タンザナイトの夕暮れ時(上) 10(10)

がやがやとしている居酒屋で、男女の3対3で向き合っている。合コンをやっているらしい。テンションの高い男性が喋っている。


「俺は藤川と釘宮の同級生で、サーフィン道具の販売しています!片岡かたおか浩二こうじです!よろしく!」

片岡の隣に、新太郎、りょうの順番に座っている。

片岡の向かいにはショートヘアの笑顔が可愛い女性、新太郎の向かいは井川の友達の敬子けいこ、諒の向かいに井川だった。

井川は合コンのテンションについていけず、少しこわばっている。諒は井川を見て、心配しているようだった。

「じゃあ、自己紹介も終わったところで、質問タイムにしよう」

片岡は色黒のサーファー系で一昔ひとむかしの渋谷にいそうな雰囲気だった。

片岡の向かいのショートの女性は楽しそうに言う。

「ねぇ。諒君って呼んでいい?諒君は消防士ってことだけど、ぶっちゃけ仕事どう?」

「仕事がどうっていうのは、楽しいかってこと?」

突然質問された諒は少しだけ動揺していた。

「うん。私はね、雑誌編集部で働いているんだけど、楽しいけど辛くってねぇ」

「そうだな。辛いことのが多いけど、やりがいもあるよ。それにずっと憧れていた仕事だからね」

諒は自分の仕事に誇りを持っているように見えた。その姿は美しく見えた。ショートの女性は諒を気に入ったらしかった。片岡がつまらなさそうな顔をする。

「つかさ、コイツは前の彼女に二股かけられて振られたばっかで。見た目と違ってダサイ」

「えー。でも、私は諒君みたいな子、好きかなぁ。ねぇ、来美はどう思う?」

ショートカットの女性が井川を見る。井川は諒をちらりと見て、動揺した。

「どうって?まあ、い………いいんじゃないかな」

「本当にそう思う?ってかさっきから暗いよ」

「そうかな。ごめんね。私、やっぱ帰るよ」

井川は無理矢理にこの合コンに参加させられたらしかった。落ち着かない様子でいたのは、居心地が悪かったのだろう。ショートカットの女性が井川をにらむ。

「つかさ、敬子ちゃんの友達だから我慢してたけどさ、帰るとか何?あとさ、空気悪くするの止めて!」

「ちょっと、佳代子かよこ。私が無理矢理、来美を連れてきたから。私のせいで」

ショートカットの女性は佳代子という名前らしい。敬子は佳代子を宥める。

井川は本当に調子が悪いらしく、ふらついている。

「ごめん、本当に調子悪い……帰るね。空気悪くしてご……めん」

井川はついに倒れてしまった。

「来美!大丈夫?ちょっと。すいません、店員さん!」

敬子は来美を支えた。咄嗟に諒が井川の近くに行き、脈を図る。

「大丈夫ですか、来美さん?」と言いながら、諒は来美の心音を聞いた。額に手をあてて、熱を測る。

「え。ちょっと来美、マジ?」

佳代子は先ほどの悪態を後悔しているようだった。店員がやってくる。

「お客様、大丈夫ですか?」

「恐らく、風邪じゃないですかね。かなりの高熱ですよ。救急車呼びましょう」

諒は冷静に対応した。諒が電話を起動し、救急車に電話をかけた。

皆は諒の冷静な対応に驚くばかりだった。消防士なら救命の訓練を受けているから当たり前かもしれない。佳代子は諒に見惚れているようだった。


この後、どんな風になったのだろうか。諒が私の腕を放したことで、思い出は途中で終わった。


「甘いもの、効果あるんですね。俺、少しだけ落ち着きました」

「そうですか。それは、良かったです。あの」

「何ですか?」

「藤川さんは井川さんが婚約を破棄した理由を知ったら、その後はどうしますか?」

諒は少し暗い表情になった。諒の決意は固いものだったかもしれない。井川が諒との結婚を拒む理由はなんだろうか。

「そうですね。多分、無理だと思うのは解っているのですよ。来美との結婚は。これは俺の悪あがきです。川本さんにはつき合わせてしまってすいません」

「左様ですか」

「はい。ただの本当の理由を知りたいのです。諦めつくって格好つけてますけど、理由がもし解決できるものだったらって。そう考えたらもう何か」

諒はその後に続く言葉を言えなかった。正確には言葉を詰まらせたのが正しいだろう。黙り、目を潤ませていた。私は諒に掛ける言葉が見つからなかった。どのくらい時間が経過したのだろうか、川本宝飾店に電話が入る。

「あ。すいません。電話に出ますね」

「本当にすいません。俺、帰りますね。じゃあ、また」

「そうですか。では、結果が解り次第、ご連絡いたします」

諒は私に一礼をすると、静かに出て行った。

電話に出ようとしたら、 切れてしまった。どこからの着信かナンバーを確認しようとしたが、非通知だった。

井川が諒と結婚をしない理由は一筋縄じゃ、いかないのだろう。私は井川のことを断片的だんぺんてきにしか知らない。

もちろんのこと、これまで思い出を見てきた人々自身を知ることも無いだろうと私はぼんやりと思った。



タンザイナイトの夕暮れ時(上) 10 了

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