琥珀の慟哭(下) 4 (34)
南田は死刑が確定してからの日々が長く感じた。いっそのこと、さっさと死んだほうがいい気がしてきた。
担当の看守の伊藤が、自分の能力に気付いたのかもしれない。
南田は少しだけ嫌な予感がした。
以前、少年刑務所に居たころ、南田の能力に気付いた奴らがその能力を利用しようとしたことがある。
それで南田は相手をぶん殴り、罰を受けた。
もうそんなことはこりごりだと思った。南田はため息をつく。
深く考えてもどうにもならない。
南田は起こってもいない出来事を心配しても無駄だと思った。
心を無にしたほうがいいと思った。
何も考えない、何も感じない。
そうしていられたらずっと楽だっただろう。
静かな独房の格子の向こうから、足音が聞こえた。
噂をすればの担当の看守の伊藤だ。
伊藤は南田の姿を見るなり、笑顔を見せた。
その笑顔がどんな意味を持って見せているのか。南田は解らず、困惑した。
「おはよう。南田」
「……おはようございます」
南田は伊藤の顔を見なかった。
伊藤の雰囲気は優男のようだ。
どこか内面が読めないような空気で、謎めいている。
南田がこれまで会ってきた看守と違い、辛気臭さが全くない。
だからこそ、南田は伊藤が只者ではない気がした。
「いつの間にか、随分と嫌われちゃったな」
「………」
伊藤は独房の格子に近づくと、南田をじっと見た。
伊藤の表情は読めない。どこか楽しそうにも見えた。
「……伊藤さんは何がしたいんですか?」
「……いいや。俺は君が知りたい」
「……は?」
「勘違いしないでほしい。これは俺、自身の興味だ。俺は君と似ている」
「な……何を言っているんですか?」
南田は目を見開いた。自分と同じ人間?この世の中に、そんなに同じ人間がいるものだろうか。伊藤は笑い出す。
「あははははは。信じられないか。だろうな」
伊藤はその場にしゃがみこむ。改めて見た伊藤の顔は端正だった。
まつげが長く、目鼻立ちがはっきりとしていた。
「まあ、あれだ。証明できないし、俺自身も正直、その能力を存分に使おうと思っていない」
「は?何を言っているのか」
「いいや。俺は君がこれからどうなっていくか知っている」
「は?だから、何ですか?」
伊藤は上着から手紙を取り出す。その手紙を格子の間から、南田に手渡す。
「ちょっと何ですか?」
「いいから受け取れ。俺から君への手紙だ」
伊藤は立ち上がり、その場を去って行った。
南田は伊藤が何をしたいのか解らなかった。
南田はその手紙触れた瞬間、伊藤が手紙を書く場面が見えてきた。
伊藤は真剣な顔で手紙を書いている。どうやら、この手紙は伊藤が書いたらしい。
南田は伊藤から受け取った手紙の封を開けた。
【南田へ。
南田君、君は触れると過去が見えるだろう。違うか?
君はその能力でかなり苦労しただろう。
君の苦労してきた気持ちが俺にはよく解る。
俺は君と同じようで少しだけ違う。
俺が見えるのは未来だ。
俺の昔話を少しだけ話そう。
俺は小さな頃から、この奇妙な能力を保持していた。
この能力が何か金になると気付いた両親は、俺を新興宗教の教祖にした。
『神の子』として有難がるように。
けれど、俺の能力は不穏な未来も、良い未来も同時に見える。
あるとき、不穏な未来を見た。俺は通常通り、その未来を大衆に話した。
見事にその未来は的中した。
けれど、俺は気味の悪い悪魔の使いのように忌み嫌われるようになった。
俺はそれから、未来が見える能力がなくなったと嘘をつくようになった。
両親は未来を予見できない俺を棄てて、寺に養子に出した。
名前を変え、俺は寺の子になった。
幸い、寺の住職は俺を大切にしてくれた。
それから俺は人を知るために、普通の人らしく生きるために苦心した。
その結果、警察官になった。警察官の仕事は俺に合っていた。
ただ、俺の能力は一向に収まっていない。
けれど、俺は今見えている未来を誰かに話し、行動を促すことはしない。
それはその人の人生自体を歪めてしまうからだ。
そんな俺がどうして君に打ち明けたかは、後悔してほしくないからだ。
俺は知っている。君は殺っていない。更に君の未来がどうなっているか、俺は知っている。けれど、それは教えることはできない】
南田はこの手紙をすぐに信じられなかった。
【未来が見える】。占い師のようなものだろうか。
南田は伊藤が、自分を説得するために言っているように思えた。
南田は手紙をびりびりと破り、ゴミ箱へ入れる。
南田は胡坐を掻き、目を伏せた。
未来が見えた伊藤は、神の子として新興宗教の教祖にされたが、一変して悪の使いにされた。これを信じろというのが無理だ。
南田は今度、伊藤の持ち物に触れてみようと思った。
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華子は時間が許す限り、楠田と会っていたようだ。
毎週は行かないにしても、一ヶ月に三回くらいだ。
華子と話してる楠田はこれまで見てきた姿より、ずっと穏やかにい思えた。
信用できる存在になっていたのだろう。
華子自身も楠田に対して、大切な肉親に思っているように見えた。
それは養子の
何回か会って打ち解けたくらいの頃だろうか。楠田と華子が、最初に会った藤山鉄工所の寮の食堂で話している場面だった。
「華子さんの言っていたように、俺のこの能力、人のために使おうと思う。でも、どうしたらいいか解らなくて」
「そうね。何かしらのボランティアに参加してみたらどうかな?」
「ボランティア?」
「子供たちの相談に乗ってあげるとか」
「子供たち……俺みたいな欠点だらけの人間にそれができるのか」
楠田は困惑した表情を浮かべていた。華子は楠田の肩を軽く叩く。
「大丈夫。南田君ならできるよ。だって今は、こうして藤山鉄工所でやっていられてるじゃない?」
「……藤山さんは俺を何故か助けてくれる。けど、藤山鉄工所の皆とは上手くやれているとは言い難い……」
「そうなの?」
「ああ。俺は元少年犯罪者だから。それに俺の能力を一部の人は知っているんだ。でも、俺はそれでいいと思っている。それが俺の宿命だからだ」
楠田は苦しそうな表情を浮かべた。その表情は救いを求めているようにも見えた。華子は楠田の手を取る。
「大丈夫。南田君は私の子供みたいなものよ。きっと本当の南田君を知れば、解ってくれる」
楠田は華子の言葉に表情を和らげた。楠田は華子の手を握る。
「ありがとう。華子さん。華子さんはいつも、欲しい言葉をくれる。俺、ボランティアやってみるよ」
「そのイキよ!じゃあ、私が手配しておくわ。まかせて!」
「頼もしい!」
「まかせなさい!」
二人は笑いあっていた。本当に楠田にとって、華子は心地の良い存在だったのだろう。
信頼できる味方。
楠田にとって華子はそんな存在だった。
母親の愛情を知らない楠田に、華子はそれを与えてくれた。
けれど、この二人に何が起ってしまう。
楠田は華子の琥珀のブレスレットに触れた。その瞬間、楠田の表情が一瞬曇った。
何かを見たのか。華子はそれに気付かない。
楠田は華子の琥珀のブレスレットから、何かを確実に見たのだろう。
私は楠田が見た過去が、今回のことに大いに関わっていると思った。
琥珀の慟哭(下)4 了
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