じゃないと思えてきた。

 だったら、犯人は?


「その磯貝さんは全く知り合いでもなんでもない?とのことですか?」

「はい。そうです。母も私も、兄の祐も知らないのです」

「そうですか。差し支えなければ、その青年のお名前を教えていただけますか?」

「解りました。名前は南田みなみだ弘一こういちさんです。今はこの地区の刑務所にいると思います」


 私はメモに名前を書く。


「南田は、南と田んぼの「田」で、こういちは、どういう字になりますか?」

「青森県の弘前ひろさきの「弘」で「こう」、いちは、数字の「一」になります」


 私は言われた通りに名前を書く。

 南田みなみだ弘一こういち。知らない名前だ。

 しかし、名前の雰囲気が楠田くすだ弘輝こうきに似ていると思った。

やはり、楠田弘輝=南田弘一なのだろうか。

 弥生はカバンからアクセサリケースを取り出す。そのケースを机の上に差し出した。


「これを見てほしいのです。これは私の母が、身に着けていた琥珀のブレスレットです」


 弥生はケースを開けて、琥珀のブレスレットを見せた。

 ブレスレットは経年が経過しているが、それほど酷い劣化はない。

 どちらの腕にしていたのかわからないが、少し傷があるように見えた。

 私は手袋をはめる。

 11月の琥珀のブレスレット。私はこれも何かしらの縁なのかもしれないと思った。


「お願いします」


 弥生は深々と、私に頭を下げた。


「わかりました。頭を上げてください」

「本当のことを知りたいのです」

「わかりました。また見終わりましたら、こちらからまた、ご連絡します」

「あ。ありがとうございます」


 弥生は涙を浮かべていた。きっとわらにもすがる思いだったのだろう。


「あのなんで、そんなに一生懸命なんですか?」

「なんで?それは私の母を助けてくれた人が……殺人犯すはずがないと思っているからです」


 弥生は微笑みながら言った。弥生は椅子から立ち上がると、私に一礼をした。

 私は弥生に倣って、一礼をした。

 弥生は颯爽さっそうと店を出て行った。私は弥生の後姿を見つめた。

 私は川本宝飾店の【準備中】の看板を下げ、【営業中】に変えた。


 先ほど、預かった琥珀のブレスレットを見る。虫が入っている琥珀で高価なものだった。

 私は紙に【カキザワハナコ様の琥珀のブレスレット】と書き、琥珀のブレスレットの入ったケースに貼り付けた。

 ケースに触った瞬間にゆっくりと思い出が見えてきた。


 弥生が顔を深刻な表情で、手紙を読んでいる。

 弥生の部屋は質素な部屋で、柿澤コーポレーションの人にしては、意外だった。

 弥生は目から涙を流し始めた。手紙には何が、書いてあったのだろうか。

 手紙の内容は見えない。弥生は手紙を仕舞う。


 手紙の刺し出し人の名前が見えた。

【柿澤華子】だった。母親からの手紙には何が書かれていたのだろうか。



琥珀の慟哭(上)3 了

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