琥珀の慟哭(下) 3 (33)
楠田は涙を拭い、華子を見た。
「有難う。華子さん。でも、俺は本当に存在していていいのだろうか」
楠田の生に対する思いは薄弱としていたのだろう。誰からも必要とされない、誰にも大切にされない。そう妄信していた楠田。華子は楠田の両肩をしっかりと掴む。
「存在しなくていい人なんて、いないよ。南田君が今、生きていることだって意味があるんだよ」
楠田は華子の言葉に目を伏せる。再び、目を開けて華子を見た。
「……華子さん。華子さんはこの世に信じられないことがあるって思う?」
「信じられないこと?どういうこと?」
華子は楠田の言っていることがわからないようだ。恐らく、楠田は自分の能力について華子に話すつもりなのだろう。
「非科学的で、有り得ないことだよ」
楠田は華子の手を肩からゆっくりと放す。楠田は華子の手首につけている琥珀のブレスレットに触れた。楠田は思い出を見ているのだろうか。
「華子さん」
「…何?」
「華子さんのこの琥珀のブレスレットは亡くなった裕次郎さんから貰った物だよね。で、華子さんの息子、祐さんは実の子じゃない。華子さんと裕次郎さんとの間には子供ができなかった。祐さんは二人の友人の子供」
楠田は華子の顔を見て言った。今しがた思い出を見て、その内容をそのまま言葉にしたのだろう。
華子は目を見開き、動きを止める。衝撃を受けたように見えた。
「え。どういうこと?」
華子は楠田の腕を掴む。楠田は一息つく。
「見えるんですよ」
「見えるって?」
「俺は物に触れると思い出が見えるんです」
楠田の表情は怖かった。華子が自分を拒否すると思っての行動のように思えた。華子はにわかに信じられず、固まる。
「気色悪いでしょう?筒抜けなんです。俺にとっては見たくないものまで見えてしまうんですよ」
華子は何も言えず、楠田を見つめる。何を言ったらいいのかわからないのだろう。
楠田は更に言う。
「……だから、俺と関わらないで」
「それってすごいことじゃない!」
華子は楠田の腕を両手でつかむ。華子は興奮しているように思えた。楠田は思わぬ反応に戸惑っているように見えた。
「気色悪くないんですか?」
「気色悪い?そんなのあり得ないわ。超能力じゃない?え?いつから見えるの?」
「え?え?あの」
「南田君。あなたのその能力、人の為に使えるんじゃないかな」
華子は楠田の手を握る。華子は心の底から、楠田の能力に感激しているようだった。楠田は戸惑っている。
「人の為に……?」
「そうそう。人探しとか、忘れ物探しとか」
「……考えもしなかった。今でこそ、コントロール出来ているが、昔は否応なしに見えた。だから、毎日頭痛がした。見たくもないもの見させられた。良い思い出よりも、悪い思い出のほうがこびりついている」
楠田はつくづく、げっそりとした表情だった。
私は楠田に共感した。自分の意図に反して思い出は見えていた。
良い思い出よりも、悪い思い出のほうが、どうしてか人間は残りやすい。
トラウマになりそうなものまでがあった。きっと楠田も能力が落ち着くまで、辛い日々を送っていたに違いないと思った。
華子は余計なことを言ってしまったと思ったらしく、申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「ごめんなさいね。あなたの気持ちも考えず」
「いいや。いいんです。華子さん。ありがとう」
楠田はうっすらと微笑した。その表情はこれまでよりも穏やかで、優しく見えた。
楠田はちゃんと笑えるようになったのだろう。
華子は楠田に笑いかける。
「ちゃんと笑えるじゃない。大丈夫。南田君、私は南田君の味方だよ」
「ありがとう」
私は二人のやり取りを見て、心が温まった。
楠田に心から笑える日があった。これだけでも救いがある。
やはり、楠田が再び、人を殺めることはないだろう。
この思い出だけでも、その根拠となりえる気がした。
琥珀の慟哭(下)3 了
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