タンザナイトの夕暮れ時(上) 11(11)

私は店の看板を営業中に変更した。看板を変更していると、男性のお客さんが私に話しかけてきた。

「あの。今やっていますか?」

「すいませんね。今、やっていますので。おはいり……」

私はその男性の姿を見て思わず声を上げそうになった。

それは廣崎ひろさき真央まおだった。

廣崎ひろさき真学まなぶの兄だ。真央と真学の姿は本当によく似ている。

違いがあるとしたら、年齢くらいで体格もほぼ同じに近い。私は思わず真央を見つめてしまった。

「あの、どうかされましたか」

「いえ。どうにも知り合いに似ていまして」

「知り合って。あ、もしかして弟の真学のことですか?」

「え、まあ。というか、私の知り合いが真学さんと知り合いで」

「そうですか。真学は亡くなりまして」

真央は真学のことを思い出し、少しだけ目を潤ませていた。

当然ながら、私は真央のことを知っているが、真央自身は私を知らない。

「お辛いですよね」

「亡くなったときは本当に辛くて。俺のせいでとか思ってしまって。あ、すいません」

「いいえ。今日はどういったものをお探しですか?」

私は真央を店に招き入れながら、案内する。以前、この商店街で見かけたときの真央よりも、少しだけ父親の顔をしている気がした。

穏やかさをそなえているような雰囲気だ。

「結婚記念日なんです。妻に買おうと思っていて」

「左様でございますか。ご希望は何かございますか?」

「そうですね」

真央は妻の真理子に結婚記念日にネックレスを探しているらしい。

希望の宝石はダイヤモンド。希望のカラットは特にないそうだ。

予算は十万円くらいで考えているらしい。私はダイヤモンドのネックレスを真央に見せた。

真央はネックレスを真剣に見ていた。

「これはおいくらなんですか?」

「そうですね。こちらは5万1,000円です。デザイン重視のものになっています。鳩をあしらった愛と平和をイメージしています」

真央が気になったものは鳩のネックレスだった。愛と平和をイメージしたものだ。真央は食い入るように見つめる。

真央が私の肩に触れた。


その瞬間、思い出が見えてきた。それは真央と真学が何かを言い合っている場面だった。

改めて二人のツーショットは双子ように見える。違いと言うならば、体格だろう。

真学のほうが筋肉質で、胸板が厚い。

「風邪ひくなよ。今からココア入れてきてやるから」

風呂上りの真学に真央が呼びかけている。

「兄貴。ちょっといいか」

「どうした?」

「あ。少し話しを」

真央は真学が話したい内容が解ったらしく。立ち止まる。真学が口を開こうとしたとき、真央が遮る。

「なぁ。真学。お前は真理子のこと、好きだよな」

「……ごめん。兄貴。俺。真理子さんのこと好きだ。今日、それを真理子さんに言った。でも、俺は」

「謝らなくていい。お前は悪くない。感情は抑えることができない」

真央の表情は酷く辛い表情だった。真学も自分の気持ちを抑えきれなくなっているのだろう。兄弟の関係を崩しかねない、行き場のない恋愛感情を持て余している。

「でも、俺は兄さんから真理子さんを盗る気はないよ。俺は兄貴といる真理子さんが好きだから」

綺麗事きれいごと言うなよ。お前は俺と全く同じ顔をしている。俺は自信がない。お前に真理子を盗られるんじゃないかって。だから、あの時、真理子を助けたのがお前なのに俺だって嘘ついた。最低だろう。ダサイだろう」

「兄貴」

「ずっと、後ろめたかったんだよな。俺は助けていない。真理子もさ、薄々気付いている。黙ってくれているけど」

真央は少し潤んでいる。真学は真央にどんな言葉を掛けたらいいのか解らない様子だった。真央は真学に笑いかける。

「これで、俺たちの間にわだかまりはないな。あと、正々堂々と行こうぜ」

「兄貴。俺、本当にそんなつもりないから」

「お前にそんなつもりなくても、真理子がお前を好きになることだって有り得るから。俺はお前の兄ちゃんだが、負けないからな」

真央はこれでもかと言うくらいさわやかな表情だった。

真学は照れくさそうに真央に笑いかける。二人の関係が強くなっているような気がした。

真央にとって真学は大切な弟で、真学にとっての真央もまた大切な兄だったのだろう。

その絆は消えず、ずっと残っているような気がした。思い出は見えなくなった。



タンザナイトの夕暮れ時(上) 11(11) 了

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