タンザナイトの夕暮れ時(上) 9(9)

次の日ことだった。いつものようにお店を開業していると、タンザナイトを預けてきた藤川ふじかわりょうが来店してきた。

思い出を見たときと同じで、長身でガタイが良く、イケメンだった。


「いらっしゃいませ」

「あ、あの。タンザナイトの件、ありがとうございます。改めまして、俺は藤川諒です」

「店主の川本です。今日はどうしました?」

諒は少しだけ照れているように見えた。諒はダッフルコートにマフラーを首に巻いていた。

「あの、来美はここに着ましたか?」

「井川さんのことでしょうか。着てはいません。しかし、井川さんの幼馴染の南海さんが来店されました」

「そうですか。それって」

諒は状況を察したのか、少しだけ表情を曇らせた。私はここで素直に出来事を話すべきだと思った。

「少しだけお話をしましょう。今、他のお客様がいらっしゃいません。準備中にしますので、座ってお待ちください」

「解りました」

諒の落ち込んでいる姿は母性本能をくすぐるような雰囲気だった。

見た目とのギャップとはこのことかもしれない。諒は大人しく、来客椅子に座っている。私は看板を準備中に変えるために、外に出た。

看板を変えていると、人の気配がする。

「おい」

「あ。ヒカル。どうしたの?」

「様子を見に来ただけだ。ところで、今からどこか行くのか?」

森本ヒカルだった。森本は少しだけ疲れた様子で心配になった。

「どこにも行かないけど、今、お客さんが来ていて」

「そうか。依頼か?」

「そう。依頼だよ」

「ふーん。ああ。そうだ。リカコ。お前に言わないといけないことが」

森本は急に真剣な表情になった。恐らくはかなり重要な内容だろうと思った。

「何?」

「今、時間無理だよな?」

「お客さんいるからね。後でいい?」

「ああ。また後で連絡する。じゃあな」

「うん。また」

森本は私に背を向けながら、手を振って消えて行った。

森本が私に知らせたい内容は一体なんだろうか。想像もつかないが、良い話であることを期待したい。

私は看板をかけ終わると、諒の元に行く。諒は誰かとメッセージのやり取りをしているのか、スマホを見つめていた。諒は私に気付く。

「あの。さっき、男性と話していましたけど、大丈夫ですか?」

「大丈夫ですよ。お茶をご用意しますね」

「あ。いいですよ。すぐに終わりますので」

「左様ですか。じゃあ、先ほどのお話ですが」

「はい」

諒は緊張した面持ちで私の顔を見る。諒は井川が南海に好きだと告白したことを知っているのだろうか。

私は知らないかもしれないと思いながら話す。

「南海さんが井川さんに頼まれて昨日、ここへ来ました。私が藤川さんから過去を見るように頼まれたことを知っていました。それを止めてほしいと」

「止めてほしい理由は?」

諒は動揺している様子だった。本当になぜ、過去を見るのを止めてほしいのか。全く想像がつかない。

「それはおっしゃいませんでした。南海さんもそれは知らないようで」

「そうですか。あの、南海さんは来美と付き合い始めたんですよね?」

「そう、らしいです。でも、上手くいっているとは」

「そうですか」

諒は明らかにショックを受けているようだった。真剣に好きだった相手が、自分ではない別の人と付き合う。かなり辛いと思う。

諒は堪えながら私に質問する。

「上手くいっていないってどういうことですか?」

「上手くいっていないというのは。その、私の口から言っていいものか解りませんが、井川さんはまだ藤川さんのことを好き」

「は?なんですか?それ、来美は俺を好きじゃないって、真剣になれないって言いましたよ!だから、タンザナイトを突っ返してきました。俺は理解できません、それ、本当ですか?」

諒はかなり動揺している。

恐らく、別れる際に井川ははっきりと拒絶したのだろう。でも、それは嫌われてほしくて言ったのかもしれない。

「落ちついてください。藤川さん」

「取り乱してすいません。俺、本当にショックで。俺は」

「私にもよく解りません。あの、お茶、入れてきますね」

「すいません。俺」

「お茶と甘いものを食べれば少し、落ち着くと思います」

諒は私の言葉に従い、少し大人しくなった。私は給湯室からお茶請けのクッキーと紅茶を用意し、諒に差し出した。

諒は静かにクッキーを食べ、紅茶を飲んだ。

「あの、川本さん。本当にすいません」

「いいですよ。気にしないでください。クッキーもっと要りますか?持ってきますね」

クッキーの皿を持ち上げた際、諒が私の腕を掴む。

「あ、大丈夫です」

その瞬間、私の腕に諒のシャツが触れたのか、思い出がゆっくりと見えてきた。それは諒と井川の出会う場面だった。


タンザナイトの夕暮れ時(上) 9(9) 了

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