タンザナイトの夕暮れ時(中) 1(12)



真央まおが私から離れたことで、思い出は見えなくなった。

真央は私の顔を見て、体調が悪いと思ったらしく心配している。


「どうしました?」

「いえ。何でも。あの、ご兄弟っていいいですね。私には兄弟きょうだいがいなかったもので」

「ああ。真学まなぶのことですか?あいつは俺の大切な弟で、見た目が同じだったから、半身みたいに思っていました。俺の存在を知らない、あいつの友達とかは間違えるんです。それくらいそっくりで。だから、不思議とあいつが俺の中にいる気がします」

真央の表情は穏やかで美しかった。

「左様でございますか。素敵な兄弟だったんですね」

「あ、いえいえ。俺はあいつに嫉妬したりコンプレックスに思っていたんです。でも、あいつも俺を。まあ、見た目が同じだから。もし、あいつに会えるなら会いたいなと思います。無理な話ですけど。あ。すいません。何か」

「いいえ。いいですよ」

「あの。この鳩のネックレス。借り予約していいですか?」

「かしこまりました」


真央は鳩のネックレスを仮予約した。私は真央に売約契約書を書かせた。真央の字は綺麗だった。

私は契約書を受け取り、真央はお店を出て行った。

真央は今、幸せなのだろう。肉親の真学の死は身を裂くようなものだったのだろう。

きっと、それは真理子の存在と、真理子との間にできた子供なのだろう。

本当のことは解らないが、私が見た過去に登場した人が幸せになっているのは心が見たされる気がした。

私は営業を本日の営業を終えて、家に帰った。


家に帰ると、自宅の電話に留守番電話が入っていた。森本ヒカルからの電話だった。

 

『俺だ。ヒカルだ。留守番電話ですまん。落ち着いて聞いてくれ。白井しらい由加子ゆかこが出頭した。あの事件だ。お前、宝石の思い出見ただろう。お前の高校時代の親友だったから辛いだろう。側にいてやれなくてごめん。ずっと逃亡していたんだが、厳しいと判断したんだろうな。解らないけど。詳細はまた会ったときに』


留守番電話録音はここで終わっていた。白井由加子。私はそれが誰だか解らなかった。一体、誰のことを言っているのだろう。不意に夢の中の言葉を思い出した。


【君の大切な思い出が一つずつ、消えているとしたら………?】


私は薄ら寒くなった。私の思い出は消えている………?

私は白井由加子が誰か解らない。私の親友?私は深呼吸をして、森本に電話をかける。

数回の呼び出しの末、森本が出ることはなく、留守録音が作動した。仕事で忙しいのだろう。

私はスマホを置いて、台所にて水を飲む。寒いはずなのに冷や汗が出る。

私の能力は欠陥が確実にあるのだろう。寧ろ、経年の能力の使用による弊害へいがいかもしれない。

だったら、やるべきことは今の依頼を完了させることだと思った。


私は額の汗を拭い、手を洗う。手袋をし、宝石の思い出を見る準備を始めた。


私は少しだけ恐い。このまま、アルツハイマーのような症状に見舞みまわれていくのだろうか。

過ぎった不安を払うように今は思い出だけに集中しようと思った。

深呼吸をし、思い出を見る。ゆっくりと見えてきた。

それは祖母の鮎子あゆこが小さな諒にタンザナイトのネックレスの話をしている場面だった。諒は恐らく10歳くらいだろうか。


「諒。聞きなさい」

「どうしたの、ばあちゃん。これ。すっごく綺麗だね」

「これはね。私の大切な人から貰ったものなの。私の大切な親友」

年老いた鮎子の顔にある深いしわが優しさであふれているように見えた。

前回、見たときよりも小さな諒は鮎子を嬉しそうに見つめる。鮎子は諒の頭を優しく撫でた。

「だからね。私が二十歳になったらこのネックレスをお前に託すよ。お前が心から愛する女性にこれを渡してね。このタンザナイトのネックレスを藤川家に嫁ぐ女性に渡しなさい」

諒は話を理解したのかわからないが、首を縦に振った。

鮎子は嬉しそうに笑う。諒はおばあちゃん子だったらしい。

タンザナイトのネックレスは麗華れいかから鮎子へ、鮎子から諒へと受け継がれたようだ。私はすごく胸が締め付けられた。

このタンザナイトのネックレスにこの思い出が刻まれたことで、より一層輝きを増したのだろうと思った。


再び、思い出はゆっくりと切り替る。今度は諒と井川が話をしている場面だった。


タンザナイトの夕暮れ時(中) 1(12) 了

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