タンザナイトの夕暮れ時(中) 3(14)

思い出を見る行為は毎度ながら、体力を使う。

私はネックレスから手を離す。思い出は途中で見えなくなる。ふと一息つこうとした際、電話が鳴った。

私はナンバーディスプレイを確認し、電話に出た。森本からだ。

「はい」

【おう。大丈夫か?】

「うん」

【親友がこんなことになって辛いだろうけと、何かあったら俺に言えよ】

私は森本の言葉が心に染みた。私は確実に記憶を失っているのかもしれない。

親友だった白井由加子を忘れている。

親友がいたことは憶えているけど、どんなことがあったのか思い出せない。

「あ、ありがと」

【なぁ、今週の日曜日は開いているか?】

「日曜日?」

【ああ。少しリカコと過ごしたい】

「……ヒカル、あのさ」

【どうした?】

「記憶が失うってどんな感じなのかな」

【急にどうした?】

森本は私を酷く心配した声色だった。勘が良いからすぐ気づくだろう。

私が記憶を失い始めていることに。

「いや。その。私、実は由加子のことを思い出せないの」

【……それは、本当か?】

「う、うん。本当のこと。多分だけどね。私の能力には欠陥があるんだと思う。沢山の思い出を見すぎた所為なのか、歳を取り限界が着ているのか。どっちかなのだと思う」

【……そうか。あの、俺はお前が記憶なくなってもずっと一緒にいるぞ】

「っ。もしも、私がヒカルのことを忘れても?」

森本は少しだけ黙った。

「ご、ごめん。変なことを言って」

【あ、いや、いいんだ。俺はお前の記憶が無くなったとしても……側にいる】

「ヒカル」

【惚れた弱味だ、それに俺はお前の能力を散々、利用してきたからな。その責任もある。惚れた弱味のほうが強いけど。親友のことは全く思い出せないのか?】

「うーん。薄っすらと思い出したような」

私は記憶を失っている。辛うじて、高校時代に親友が居たくらいしか思い出せない。

【どんな事件だったかっていうと、白井由加子が高校時代に自分を陥れた同級生を殺して、偽装したんだよ。白井は整形して全く別人になった。白井はお前に会いたがっている】

「そうなの」

私は罪悪感に見舞われた。どうして忘れてしまったのだろう。

そんな強烈な出来事なら忘れるはずなんてないのだから。

やはり、夢の中で聞こえてきた声の通りなのだろうか。私は泣きそうになった。

【だ、大丈夫か?】

「ふ……うん。ごめん」

【なぁ。お前の親戚とか、親族に【過去が見える】能力のある人はいるのか?】

「祖母しか思い浮かばないよ。祖母はもう何年も前に亡くなっているよ。祖父も。ああ。でも、潔叔父さんは祖母の能力を知っていると思う。聞いてみる」

【そうか。何かあったら、いつでも言えよ。白井のことは俺から言っておく】

「ごめんね」

【気にするなよ。仕方ないことだ。俺はお前のためにできることを精一杯やりたいし】

「ありがとう」

私は森本との電話を終えると、タンザナイトのネックレスを仕舞った。森本が側にいてくれるだけで私は少しずつ心が楽になった。

この先、どんなことがあっても乗り越えられる気がしてきた。


****************


次の日、倉知亮が自殺した。

今朝、森本からの電話でその事実を知った。飛び降り自殺らしい。

私は最後の倉知の姿を思い出す。倉知は私を恨んでいない。

倉知にとってのこれまではきっと辛いものだったのだろう。突然のことすぎて、言葉が浮かばない。

気持ちを落ち着かせるために台所で水を飲む。身体に水の冷たさが身に染みてくる。

倉知の死は本当に自殺だったのだろうか。

そんな邪推をしてしまう。倉知の遺品を触れば倉知の死の真相が解るのだろうか。

けれど、私は今度こそ、それをやったらまた思い出を亡くすのかと思うと身震いがした。


タンザナイトの夕暮れ時(中) 3(14) 了



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