琥珀の慟哭(下) 5 (35)


 華子は楠田がボランティアへ参加する決意を嬉しく思っている。

 更には自身の家族、養子のゆうにも紹介したいようだった。


「あ。そうだ。今度、私の家に来てみない?」

「え?」

「私の家族を紹介するわ。祐を紹介するよ」

「あ。いや、それは止めたほうがいい。その。祐さんは俺をよく思っていないですよね」


 限りなく推測だが、楠田が見た先ほどの思い出は、祐が華子に楠田と会うことに不快感を示している場面なのではないかと思った。


「ま。そうね。でも。それは南田君のことを知らないからであって」

「華子さん」


 楠田は強い口調で言った。華子は楠田の気迫に黙る。


「ごめん」

「いや、謝る必要はないです。どんなに時間が経過しようとも、俺が元少年犯罪者という事実は変えようがないんです。俺は元犯罪者であり、それを受け入れろというほうが傲慢です」


 楠田の顔は真剣だった。重々しく話す姿は、自身の罪を改悛しているように見えた。

 犯した罪を背負い、これからも生きていく。

 楠田のけじめのように見えた。華子はその姿に何も言えなかった。


「何を言ったらいいか。解らなくて。ただ余計なことしてごめん」

「いいんです。華子さんは俺を思ってのことです。俺は華子さんと話ができるだけでいいんです」

「ありがとう。でも、私はね、南田君が誤解され続けるのが」

「華子さん。これは誤解じゃなんです。一度、罪を犯した者の待ち受けている罰なんです」


 華子は楠田の言葉に涙を流した。楠田はそっと華子の手を取った。

 楠田が言う。


「俺のために涙を流してくれてありがとうございます。俺は何があっても華子さんの味方です」

「ありがとう」


 楠田と華子の絆は強くなっていった。人間不信の楠田が心を開いた華子。

 二人の結末は悲しいものになる。楠田は罪を被った。

 楠田は何故、罪を被ったのか。私はその先を思うと苦しくなった。



 思い出は切り替った。


 今度は華子の計らいでボランティアに参加する場面だった。


「こちらは南田弘一君。私の知り合いの藤山鉄工所の社員さんです。今日はよろしくです」

 華子は楠田をボランティアの人に紹介した。楠田は少し緊張しつつも、意欲的な姿勢だった。

「南田弘一です。よろしくお願い致します」


 楠田は頭を下げる。


「あ、華子さんの。僕は三沢清二みさわせいじといいます。よろしくです」


 三沢は好男子のように見えた。爽やかな雰囲気をしていて、子供が好きそうだ。

 けれど、何故か信用ならない感じがした。


 楠田は三沢を見るなり、表情が固くなった。楠田は緊張しているのかもしれない。


「じゃあ、主にどんなことをやるか説明するね」


 楠田と華子は、三沢に促され座る。三沢はボランティア内容を説明し始める。


「主に僕たちがやっているのは、子供相談所だ。義務教育の小学生~中学生を対象に相談に乗っている。主に学校に行けなくなった子供、家庭が上手くいっていない子供の相談に乗るんだ」


