琥珀の慟哭(下) 2 (32)
思い出が見えない。思い出が見えると認識してから、こんなことは一度もなかった。
自分の意図に反して見えていたのに、今は見えない。
このまま、本当に見えなかったら? 私は恐怖感に襲われた。
私は試しにポストに入っていたチラシに触れてみた。
ゆっくりと思い出は見えてきた。
印刷所の社員の男女がデザインの協議をしている場面だった。
私は安心して、思い出の途中で手を放した。
完全に見えなくなったわけじゃない。それだけでも、精神的にも落ち着いた。
私は息をつき、再び、春木が渡してきた怪文に触った。
やはり、思い出は見えなかった。
触っては放してと繰り返したが、見えなかった。怪文の思い出だけが見えない。
怪文のことは考えず、琥珀のブレスレットの思い出を見ようと思った。
私はゆっくりと深呼吸をすると、白い手袋を
ゆっくりと思い出は見えてきた。
華子が楠田と話しをしている場面だった。
どちらかと言うと、華子ばかりが話をしているが、楠田はそれを聞いていないわけではなかった。ちゃんと聞いているのが解った。
楠田は華子を本当に信頼したのだろう。
「でね、私は本当に大変だったのよね」
「そうですか。華子さん。俺には会社経営とかよくわかりません。ただ華子さんの話は面白いです」
楠田は華子の話を楽しんでいるようにも見えた。
華子は楠田が自分の話を楽しそうに聞いてくれることが嬉しくて、終始、機嫌が良さそうだった。
バーベキューからどのくらい経過しているのだろうか。楠田は華子に自身の能力について、言及した様子にも思えなかった。
「私ばかりが話をしているね。南田君も話せる範囲でいいから、話してね」
「……俺は話すことそれほどないし、暗い人生だし」
楠田はとぼとぼと話す。その様子はやはり、水山と対峙した時の勢いはなかった。
牙を抜かれた狼のような雰囲気だった。
「暗い人生……果たしてそうかしら?」
「え?」
「他人が暗いと言っても、自分自身がそう思っていないのなら、そうじゃないんじゃないかな。私はそう思うよ」
華子はあっけらかんとした雰囲気だった。華子の人生はどんなだったのだろう。
第三者が見て、何を思って何を言っても、華子は自分を貫いてきたのだろう。華子の目がそれを物語った。
「……俺は華子さんに話したように母親と父親に棄てられた。母親には気味悪がられた。何処に行っても俺は嫌われた。何を思っているか解らない。中身を知られるかもしれないって」
楠田の顔は泣きそうだった。楠田はずっと孤独だったのだろう。孤独からの解放を望み、自分自身を強く見せていたのかもしれない。
「だから、俺は人になめられないようにしました」
楠田はこれまでの自身のことを話し始めた。楠田は梨々香たちを襲う前、半ぐれ集団の仲間に入っていたらしい。
人の弱みを握り、脅したりしていた。楠田は自由自在に過去が見える。
だからこそ、そういうことができたのだろう。
「でも、今はそれを悔いているのでしょう?」
華子は楠田の目を見つめた。楠田は華子を見る。 楠田は目を伏せた。
「そうですね。悔いています。人を傷つけても自分が幸せになるはずなんてないんです。泥沼にハマっていくだけです。今の俺がそうです」
楠田の諦めの表情は深い闇をまとっているようにも見えた。華子はそれを憐れみの慈悲を込めた目で見つめた。それは心からの思いのようだった。
「じゃあ、南田君はこれから悔い改めて生きていくのね」
「ああ。だから、幸せになる権利はない。人を殺したから」
楠田は涙を流した。楠田は震え、しゃがみこんだ。華子は楠田の肩を抱く。
「大丈夫。今からだって、これからだっていつでもやり直せる。人を殺めたことは許されることじゃない。だけど、南田君はこんなにも苦しんでいる。今生きていることはその罪を償う機会を与えられたんだと思う」
華子の言葉を楠田は聞き、更に涙を流した。
琥珀の慟哭(下)2 了
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