トパーズの憂鬱 (中) 9
思い出はゆっくりと見えてくる。
今度は
ひとまず、悲しい場面じゃないことに安心する。
一緒に初詣をし、混雑している商店街を歩いている。美砂子の手を取り、和義が歩いていた。
和義と美砂子はついに付き合い始めたのだろうか。
商店街の途中にある河川敷で美砂子と和義は立ち止まる。
ここは確か、井川が指輪を投げ入れようとしていた場所だ。
偶然だけれど、何だか運命のようにも思える。
美砂子は川に何かがいるのを見かけたようだ。
「亀がいたよ」
「美砂子?どこ?」
和義が覗き込む。呼び捨てをし合う仲まで発展したらしい。
砂子が言う。
「水中に入っちゃったね」
「なんだー」
「あははは」
美砂子は和義の表情に笑う。和義は照れる。和義は美砂子を見つめた。
「どうしたの?」
「えっと、今日は言いたいことがあって」
「え?」
美砂子は緊張し始めた。私は和義がこれから先に言うことが解った。
「あの。出会って2ヶ月くらいで浅いんだけど」
「うん」
「俺は美砂子が好きだ。付き合ってほしい」
和義は真剣な表情で言った。美砂子は思わぬ告白に、少しだけ固まる。
「あの」
美砂子はすぐに返事が出来ず、和義は不安になる。
「あ、えっと。すぐには無理だよな」
「うんうん。そんなことない!いいよ、付き合おう!」
美砂子は少し力みながら言った。和義の表情が一気に明るくなる。
美砂子が微笑む。和義は美砂子を抱きしめた。
私は心から嬉しくなった。一抹の不安よりも、今は二人の幸せを見ていたいと思った。
思い出の途中で、私はトパーズのネックレスから手を離した。
トパーズのネックレスから手を放すと、丁寧にケースに仕舞った。
白い手袋を外す。
夕飯を食べていないのを思い出し、私は台所に向かう。
美砂子と和義は無事に付き合い、文芽はどうなったのだろう。
文芽は美砂子のことを大事に思っていた。
私は野菜炒めを作るため、冷蔵庫から食材を出す。
けれど、父親であった可能が0《ぜろ》とも言えない。
由利亜が知らないだけの可能性もある。
自宅の電話が鳴り、私は出る。ナンバーディスプレイは、
「どうしたの?」
私は出た。すぐに森本の声がする。
【おう。こんばんは】
「こんばんは。何かあった?」
【別にただ電話したかっただけだ】
森本は優しい声だった。私は改めて今日のことを思い出す。
「そう。今日はどうだったの?」
【いや、昔の事件のことで】
「昔の事件か。何か遺留品があってそれを見るとか」
【今のところは特に】
「そう」
私は事件に巻き込まれた遺留品の過去を見ないで済むことに安心した。
【川本、いや、リカコは何で警察に協力しようと思ったんだ?】
森本に名前で呼ばれたことに、私は少し驚く。
「そうね。過去を見るのは辛い。けど、その能力で何か助けられるなら、意味があると思ったからだよ」
私は自分がありのままに思ったことを言った。森本は少しだけ沈黙した。森本は小さく笑う。
【お前らしいな】
「そうかな。解らないけど」
【お前が辛くなったらいつでも、力になるからな】
森本の何時になく、真剣な声色に鼓動が早くなった。
「ありがとう。森本」
【名前では呼んでくれないんだな】
森本は少しだけ残念そうに言った。私は恥ずかしくなる。
「いや、その」
【あははは。じゃあな】
「うん。おやすみ」
私は森本との電話を終えた。下の名前、ヒカルと呼び捨てるのはまだ勇気がいる。
少し前まで、同級生で仕事仲間。不思議なものだ。森本が好き。
それに嘘はない。
森本はずっと前から私のことが好きだったのだろう。
そう考えると益々、気持ちが高まった。
落ち着きを保とうと、お茶を飲む。夕飯の仕度を続けた。
独り暮らしになり、8年が経つ。一人での食事は慣れているものの、家庭を持つことまでは想像が着かない。今はそのままでいたいと思った。
今日はもう早く寝ることにしよう。私は決意し、トパーズのネックレスが入ったケースを金庫に仕舞った。
トパーズの憂鬱(中) 9 了
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます