タンザナイトの夕暮れ時(中) 2(13)

井川とりょうはどこかのカフェで話をしているようだ。

諒の緊張感とは裏腹うらはらに井川は何でもないように見えた。


「あの。井川さん。えっと。来美くるみさん。好きです。俺と付き合ってください」

「ご、ごめんなさい」

「はい?早くない?え?そんなにダメ?」

諒の告白に井川が即答で断りの返事をしていた。

それは照れ隠しのようにも思えたが、本心は解らなかった。この頃はまだきっと、真学のことが好きだったのだろう。

「前にも話したけど私、今は誰とも付き合えないというか」

「誰ともって。ってか俺のこと、生理的に無理ならはっきり言ってくれていいから」

「あの、その」

「俺、前にも来美さんに話したけど、こんな見た目しているから?」

「………そうじゃないよ。諒さんのこと友達として好きですよ。でも、中途ちゅうと半端はんぱな気持ちで付き合えないです」

「……中途ちゅうと半端はんぱって」

「私が恋愛的な意味で諒さんを好きじゃないのに付き合うなんてできないからです」

井川にとっての諒は最初、恋愛的に思っていなかったらしい。

好きという感情は色々なものがある。諒にとっての好きは恋愛的だったが、井川にとっては恋愛的じゃなかったということだろう。すれ違いとは辛いものだ。

「ねぇ。来美さん。じゃあさ、お試しで付き合ってみようよ。それでダメだったら、俺は諦めるから」

「え?でも。それはダメですよ」

「何で?」

「諒さんを心から思う女性からしたら私の存在が邪魔になると思うんですよ」

「頑なだなぁ」

諒は井川の真面目っぷりに少しタジタジだった。押してもだめなら、引いてもみるのはどうだろうか。

私はふと、井川が本気で諒のことを好きなるのが恐いのかもしれないと思えた。

けれど、これは二人の馴れ初めに近いから、きっとこの後に付き合うのだろう。

「でもさ、俺は来美さんが好きなわけ。だから、俺のことを本気で思ってくれる人がいたとしても、俺が好きなのは来美さんだから。それだけは間違いない」

「………」

井川は諒の真剣な言葉にどう反応したらいいのか、解らない様子だった。

確実に諒の告白に心が揺れているように見えた。諒の場合はチャラそうに見えるが、顔の良さで押せそうな感じがした。

案の定、諒は顔の良さで押し始める。井川に顔を近づけて、息がかかりそうな距離だった。

「本当にダメ?俺、結構、一途だよ?」

「……っ」

「本当にダメ?」

諒も中々の策士さくしかもしれない。諒の顔立ちは甘い感じたが、体格がガッシリしている。

そのギャップに女性に弱いかもしれない。

チャラチャラしているが、子犬のような目をして訴えてくる様は自分の特性を理解しているようにも見えた。

井川は確実に落ちてきているように見えた。あと一押しってところだろうか。

「っ。そ、そんなに言うなら。諒さん」

「やったー!ありがとう!来美さん!大切にする!」

諒はいきなり井川の手を掴み、力強く握った。井川はその行動に驚き、顔を真っ赤にして動揺する。諒はその様子に満足して笑う。

こうして二人は付き合うようになったらしい。店に来たときの諒の様子から解るよう井川への思いは強かったのだろう。 思い出は再び切り替った。


今度は二人で遊園地に行っている場面だった。

諒は緊張しつつも、井川をエスコートしているように見えた。

諒の一途な想いに井川がほだされていくような雰囲気だった。

諒は井川のことが心底、好きなのかずっと見ている。

「ねえ。そんなに見てるの?」

「へ?いや、本当に好きだなって」

諒は照れ臭そうに笑った。

井川はどう反応していいか解らず顔を反らす。諒はその反応すらも愛しく見た。

こそばゆい空気がした。諒のほうが重いが、二人の関係は上手くいっている。

「私、そんなに思われたことないから解らないんだよね」

「そっか。俺は来美がどんな恋愛してきたとか全然知らない。でも、俺は来美の繊細なとこが好きだよ」

諒は爽やかな表情だった。

諒の顔は端正で甘い。真学も中々の容姿だったが、諒のほうが美形に見えた。

自信があるとかそういったものだろう。

「そ、そういう恥ずかしいことを迷いもなく言わないで」

「本当のこと、だしね」

井川の手を繋いで、諒は嬉しそうに振った。

井川は恥ずかしくて悶える。諒は満足そうに笑った。


タンザナイトの夕暮れ時(中) 2(13) 了

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