 楠田は三沢の話を真剣に聞いている。華子はその様子を嬉しそうに見た。

 華子はこうして、楠田の世界が広がってけばいいと思っていたのだろう。

 三沢はボランティア内容を説明し終わる。


「じゃあ。早速だけど、一緒に行こうか」

「あ。はい」

「じゃあ、私はこれで失礼するわね。頑張ってね。南田君」


 華子はにこやかに言った。


「華子さん。あとは僕にまかせてね」

「信頼しているわ。三沢さん。じゃあ」


 華子は楠田を置いて帰っていった。これから楠田は三沢と供に、子供の相談所に行くらしい。楠田は上手くやれたのだろうか。


 私はしばし、楠田が心配になった。楠田は華子の期待に応えたいのだろう。

 このボランティアがどんな結果になるのか、予測がつかない。

 私は13年前の楠田の姿から、こんな風にボランティアに参加するなんて信じられないと思った。

 楠田は自分自身を変えようと努力したのだろう。



 思い出は再び、切り替った。


 切り替った思い出はあまり良いものではなかった。

 楠田と華子の空気が悪い。

 二人はカフェで話をしている場面だった。華子は怒っている。


「どうして、そんなことしたの?」

「……華子さんには……関係ない」


 楠田が何か失態を犯したらしい。それは楠田が三沢を殴ったようだ。

 その理由は解らない。


「人を殴るなんて、よほどよ。三沢さんが「いきなり殴りかかってきた」って怒っていたよ。私が謝っておいたよ。三沢さんは許してくれたけど、これからボランティアできなくなるよ。なんで殴ったの?」


 華子は楠田よりも三沢を信じたようだ。楠田はそれが気に入らないのがはっきりと解った。


「………理由ですか。俺は人と関わるなんて無理なんですよ。華子さんも俺から離れたほうがいい」

「ちょっと、そんなことじゃない。私は理由を聞いているの!」


 楠田は華子に背を向けてカフェを出て行こうとする。華子は楠田の手を取った。


「何か、見たんでしょう?」

「……何かって?」


 楠田は鼻で笑う。楠田は何かの理由があって、三沢を殴ったのだろう。

 それを楠田は言わない。


「過去を見て、それで貴方は三沢さんを殴った。違う?」

「だとしたら、どうです?華子さんは俺が悪いと思いますか?」


 楠田は華子を試すような言い方だった。楠田は何を見たのか。


「何を見たの?」

「何をって。俺からは言えません。三沢さんに聞いてくださいよ。まあ、三沢さんは本当のこと言わないかもしれませんが」


 楠田は華子を睨むと、顔を反らして、行ってしまった。

 楠田はいきなり殴らない。これまで見てきた楠田は血気盛んのように見えない。 

 楠田はここで、真実を話しても、華子が三沢を信用しているのは変わらない。

 だから、真実を言わないのだろう。


 思い出の途中で、インターフォンが鳴った。


 私は琥珀のブレスレットから手を放した。手袋を外し、インターフォンに出る。


「はい」

【おお。こんばんは】


 森本ヒカルだった。私は突然の森本の訪問に驚いた。夜遅くに来るのは何か理由があるのだろう。


「え?どうしたの?」

【いや、あの。川本宝飾店のA支店の春木さんから連絡貰って】


 どうやら、春木から怪文のことを聞いたらしい。それが心配でやってきたようだ。


「え?もしかして、あの怪文のこと?」

【何か遭ったらと思って。夜遅くにすまん】

「いや。いいけど、今のところ、何も無いよ。とりあえず開けるね」


 私は森本が心配してくれたのが嬉しかった。

 インターフォンを切り、玄関を開ける。森本は私の顔を見るなり、安堵した表情を見せた。


「大丈夫そうだな」

「うん。大丈夫だけど、怪文がね」

「そうか」

「あ。上がってよ。お茶飲んで行って」

「え?」


 森本は目を見開いて、少し動揺した。

 森本の顔が少し赤るんでいるようで、私まで恥ずかしくなってきた。


「えっと、その」


 森本は私の手を取り、抱きしめた。私は森本の体温と、鼓動が聞こえ余計に胸がきゅっとなった。私は森本に身をゆだねた。


「あのさ。泊まっていってもいいか」

「ええ?」

「……何もしない……と思う」

「あの、その」


 私は突然すぎて言葉を失った。森本は私の慌て具合に笑い始める。


「というか、動揺しすぎだろう」

「……だってねぇ」


 森本は私から離れると、顔を覗き込んだ。森本の表情はとても柔らかく、これまでよりも優しく見えた。


「冗談だよ。半分、本気だったけど」

「……いや、別にいいよ。泊まっても」

「え?本気で言ってるのか?」


 森本は声色を変えて、真剣な表情で私を見る。

 さっきまでの笑いは消えていた。私は森本の気持ちに応えようと思った。

 私は森本の首に手を回し、抱きしめた。


琥珀の慟哭(下)5 了

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